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 僕のほそ道   ~ のん日記 ~

  
これと言ったテーマはなく、話はバラバラです。 つい昔の思い出話が多くなるのは年のせい? 

覆面市議会議員…??

2013年03月08日 | 議会&役所

僕は38年間、大阪府下の市役所で勤務してきましたが、そのうち通算26年間、市議会事務局で仕事をさせてもらいました。ですから、こと市議会議員に関連したニュースを見ると、今でもやはり、胸がざわざわするんですよね。

最近では、こんなニュースがありました。

先月行われた大分市議会議員選挙で、44歳の覆面レスラーが当選しました。
この人が、覆面をつけたまま本会議や委員会に出る意向を示したところ、同議会の代表者会議で「それはダメ。議会の品位を損なうし、会議規則違反になる恐れもある」との決定が下されました。覆面レスラーご本人は、「他の自治体(岩手県と大阪府和泉市)では覆面のまま議場に入っているのに、覆面を取れというのはおかしい」と反発しているとのことです。

もっともらしい理屈ですけど、思うに、年齢的に体力が衰えるのを察知して、トレードマークの覆面を、今度は体力勝負のリングではなく、タラタラとしゃべっているだけでも食べていける(と思っている?)市議会のほうでアピールしてやろうという算段なのかも知れません。

僕は議会事務局での26年間、ピンからキリまで実にさまざまな市議会議員を見てきましたが、さすがに覆面をした議員はいませんでした(“鉄面皮”な議員は大勢いましたけどね…。うふふ~)。

まあ、覆面をする議員なんて、まさか月光仮面や仮面ライダーやキティちゃんの面をかぶって立候補する人はいないでしょうから、今のところ覆面プロレスラーくらいしかいませんよね。

僕はこの記事を見て、自分がここの議会事務局長であれば、何はともあれ、議会で問題にされる前に覆面を取るよう忠告しただろうと思います(むろん聞き入れてもらえないでしょうけど)。議会事務局としては、「議会本来の仕事」と関係のないところで、議員同士がモメるのが一番困るのです。

会議規則では、議場等に入る者は帽子、コート、マフラーの類を着用してはならない、と規定されています。それがダメなのに覆面ならいい、とは解釈しにくいですよね。岩手県や和泉市で覆面を認めたというのは、議会側が世間の顔色をうかがって、やむを得ず決めたものだろうと僕は思っています。しかしそんな調子で、日本全国どこでも覆面や仮装をする議員がまかり通るようになると「議会の品位」どころではなくなってきますよね。

たとえばタレントの小島よしおが市議会議員になったら、例によって水泳パンツ一丁の姿で議場に出て、議席から「そんなの関係ねぇ!」とヤジを飛ばしたりするのでしょうか…? 

なんだかねぇ。

それと、言うまでもないことですが、議員の良し悪しは中身で決まります。

見かけやイメージだけで市民に役立つ市議会議員になれるかどうか、甚だ疑わしいです。まあ、どうせ市議会議員のようなものはムダな存在なんだから…と決めつければ、覆面をしようがしまいが「どうぞお好きなように!」ということにもなりますけどね~。しかし議員はボランティアでなく高い報酬をもらっているのですから、そうも言ってられませんよね。

いずれにしても、マトはずれな自己主張よりも、もっと大切なことが市議会議員には求められているということをきちんと認識すべきだ…と言っておきます。

ちょっとエラそうな言い方で恐縮ですが…

 

 

 

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駆け込み退職

2013年01月25日 | 議会&役所

つい最近、スポーツクラブ・コスパのサウナで、ジョギング仲間だったI君と顔を合わせた。彼はこの街の市役所に勤めており、今は体育館に勤務。普段は夜にトレーニングに来ているが、午後から勤務がある日は午前中に来るので、時々こうしてバッタリ会うことがある。彼はジム、僕はプールが中心ということで、更衣室などで会っても挨拶を交わす程度ですれ違っていたが、この日はたまたまサウナで隣同士に座ったので、久しぶりに話す機会ができた。

