音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■ 平均律第 1巻 15番から、バルトークが読みとったもの ■

2011-08-28 18:39:27 | ■私のアナリーゼ講座■

■ 平均律第 1巻 15番から、バルトークが読みとったもの ■
                                                2011. 8. 28    中村洋子


                                               

★八月も、あとわずか。                                               

半月前、蝉がやっと鳴き始めたと思いましたら、

もう、涼しげな虫の音が、か細く聞こえてきます。


★31日 に、カワイ表参道 「 パウゼ 」 で、開催いたします

「 第 15回 平均律クラヴィーア曲集・アナリーゼ講座 」 の準備で、

≪ Bartók Béla  バルトーク (1881~1945) の 校訂版 ≫

( EDITIO  MUSICA  BUDAPEST ) を、

詳細に、検討しております。


バルトークは、 Johann Sebastian Bach  バッハ  ( 1685~1750 )

「 平均律クラヴィーア曲集 」 第 1巻  24曲 と、

第 2巻  24曲 の 計 48曲を、独自の配列で並び替え、
 
≪ 二冊の曲集 ≫ として、出版しました。

 

★( バッハのオリジナル ) 「 第 1巻 15番 G dur  ( ト長調 ) 」 は、

バルトーク版では、第二冊目の最初の曲です。

第 2曲目は、( オリジナル ) 第 2巻 12番 f moll  ( ヘ短調 ) 、

3曲目は、 第 2巻 1番 C dur  ( ハ長調 )  が、配置されています。


★≪ G dur →  f moll  → C dur ≫ という、調の移行は、

「 C dur 」 を、基本にしますと、
 
≪ 属調 → 下属調の同主短調 → 主調 ≫ という関係にあり、
 
連続して演奏しますと、一つの大きな流れを、
 
違和感なく、形作っています。

 
 
★ 第 1巻 15番 G dur の 「 Fuga フーガ 」 は、 3声ですので、

第 1提示部  ( Exposition ) は、

主題  ( Subject )  ー 応答  ( Answer )  ー 主題 と、

三回、主題が提示されます。

主題の長さは、 4小節で、

1小節目、 5小節目、 11小節目から、主題が提示されます。

このフーガは大変長く、バルトークは、 4ページを費やしています。


★ 興味深いことに、2ページが終わる 45小節目まで、

 「 crescendo 」 記号 は、3回しか、使われていません。

 「 diminuendo 」 記号は、 1度も現れません。


各主題の始まる  1、 5、 11小節目の 2拍目 ( 6拍中の ) から、

  「 crescendo 」 が始まり、次に続く 2、 6、 12 小節目の 1拍目まで、
 
   「 crescendo 」 が、記されています。


★テーマの始まりに、 「 crescendo 」 を置くのは、ごく自然であり、

当り前ではないか・・・と思われるかもしれませんが、

当り前であるのなら、わざわざ書き込む必要はない、ともいえます。


なぜ、バルトークは、ここにだけ、 「 crescendo 」  を、

書き込んだのでしょうか。

バッハ自筆譜には、当然のことながら、 「 crescendo 」  は、

ありません。

 
 ★そのヒントは、 やはり ≪ バッハの自筆譜 ≫ にあります。
 
バルトークは、校訂版の脚注で、バッハの自筆譜については、
 
ほとんど、触れてはいませんが、わずかに、 二冊目の第 2番
 
 ( バッハ・オリジナルでは 第 2巻 12番 f moll ) の脚注に、
 
「 オリジナルの自筆譜には・・・」 と、書いていることを鑑みますと、

バッハ自筆譜を、深く読み込んだうえで、

校訂版を、構築したのは、間違いないことでしょう。

“ 手の内 ” を、あまり明かしたくないのは、

バルトークに限らず、誰にでもあります。

さらに、バルトークとしては、 「 自分で探究してほしい 」 という、

気持ちも、強かったと、思います。


バッハの自筆譜で、  「 第 1巻 15番 G dur  ( ト長調 ) 」  を見ますと、

3回目のテーマ提示が始まる 「 11小節目 」 について、

1小節 ( 6拍分 ) の前半 1 ~ 3拍が、2段目に書かれ、

後半の 4 ~ 6拍が、3段目に書かれています。

分割されて、記載されているのです。


なぜ、大切な 「 テーマ 」 が始まる小節を、 真っ二つに分断したのか?

