僕のほそ道   ~ のん日記 ~

  
これと言ったテーマはなく、話はバラバラです。 つい昔の思い出話が多くなるのは年のせい? 

 オ・ルボワール さよなら

2008年05月27日 | 旅行

…というようなことで、パリの「珍道中」は終着を迎えることになった。

旅の印象は、お天気によって天と地ほどの差がある。
パリへ来てから、ずっとお天気は安定していた。
その点、とても恵まれた旅行であった。ありがたいことだ。

帰国の日。目を覚ましてホテルの窓を開けると、雨が降っていた。
朝からバスで空港まで送ってもらうので、雨が降っても、もう困らない。

ホテルの窓から、外の風景を写真に撮った。


 
  ホテル3階の部屋の窓から、雨の朝の街を…

この旅行では、ブログ仲間のボワシエールさんにいろいろと教わったことが大いに役立った。紹介していただいたレストランにも2軒行った。

お店での注文の仕方やお会計の方法…
お店に入るときはカフェは自由に座るが、それ以外は案内されるまで待つこと…
お店の人がテーブルに注文を取りに来るのが遅くてもじっと待つこと…
サエテ?(どうでしたか?)と聞かれ、おいしかったら「トレビアン」と答えるのがいい…。
など、いろいろなことを事前に聞いていたので、まあ、恥ずかしい失敗もあったけれど、「何とかなるやろ」の気持ちで、とても貴重な経験を積むことができた。

はじめのお店は、魚のおいしいレストラン。これは先に書きました。

そして帰国前日のルーブル美術館見学のあと、もうひとつのレストランへ行った。

地下鉄でサンジェルマン・デ・プレへ行き、教えてもらっていた「オー・シャンパルティエ」という店を探し当てて入った。「大工」という意味の典型的なビストロとのことだった。もともと全国巡業する大工さんのための施設だったという。店の壁には大工さんの絵が貼られていた。

  
  ビストロの老舗と言われる「オー・シャンパルティエ」

 
  壁には大工さんたちの絵がかかっている。
 

ここのメニューを見ると、月曜日から日曜日までのランチがあった。難しいことはわからない僕たちは、その日の「月曜日のランチ」を注文した。「ワインは?」と聞かれたが「ノン・メルシー」と断り、3人ともミネラルウオーターだ(妻も姉もアルコールは全くダメである)。出てきたのは肉料理であった。
さほどの量はなかったように見えたのだが、不思議なことに、食べた後、何時間たっても、夕方になっても、…夜になっても、なかなかお腹が減らなかった。これまでもそうだったが、こちらの料理は味が濃厚で(それだけ美味しいのだが)、見た目以上にボリュームがあり、長い間、胃に残る感じがした。

あと、ボワシエールさんから、クレープについての情報をもらっていた。
クレープにも2種類あって、甘いクレープのほうではなく、そば粉の入ったガレットという、かたちはクレープと同じだが、チーズやハムなどが入って主食になるものである。これもおかげさんで、初めて食べた。よ~く口に合って美味しかった。

ホテルの近くにいつも行列ができているクレープやさんがあり、ある夜、そこに並んでチーズとハムの入ったものを注文した。「フロマージュ・ジャンボン・シルブプレ」と言ってお金を払って待つ。焼き上がったのをもらって「お持ち帰り」をする。ちなみに、フロマージュはチーズでジャンボンはハムである。パリではこの2つの単語を覚えることは必須科目であった。

そのアツアツのガレットをホテルへ持ち帰って食べた。道端でかぶりついたりしている人も多い。しかし、これも1枚6.5ユーロだったけど、ボリュームたっぷりで、これだけで満腹になってしまう。妻と姉は、1枚を2人で分けても、まだ持て余していたほどである。


  ホテル近くのクレープやさんには常に人の列。
  そのままかぶりつきながら歩いて行く人も多い。

僕たちは少しでもパリそのものの味を楽しみたいと思っていたので、なるべく地元の人たちの店を選んで入ったり、パリっ子たちと並んでスタンドで物を買ったりした。通りがかりのカフェにぶらりと入って、大好きなコーヒーを飲みながらゆっくりと過ごしたい…という妻たちの希望もかなえることができた。