I君は、「この3月で…僕も定年退職になります」と、全身からタラタラ汗を流しながら僕に告げた。「へぇ~。そうですか。それはそれは…お疲れさまでした」と僕が言うと、「しかし、市役所もどんどん厳しくなってきましたね」とI君は声を絞り出すようにして、退職金の話をしはじめた。

それによると、来年度に退職する職員は、退職金が今より150万円以上減額されるそうで、その次の年度の退職者はさらに150万円以上減額され、合計400万近く減らされる勘定になる…というのである。

「僕はこの3月に退職するので影響は受けませんけど、来年以降に退職する者はそんなふうになります。これからは職員もいよいよ大変ですわ」ということだった。そして汗びっしょになった体を起こし、「では、お先に…」と会釈してサウナから出て行った。

僕は市役所を退職してもう4年目だから、そういう話にはとんとウトくなっていて、来年度とその次の年度の退職者に、段階的に400万近い退職金の減額が行われるなんてことは、むろん知らなかった。そんなときに今回、「駆け込み退職」のことが、新聞、テレビ等で大きく報じられたのである。

これは、国のほうで国家公務員の退職金を今年1月から段階的に引き下げる法律が昨年11月に改正されたことに伴い、地方自治体も国からの要請を受けて、あちらこちらで減額の条例が施行されることになったのだが、その地方自治体で「駆け込み退職(早期退職)」が急増しているということであった。

つまり、この3月末で退職すると退職金が約150万円減額されるわけだから、その条例が施行される直前に退職をする…という現象が全国各地で起きているようなのである。とくに、早期退職する警察官や教員が、何となく非難されているかの印象を受けるような報道ぶりだった。

3月末に退職する職員は、退職金減額の条例が3月から施行される自治体では2月末に辞め、2月から施行される自治体では1月末に辞め…という具合である。退職までの残り1、2ヵ月を働くことによって、もらう給料の倍ほどの退職金が減る…というのは、いくら「公僕」の立場にあると言っても、現実問題としてはきつい話であることに違いない。

ある新聞には、「自分の懐より、公務員として公共に奉仕する精神を最後まで全うしてもらいたい」と某大学院教授のカッコイイ談話が載っていたが、むろんおっしゃることに間違いはないのだけれど、それでもねぇ、ちょっと理想論に走り過ぎているのではないか?…な~んてことも思う。

警察官や教員をはじめ公務員も人の子である。家族もあり、退職後の生活設計もあるだろう。「教育や治安に影響が出ないか」と文科省や警察庁がなどが調査を始めた言われているけれど、たとえ世間からとやかく責められたにしても、やはり自分と家族の生活が大切であることに変わりはない。

まあ、長年市役所に勤めていた僕の見たところ、公務員には資産家や地主というのがわりに多く、「こいつ、別に仕事せんかって食うていけるやないか」という人間が周囲にチラホラといた。そういう余裕のある人たちは早期退職をしないかも知れない。でも、ほとんどの職員はそんな楽な生活をしていない。僕には、早期退職する職員の気持ちが、よくわかる。

それより、なぜこれらの自治体が、こういう早期退職者が出るに決まっているような時期に、これを実施したのか。なぜ4月からにしなかったのか、と疑問に思うのだ。そうすれば、冒頭のI君の話ではないが、とりあえず今年3月に退職する職員には影響は出ない。次年度からの減額だと、それなりに職員も受け入れる覚悟ができるだろう。しかしこの3月とか2月あるいは1月に実施されると、退職を目前にした人たちは、いきなりそんなことを突きつけられたら、多額の退職金をみすみす削られる痛みに耐えられず、直前に早期退職に走ることになっても不思議ではないだろう。たしかに「駆け込み」は「駆け込み」だけれど、駆け込まざるを得ない理由というものがあるのだ。