ここにこそ、バルトークがわざわざ、この 11小節目に  「 crescendo 」 を、

記入した理由が、あるのです。

ここから、演繹して、 1小節目 と 5小節目 にも、

 「 crescendo 」 を付したことが、納得できます。

 

 

 


★バッハは、平均律 1巻を、1ページ 6段 の楽譜で、記譜しています。

 「 第 1巻 15番 G dur  ( ト長調 ) 」  は、
 
 プレリュードが、 2ページの 2段目まで占め、
 
 フーガは、 2ページ の 3段目から、 
 
 4、 5、 6ページ の 4段目まで記載されています。
 
 このため、フーガの最初のページは、4段分だけということになります。
 
 
フーガ 3段目の、最後の小節 ( 16小節目 ) は、

前半 ( 1 ~ 3拍 ) までしか、書かれておらず、

後半 ( 4 ~ 6拍 ) は、その下の、4段目に書かれています。

一つの小節を二つに分断して書くとは、とても普通ではありません。

しかし、 “ それには、きっと深い理由があるはず ”  と、

バルトークは真っ先に、それを考えたに違いありません。


★そして、そこから、前の主題である 11小節目に遡り、

分析しますと、≪ あるモティーフ ≫ が、浮かび上がってきます。

それが、とても重要であり、その結果、

この 「 第 1巻 15番 G dur  ( ト長調 ) 」 を、

≪ 二冊目の冒頭の曲 ≫ として、据えるに至ったのです。


★ 15番について、

「 曲が長大なわりには、薄いフーガなので弾きやすいのですよ 」 、

「 主題の長いやつは、えてして薄いフーガが多いんですね」 と、

日本の有名な解説書には、書かれています。

しかし、何を称して 「 薄いフーガ 」 というのでしょうか?


西洋クラシック音楽の、根源の仕組みにまで到達した、

バルトークの 「 洞察力 」 とは、かなりかけ離れているようです。

私は、このフーガを “ 弾けた ” 、  “ 分かった ” と思う瞬間が、

人生のなかで、あるのかしら? と思うほど、

深く、厚みのある曲である、と思います。


バルトーク版  「 平均律クラヴィーア曲集 」 や、

 Edwin Fischer エドウィン・フィッシャー (1886 ~ 1960) が、
 
 校訂しました 「 Inventionen   インヴェンション 」 について、
 
 「 指使いが難しい 」  、あるいは 「 古い 」 として、

“ 蔑む ” 方も、いらっしゃるようです。


★インターネット上では、バッハについて、その楽譜について、

さまざまな方が、とりどり、百花繚乱的に、お書きになっています。

しかし、 「 指使いが難しい 」  、 「 古い 」 などと、

書かれている場合、多分、それを読む価値はないでしょう。

バルトーク、フィッシャー、 Artur Schnabel シュナーベル (1882 ~ 1951) 、

Claudio Arrau クラウディオ・アラウ (1903 ~ 1991 ) 

などの名校訂は、 「 指が楽に回る ( 弾き易い ) 」 ことを、

目的とは、していません。


★それらは、 ≪ 大作曲家の意図がどこにあるかを、

 「 考えさせる 」 ための、手引きです ≫。 

 「 指使い 」 にしても、その人の手や指の大きさ、
 
 筋肉の強さなど、 十人十色です。
 
 自分で探究して、見つけていくしかありません。
 
 
★クラシック音楽の演奏や勉強に、

安易な 「 How to 」 は、ないでしょう。

それをうたう楽譜や、解説は、本物ではありません。

バルトークが発見した ≪ ある重要なモティーフ ≫ については、

アナリーゼ講座で、詳しく、ご説明いたします。

 

 

                                               ※copyright ©Yoko Nakamura


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