音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■ラフマニノフの歌曲「ヴォカリーズ」Op34-14 の原調は、なぜ嬰ハ短調?■

2009-06-18 15:47:41 | ■私のアナリーゼ講座■
■ラフマニノフの歌曲「ヴォカリーズ」Op34-14 の原調は、なぜ嬰ハ短調?■
                 09.6.17 中村洋子


★来週 23日火曜日 午前10時からの 「アナリーゼ講座」

≪インヴェンション&シンフォニア11番≫の勉強で、

忙しい、毎日です。

もう11回目となりますが、今回は、特に、

バッハとブラームスの関係を、お話し、

充実した内容にしたいと、思っております。


★ピアニストに、人気のある ≪ラフマニノフ ≫ Sergey Rakhmaninov

(1873 ロシア・セミョーノヴォ生~1943 米・ヴィバリーヒルズ没 )の、

最も有名な歌曲「 ヴォカリーズ Vocalise 」Op34-14 は、

さまざまな楽器に「編曲」され、親しまれています。


★この曲は、「14の歌」Op34 の14番目(最後)の曲で、

ラフマニノフが40歳を過ぎ、円熟期の1912年に書かれた作品です。


★皆さまが、この曲に親しむ際、問題となる点が二つあります。

一つは、「編曲」作品のみを知り、ラフマニノフが、

もともとは、何調で書いたか、さえご存じないことです。


★もう一つは、14曲の作品集の中で、どのような位置にあるか、

それを知らず、ムードミュージックのように、演奏し、

あるいは、聴いてしまう、ということです。


★この14曲から成る Op 34 は、例えば、

シューベルトの「冬の旅」のように、一人の奏者が、

続けて歌うことは、「想定されていない」と、思います。


★その理由は、第一曲が「ソプラノ or テノール」のために、書かれ、

第2曲目が「コントラルト or バス」、第3曲が「テノール or かソプラノ」、

4、5曲目は「テノール or ソプラノ」、6曲目「バス or コントラルト」、

7、8曲目「メッツォソプラノ」、9曲目「バリトン or メッツォソプラノ」、

10曲目「テノール or ソプラノ」、11曲目「バス or コントラルト」、

12曲目「テノール or ソプラノ」、13曲目「ソプラノ」、

14曲目≪ヴォカリーズ≫が、「ソプラノ or テノール」と、なっています。

1曲目から13曲目は、すべて「歌詞」を伴った曲です。


★一人の奏者が、続けて歌うものではないにしても、

「ヴォカリーズ」が、単独の曲として、作曲されたものではない、

ということを、押さえておくべきです。


★「終曲」つまり、「前13曲を総合した性格」をもつ、

と考えることも、重要です。


★ドビュッシーの「前奏曲」の最後の曲「花火」に、

相当する、かもしれません。


★「ヴォカリーズ」を、作曲家の意図どおりに、

「歌う、弾く、聴こう」とする場合、

できれば、全14曲を、勉強するべきです。


★第1曲目「 The Muse 」は、「ホ短調」の曲ですが、

途中の、Un poco piu vivo ウン ポコ ピゥ ヴィーヴォから、

「ホ長調」に、転調します。

この「ホ長調」の部分は、わずか、6小節ですが、

大変に、重要な部分です。


★「ホ長調」(♯を4つもつ調号)が、その並行調である

「嬰ハ短調」(♯を4つもつ調号)の、

≪ヴォカリーズ≫に、つながっていると、考えられます。


★「♯4つ」の嬰ハ短調は、馴染みにくく、簡単な調号の曲に、

編曲されてしまい、それが、実に多く、演奏されているようです。


★しかし、少なくとも、その原調を知り、その調のもつ「味わい」を、

知っておく必要は、あります。


★第1曲目の「ホ短調」と、ヴォカリーズの「嬰ハ短調」の調号は、

「短3度」の関係にあります。

この「3度」(長3度も含む)の調関係は、

シューベルトを初め、ロマン派以降の作曲家が、

意外性のある場面で使う「転調」にも、効果的に使われています。

一度聴きましたら、心に刻印を押されたように、残るのです。


★その源流は、バッハにあります。

マタイ受難曲で、劇的な場面転換となるシーンで、

この「意外性を伴った2つの調の関係」が、

極めて効果的に、使われています。

シューベルトは、それを、学んだのでしょう。


★この「ヴォカリーズ」については、

ヴァーグナーの、「半音階進行」が消化され、

巧みに、使われています。

それが、この「ヴォカリーズ」の息の長い旋律を、

支えているのです。


★作風として、全く異なりますが、同時代のドビュッシーも、

愛用した、「主和音(トニック)の代用」としての、

「Ⅲの和音」も、効果的に、使われています。


★15小節目の、「 h-d-fis 」 の 3和音と、

「 d-fis-a 」の 3和音の、和音どうしの 3度の関係も、

大変に美しく、是非、味わってみてください。


★ピアニストで、ピアノ作品にしか興味がない方も、多いのですが、

演奏する曲の作曲家を、真に理解しようとされるのなら、

その作曲家の母国語で、書かれ、歌われている「歌曲」を、

研究するのが、一番の近道です。


★作曲家が、話し、書き、考えている言語、

すなわち「母語」で、作曲された音楽、つまり、

「歌曲」を、知ることが、その作曲家の核心に、

触れることに、なるのです。


★少々、脱線しますが、シューベルトの歌曲で、

「独特の歌い回し」があった場合、その旋律に、

ある特定の「歌詞」が、付けられていることが、

よく、あります。

シューベルトの「ピアノ作品」で、

歌曲と同じ「独特な歌い回し」が、出てきた場合、

歌曲で、その節回しに付けられた「言葉」を、

探し出しますと、その曲を演奏する上での、

大きなヒントに、なることがあります。

シューベルトを、学ぶのでしたら、

歌曲を勉強することも、必須です。


★ラフマニノフの「ヴォカリーズ」は、円熟期の作品ですので、

楽譜を読み取ることは、少々、難しいかもしれません。

ですから、ラフマニの音楽の、典型的な例を、

いくつか、勉強したいのであれば、

初期の作品である「6つの歌曲」 Op-4 (1890~93に作曲)の、

4番(1893年作曲)「Oh, never sing to me again」を、お薦めします。

「ロシアの半音階」、「ロマの音階」、「Ⅲの和音」

「ドッペルドミナントの5音下行変質」などの、

分かりやすい例が、たくさん出てきます。


(睡蓮の花)
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