全国知事会の会長でもある京都府知事は「4月実施にすれば1年遅れることになる。駆け込むために職務を途中で引き揚げていくのは残念としかいいようがない」と述べたそうだが、知事さんなんてびっくりするほど多額のお給料や退職金をもらっていますしね。下々のことなど、知る由もなし…ではないか。

ちなみに大阪府はかなり以前から退職手当を見直しているので、この減額条例は4月1日からの実施となっている。したがって来年3月末に退職する職員からそれが適用されるので、I君の場合と同様、この3月末に退職する職員は減額されない。だから早期退職者はいない。これが普通だと思うのだが…。

警察官も、教諭も、その他の公務員も、み~んな生活がかかっているのである。公共への奉仕精神はきわめて大事なことであるが、それとこれとはまた話が別じゃないの?…ということを言いたいのだけれど、「のんさん、あんたも公務員やったんで、身びいきしているのと違う?」な~んて言われそうな気もしながら、あえて今日はこの話題を取り上げてみました。

 

 

 

 

 

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入れ墨の公務員

2012年06月07日 | 議会&役所

      
       ご存じ 「入れ墨判官」。 
       この人も昔の公務員…?

 

大阪市の橋下市長が市職員の入れ墨の有無を調べたことがマスコミを賑わした。

入れ墨をしている市の職員がいたなんて、初めて聞いた人も多かったろう。

新聞によると…
先月末の大阪市の発表では、職員約3万4千人のうち、
入れ墨をしていると申告した職員は113人だった。
113人のうち、107人は環境局や交通局の現業職員で、
中には女性も5人入っていたというから、へぇ~~という感じ。
まあ、タトゥーと言われるおしゃれっぽいものかもしれないけど。

また、この調査に対して回答を拒否した職員が15人いたそうだが、
この人たちは入れ墨をしているから拒否したのか?
あるいは、人権モンダイだとか何とか言って拒否しているのか?

少なくとも公務員である限り、入れ墨調査と人権は無関係だろ。

余談ですが…
入れ墨といえば、誰でも遠山の金さんを思い出す。

ご存知、入れ墨判官・遠山金四郎。
「神妙にしろいっ」
啖呵を切って片肌を脱ぎ、桜吹雪の入れ墨を見せつける。

金さんは江戸町奉行だから、これも、まあ昔の公務員である。
この時代は公務員がおおっぴらに入れ墨を見せびらかしても、
上役から注意されたり、町民から批判を浴びることはなかったんでしょうね。

しかし今は平成の世である。
入れ墨は、どうしてもヤクザやチンピラを連想させる。

入れ墨をしているから素行が悪い…とはむろん限らないけれど…

10年少し前、妻とオーストリアに旅行したとき、
国境を越えてお隣のハンガリーへ行った。

首都ブダペストで土産物店などが並ぶ繁華街を歩いたが、
ひとつ路地に入ると、目つきの悪い、入れ墨の男たちがたむろしていた。

実に不気味な光景だった。

そのあと、僕たちは国会議事堂を見学するため、
広い道路の歩道を歩いていたら、突然男が寄って来て、
ベラベラベラと何かを勧誘するようなことを話しかけてきた。

うるさいので、あっちへ行けと言うと、いつのまに現れたのか、
警察官のような帽子を被った男たちがバイクで僕たちを取り囲み、
「パスポートを見せろ」 と言ったのだが…みんな入れ墨をしている。

「警察官が入れ墨するか?」 と不審に思いながらも、
僕は単純だからパスポートをポケットから出そうとしたら、
横から妻が「警察と違うわ。行くわよ!」 と僕の腕をひっぱったので、
僕たちは素早く男たちの囲みを突破し、その場から逃げ去った。