苦労せずにお店で食事をしようと思えば、オペラ座界隈にある「日本人食堂街」に行けば、言葉の心配もないし、大きな失敗することもないだろう。でもわずか4,5日のパリ滞在なのに、日本食でお腹を膨らすのはもったいない、という観念があった。だから、そういうお店の前は何度か通り、中をのぞいたりもしたけれど、入ることはなかった。写真だけ撮った。

   
    オペラ座通りの裏通りに、日本食のお店が並ぶ。

 
  浪花ーYA というお店の表に貼り出されていたメニュー。

 

 
 街角のカフェで休憩して、ゆったりとした時間を過ごすのもパリの魅力。
 (サンジェルマン・デ・プレで)

 
  ここはサン・ミッシェルのカフェ。テラスは満席だったので奥に座った。
  その奥の座席から外に向けて撮った1枚です。
  


話は変わるが、外国へ旅行した人は、日本との習慣の違いをつくづく感じるであろう。特にトイレである。まず、個室へ入って鍵をかけるとき、日本であればタテが扉が開く状態になっており、閉める時は、内側の鍵を横にガチャと回して閉める。パリは逆で、ヨコが開く状態で、タテにガチャリとひねると鍵が掛かる。ちょっと勘が狂う。流すレバーも、ひとめで見てもどこにあるのかわからないことが多い。いろんな仕組みがあるので、狭いトイレの中できょろきょろしなければならない。

個室から出て、手を洗うのに、水道の水の出し方がわからない。
自動かな? と思って手を差し出してじっとしているが、水は出てこない。
コックみたいなものがないので、どこをどうやれば水が出るのかわからない。
蛇口の頭をグイと押さえると、ようやく水が出た。
そこを一度ではなく、二度押して初めて水が出る洗面所もあった。
みんな、横にいる人に教えてもらったのである。

トイレと言えば、レストラン「オー・シャンパルティエ」のトイレには驚いた。
「男性用」と書かれた狭い個室に入ると通常の便座と、その横に男性用の「朝顔」のミニ版が設置されていた。なんじゃこら…。こんな狭いところに2つ並べてもまさか2人いっしょに用を足すわけには行くまい。…どうも、意味がわからない。

モン・サン・ミッシェルへ行くとき、「マイバス」社で地下の階段を降りてトイレに行こうとした。日本人ばかりだったが、長い列ができていた。ほとんど女性ばかりの中に、男性が1人並んでいた。その先を見ると、個室が二つあった。二つに対して一列に並んでいるわけ。それはいいが…
一つは「女性用」。もう一つは「男女兼用」と書いてあった。
男女兼用…?? なんじゃ、そら。
女性に混じって並んでいた男性に、「男女兼用…って、ナンですか?」と聞いた。
「あ…。あの、つまり、男女が兼用で使えるってことですよね」
そんなこと、わかってるっちゅうねん。
他の女性たちは、僕らの会話には知らん顔して並んでいる。
男が並ばずにいきなり「男女兼用」へ入っていく、というのはいけないのか?
じゃぁ~どういう使い方をするんだろう…?
「わけ、わからんなぁ…」
女性たちに交じってこんな列に並ぶのは嫌だったので、あきらめて我慢することにした。今だに、あのトイレの使い方は、謎である。

 
 本文とは関係ありませんが、街角の公衆トイレ。もちろん有料です。


手を乾かすための温風が出る機器も、日本ならふつうは自動だ。
手を寄せるだけで「ゴォーッ」という音とともに温風が吹き出す。
しかしこちらではいくら手を差し出しても作動しない。あれぇ…故障かな、と思っていたら、後ろのおじさんが「上を押すのだ」と教えてくれた。機器の上にポコッと出ている部分があり、そこを押したら「ゴォーッ」という音が鳴り響いた。一定時間、温風が出続ける。その時間がわりに長い。だから、日本のように、次の人が並んでいたら早い目に切り上げるという気兼ねがいらない。温風が出ている間、ゆっくりと手を乾かすことができるし、待っている人も、決してせかすような態度はしない。これはむしろこうした手動のほうがいいのではなかろうか。