とっさに 「ピンときた」 という妻によると、
警察官を装うパスポート泥棒の手口がガイドブックに載っていたそうだ。

それにしても、ハンガリーは怖い国だと思った。
なにしろ、入れ墨をしている男たちが多かった。
入れ墨と言えば、真っ先にその出来事を思い出すほどだ。

だから、入れ墨にはロクな印象がない。

ましてわが日本国で、公務員が入れ墨を入れるなんてねぇ。

僕が勤めていた松原市役所にも、目立つ入れ墨をしていた職員がいた。
その職員が公園を清掃したあと、暑いのでシャツを脱いだらしい。
入れ墨がモロに見えた。

近くの住民がそれを見て恐れをなし、市役所に通報した。
「今、公園に入れ墨をした不審な男がいます」 と。
市役所から職員がすぐに現場へ行ってみたら…
その 「不審な入れ墨男」 は、市の清掃担当職員だった。
…という、笑えない話も実際にあった。
住民もあきれたでしょうね~

ついでだけど、ある市議会議員は、昔、腕に入れ墨をしていた。
その人は議員になるとき、腕を焼いて入れ墨を消した。
その腕の 「焼け跡」 を見せてもらったことがある。

今、公務員の身分で入れ墨をしているものは、
これくらいの根性を見せて、消してしまえばどうか。

さて、話は大阪市のことに戻るけれど…

市は今後、人目につく部分に入れ墨をしている職員については、
市民と接しない部署へ配置転換し、回答拒否職員に対しては、
懲戒処分にする方針で、処分内容を検討しているということだ。

こんなのは、遠慮せず、どんどん重い処分にすればいいと思う。

公務員としての自覚が足りなさ過ぎるぜぃ、
と杉ちゃんも言ってます。

 

 

 


 

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市役所襲撃ガソリン男

2012年04月27日 | 議会&役所

24日、僕が住んでいる藤井寺市の市役所の中で事件があった。
市役所5階の人事課の近くで、男がガソリンをまいたのである。

500㍉リットルのペットボトルに入ったガソリンを机や床にまき散らし、
近くにいた男性職員の目に軽いけがを負わせ、
さらにライターで火をつけようとしたそうである。

幸い近くにいた男性職員が男を取り押さえ、放火は防ぐことが出来た。

しかしまあ、男は75歳というから結構お爺ちゃんなのだが、
とんでもないことをやる。最近の年寄りは過激なのが多い。
ニュースで各地で起きるさまざまな殺傷事件を見ていると、
加害者の年齢が、驚くほど高いことがこのごろ、よくある。

先日のこのブログでも、堤防をジョギング中の僕の目の前で、
老人2人がつかみ合いのケンカを始めた…という話を書いた。

元気な老人であることは慶賀すべきだけれど、
こんな元気は、はた迷惑なだけである。

75歳の男は、なぜ市役所へガソリンをまいて放火しようとしたのか?

新聞によると、この男は市から生活保護を支給されていたのだが、
犯行の前日、男が人事課を訪れて生活保護を受け始めた当時の、
福祉課の元職員の住所を聞いたところ、人事課が断ったという。
どうも、それに腹を立てて市役所への放火を企てたそうだ。

元職員の自宅の住所を、人事課が教えるはずがないじゃないか。

集団登校の列に車を突っ込んで児童たちをはねた18歳の少年の父親に、
被害者の住所・氏名・電話番号を渡したどこかの警察じゃないのだからね。

そんなことで、藤井寺市役所はもう少しで炎に包まれるところであった。

お役所に勤めていたら、毎日平穏でしょうし、気楽でよろしいなぁ…
…と、藤井寺市の隣の松原市の市役所に勤めていた僕は、
いろんな人から、よくそう言われたものだった。

果たして平穏なのだろうか…?
気楽なのだろうか…?