さて、パリの街は都市美の極致でもある。
壮麗・重厚な建築物が随所に建ち居並ぶ中で、普通の住宅には一戸建がない。
すべて集合住宅になっている。
そして、窓やベランダから洗濯物が干されているのを見たことがない。
あのイタリア・ナポリの下町の洗濯物のオンパレードを見て、腰を抜かしそうになったのとはえらい違いである。「ナポリを見てから死ね」といわれるほどナポリ湾の風景は美しいが、一歩路地に入ったあの満艦飾の洗濯物は「庶民生活的光景」を遥かに通り越し、ぐちゃぐちゃという感じであった。
パリはまさにその対極にある。
まったく洗濯物が外に出されていない。
住民の人たちは、どこで洗濯物を乾かしているのだろうか…。

しかし、またまた話が飛んで恐縮ですが、注意しなければならないのは道路を横断するときである。
こちらの人は、信号が赤でも、おかまいなしに渡る。
うっかり信号を見ず、みんなについて横断すると、けたたましいクラクション。
「うわっ」と走り出し、信号を見ればまだ赤のままだったことが何回かあった。
この信号蔑視の思想は欧米の特徴であるようだ。米国でもそうだった。
しかし、パリほどではない、と思う。ここは、すごい。
おまけに、広い道路で、四つ角になっていても信号のないところが多い。
こういうところは、自分の判断で渡らねばならない。
僕と妻と姉は、「今だ!」と陸上短距離選手のようにダッシュしてあちらへ渡る。
まったくもぉ~、命がけで横断しなければならないのである。

 
  信号のないところが多く、人は車の間をすり抜けて横断する。
  (ギャラリー・ラファイエット前で)

   
  すぐそばでドーンという大きな音がしたと思ったら、衝突事故だった。
  乗用車の右前輪がへしゃげている。


まあ、それやこれやで、パリ旅行の最後の日の夕方。
オペラ座からホテルまでの道を歩いていると、ちょうど疲れたなぁ、と思っていたときに、雰囲気のよさそうなカフェの前を通った。
「ここで休憩しましょ。これがパリでの、最後のカフェになりそうだし」
中に入らず、テラスに座って注文を取りに来るのを待った。

5分経っても店の人は来ない。
10分経っても店の人は来ない。

「ここに座っているのが、わからんのかなぁ…。中から死角になっているのかも」
と、つい、不安になって、ガラス越しに店の中を覗く。
「中が混んでいるから、忙しいのだろうね。そのうち来てくれるでしょ」
と、それとなく言い合って、じっと待つ。

ボワシエールさんから、
「お店の人がテーブルに注文を取りに来るのが遅くてもじっと待つこと…」
と教えてもらっていた。来ないのでアセって、日本のように、こちらから、
「すみませ~ん。早く来てくださ~い」などとは言わないこと。
どんなに時間がかかっても、かならず来るので、それまで待つこと…。
そう教わっていたので、じっと待った。

15分経った。
「ほんまに気がつかんのと違うか?」とさすがに落ち着かなくなってきた。
その時、「ボンジュール」とムッシューがやってきた。
ああ、やっぱり待っていて良かった~。来るんだよなぁ、必ず。

待つ…
このことは、パリでは最も大事な心得であると知らねばならない。

僕は、カフェ2つと共に、旅の終わりの記念にと、白ビールを注文した。
「ブランシェ(白ビール)をください」と言ったら、ムッシューは
「ナニ? ショコラですか?」と返事した。なんでやねん。発音、ちがうやん。
僕の顔を見て、ショコラ(ココア)を飲みそうだと思ったのか…?

「ビールですがな。このビエール・ブランシェどす」
今度は、ムッシューにガイドブックの見本写真を指さして言ったら、
「あ、そうか、わかった、わかった」とうなづいてくれた。

その白ビール(ビエール・ブランシェ)です。

   
   平たいグラスに、レモンが浮かんでいます。 おいしかった~
  

アルコール度の高いワインは、不整脈への懸念から、パリでは一度も飲まなかったけれど、軽いビールは飲んでいた。

あぁ~。うぅ~。さんざん待って飲んだブランシェの味は、格別であった。

締めくくりはやっぱりビールですね。
これがなければ、何も終わらないし、何も始まらない。ウィッ。


  

 

 

                  ~ おわり ~


 …とはいいながら、また「番外編」をいろいろ書きます。

 長ばなしにおつき合いいただき、ありがとうございました。
 

 

 

 

 

 

コメント (16)
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