否…である。
市役所の職員といえども、平穏無事な毎日なんて、送れるわけがない。

むしろ役所には、トラブルが尽きない。

細かいことを言えば…
毎日のように苦情を言いに来ては何時間もネチネチと粘る。
その中身は、本質的なものではなく、職員の揚げ足取りとか、
国の政策に対する不満とか、遠い昔の不快なできごとを蒸し返すとか…
そんな「市民」も結構いるのである。
(むろん、ほとんどは善良な市民の方々であるが…)

本当に困っている市民であれば、職員は親身になって対応する。
だが、職員は絶対に反撃はしてこない…ということを計算ずくで、
あれにもこれにも言いがかりをつけ、延々とわめき続けられては、
業務に大きな支障が出るし、ほかの市民の方々にも迷惑がかかる。

ドカンとカウンターを叩いて大声を出される…なんて日常茶飯事なのだ。
ひとこと意見を言うとまた突っかかるので、職員はぐっと耐えて聞いている。

 

「ええい、うるさい。出て行け~」
と言えたらどれだけスカッとするか…と、何度思ったことか。
内緒ですけどね…。

いつか産経新聞に、よく図書館を利用する記者のコラムで、
「最近図書館で、市民がささいなことで職員にくってかかる光景が気にかかる」
と書かれていたこともある。
静かで平和そのもののように見える図書館ですら、そうなのだ。

僕も昔、そういう「市民」にどなり声で因縁をつけられ、
あまりのしつこさに、黙っていることができなくなり、
「何のためにそんなことを自分に言うのか」
と、ひとこと言うと、暴力をふるわれ、警察を呼んだことがあった。

しかしまだそういう市民はマシな部類だろう。
それ以上に、ある種の業者たちは、悪質である
行政や職員に不当な要求を突きつけることもしょっちゅうある。
気に入らなければ職員を脅す…なんて朝飯前の所業である。

こうした話の中で忘れられないのは、今から10年近く前に起きた事件だ。

栃木県鹿沼市で、廃棄物の担当をしていた57歳の市職員が、
廃棄物処理業者の要求を拒んだため、暴力団関係者に殺害された。

痛ましすぎる事件であった。

それ以来「行政対象暴力」が社会的に注目されるようになった。

まあ、そんな市民や業者はむろんごく一部だけれど、そのため、
善良な市民の人たちにもいろんな迷惑をかけることになる。

学校の先生や市町村職員にうつ病患者が多いというのも、
公務員というきわめて我慢を強いられる職業であるゆえ…かも知れない。

とにかく地方公務員は、国家公務員のように優遇されているわけでもなく、
地元のさまざまなトラブルに対応し、ストレスが溜まりやすい職種なんである。

しかしまあ、職員もストレスが溜まるからといって、
発散の仕方を間違ってはいけないですけどね。

こんな話を、いつか新聞で読んだことがある。

奈良県の高取町という町の議会を傍聴していた男が、傍聴席から、
「こらぁ、しっかりせい」
などと、大声でヤジをとばしまくり、議事の進行が何度も妨げられた。
議会のあいだ中、そんな調子でずっと騒ぐので、議長は何度も注意をした。
それでも、
「議長、しっかりせんかい」
と、ヤジをやめなかった。

町の職員がそのヤジ男をよく見ると、知っている顔だった。
…そしてヤジ男は、新聞に載るハメになったのだ。

ヤジ男は高取町の隣にある御所市の職員で、しかも環境衛生部長だった。

この部長は体調不良を理由に市役所を休み、隣の高取町議会を傍聴に来て、
日頃のストレスを発散したかったのか、「猛烈ヤジ男」と化したのである。

御所市ではこの部長の行為を、
「地方公務員法の信用失墜行為に当たる」と判断し、
減給の懲戒処分にした、と発表したことが新聞に載った。

これなどは思わず笑っちゃうニュースですが、
この部長は日頃から自分の市の議会に不満があったのかも知れない。
その他さまざまなストレスにも見舞われていたのだろうと推測できます。

どこかでウサを晴らしたい…との気持ちは、わからなくもありませんが…

しかしまあ、こういうストレスの発散法ってのは…ねぇ。

 

 

 

 

 

 

 

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松原市議会の “変身”

2011年08月31日 | 議会&役所


どの新聞も、野田新首相に関連した記事で占められているが、
僕にはそれ以上に関心深い記事が、後ろのほうの紙面にあった。

今日の新聞の地方版、僕のところは「大阪河内版」なんだけど、
この紙面の一番下の段に、小さく載っている記事に注目した。

「松原市議会正副議長決まる」という見出しの記事だ。

昨日、大阪府松原市で開催された臨時市議会で、
新しい議長と副議長が決まった…ということが、
ひっそりと、小さく報じられていた

昨日の午後、衆参両院で首相指名の投票が行われていたころ、
大阪府の片隅の松原市でも、市議会議長を決める投票が行われていた。

地方議会の正副議長の任期は、地方自治法では4年であるが、
日本全国ほとんどの議会は、申し合わせにより1年交代と決めている。

まあ、議員になった限り議長になりたい、というのは人情であろう。
議長になったら、地元の人たちにも顔向けが出来る。
議員を何年務めても議長にならない(なれない)議員であれば、
地元の支援者から「なんで議長になられへんねん」と責められたりする。
だから、なるべくなら、一度でいいから議長をやっておきたい。

議長の任期を法律どおり4年にすると、順番がなかなか回ってこない。
そこで、申し合わせで、1年で交代しよう、という約束事を作るのだ。

でも、自分が議長になりたくても、他の議員の協力がいるので難しい。

だから、議長になれるのは大きな会派(あるいは党派)に属する、
ということがまず必要だ。いくら能力があっても、数がなければダメ。
逆に能力がなくても、大きな会派で何期か過ごすと自然に順番が回ってくる。
つまり「人格・識見において議長にふさわしい人」を選ぶというより、
大きな会派の中で古い者を順番に議長に選んで行く、というものなのだ。

松原市といえば、僕が38年間勤めた市である。
そのうち、26年間を市議会事務局の職員として過ごした。
だから退職した今でも、松原市議会と聞けば身体がピクッと反応する。

そして昨日臨時市議会があって、そこで新しい議長が誕生したわけだが、
職員の方からメールで「速報」をいただき、状況を知ることができた。

その速報に接して、今回は大いに驚いた。

今回の新議長さんは、先に述べたような大きな会派の議員ではなかった。
わずか2人しかいない少数会派の議員だったのに、議長に選ばれたのだ。

しかもその人は、僕と今でも親しくおつき合いをいただいている方だ。
「仲間」としてこのブログにも何度も仮名で登場してもらっている。

僕の知るところでは、この人は、19人の松原市議会議員の中でも、
最も良識に富む人で、党利党略に偏らず、人を愛し、自然を愛し、
地域を愛する人で、多くの人々から尊敬され、敬愛されている。
それはもう、とても人望の厚い議員である。

読書好きで、登山好きで、お酒好きでもある。
僕の在職中も、職員の間で最も評判の高い議員だった。

まさに今の松原市議会で、最も議長としてふさわしい人である。

夕方、その新議長さんの携帯にお祝いの電話をかけた。
「ありがとう、ありがとう」と喜んでおられた。
その弾んだ声を聞いて、僕まで気持ちがワクワクしてきた。

いかに優れた人物であっても「数」がなければ議長になれない…。
これまで、そういうやりきれない構図があったけれど、
今回、見事にその「常識」が覆された。

量より質。人数力より人間力。

わかりきったことだけど、いざ実行するとなると、むずかしいものである。

どういう経緯でそうなったかは、その場にいなかったのでわからないが、
今回の議長選挙は、旧弊を打ち破った意義のあるものだったと思う。

 

 

 

 

 

 

 

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震災対策副本部長がゴルフ

2011年05月11日 | 議会&役所

今年2月ごろの話だけど、僕が以前勤めていた松原市議会で、
市議会議員の不祥事が問題になり、そのことが新聞に載った。

それは、某ベテラン議員が、議会の委員会を欠席して、
ゴルフ旅行に出かけていた、ということが発覚し、
不謹慎だと非難を浴びた…というような記事だった。 

この議員は、過去に議長経験もあり、もちろん僕もよく知っている。
「あの人のやりそうなことやな」 と、新聞を見た時、僕は思った。

議員としての公務の大切さを、あまりわかっていない人であった。

この議員が議会運営委員長をしているとき、議会事務局の僕に、
自分は何日から何日まで、どこそこへゴルフに行くんで、
議会運営委員会の通常の日程を、変更してくれないか、
…という要請があったとき、僕は、
「何を言うてはりますねん。 ゴルフで委員会の日程変更なんか、あきまへんで」
と言って、断ったことがあった。

議員という人種はなぜこんなにもゴルフが好きなのか、不思議である。

 ………………………………………………………………………

議員とゴルフといえば、まさに今、この問題に触れなければならない。

あの、石井一という民主党の副代表には、はらわたが煮えくり返る思いだ。

日本が未曾有の大災害に襲われ、混迷をきわめているこの時期に…
「日本・フィリピン友好議員連盟」 とやらでフィリピンへ行き、
そこで現地の経済人らとゴルフをしていたというではないか。

石井一は、今回の東日本大震災対策本部副本部長なのである。

あきれてものも言えない…とはこのことだ。

万を超える死者を出した災害で、数多くの肉親を亡くされた遺族の皆さんや、
つらい避難所生活を強いられている人々の気持ちを、まさに踏みにじる行為だ。
よくもまぁ、今、こんな時期に、ゴルフをやろう … という気になれることだと思う。

国会議員なんぞに国を任せることはできない … と言われて当然だ。

こんな低俗な人間が震災の対策本部の副本部長とは、
いかに民主党の政府首脳がアホ・バカたちの寄り集まりか、
これひとつみても、十分にわかろうというものだ。

石井一は、現地で取材しようとする報道陣に向かって、威圧的な態度で、
「内緒で来とるんやから、撮るなよ。 つまらないことを報道するなよ」
などと、ぬかしておった。 
そのシーンがそのままテレビニュースに映し出されていた。

各方面から非難を浴びた石井は、「迷惑をかけ議会人として反省している」
などと謝罪を口にして、震災対策副本部長は辞任すると表明した。
しかし、辞任表明させる前に、党の上層部は石井を即刻クビにすべきだった。
政治家たちの、あれもこれも … まことに情けない連中ばかりである。

たが、そのあと石井の言ったことがまた腹立たしい。
「ゴルフだったら悪いのか…? じゃぁ、テニスだったらいいのか…?
 水泳だったらどうなんだ。 いいのか…?」 

自分は間違ったことはしていない、という恐るべき開き直りであり、
反省など、これっぽっちもしていないことは誰の目にも明らかである。

そして、民主党の副代表の方は辞めないという。 

しかしこれは石井ひとりの問題ではないだろう。
 
こういう人間が、現に存在するということは、
政府首脳たちは、大なり小なり、今回の大災害に対して、
この程度の認識しかないのではないか、と思いたくなる。

本当に、この民主党という組織は、いったいどうなっている…?

 ………………………………………………………………………


5月8日の朝日新聞に、主な被害状況が掲載されていた。
各被災地の死者、行方不明者、避難者の数、住宅倒壊数などである。

この数字は各県の発表であり、実態の不明なところがまだまだ多い。

たとえば、宮城県の南三陸町の場合である。

元々この町に住んでおられた町民約1万8千人のうち、
約5740人が避難。 508人が死亡。 約660人が行方不明 …とある。

この数字を見ていると、町民約1万8千人から、避難者、死者、
行方不明者の合計数を引いても、まだ1万1千人以上の数が残る。

この人たちは、どこへ行ってしまったのか…?

政府は相変わらず原発問題一辺倒だけれど、
こういう被災地の実態の調査・解明に、もっと力を入れてほしいと思う。

それにしても、こんなときに震災対策副本部長が外国でゴルフとは…

重ねて言うが、信じられないような自覚のなさである。
歳費 (議員の給料) をさっさと返して国会議員を辞めろ、と言いたい。

国民の大切な税金がドブに捨てられているようなことを、
このまま見逃しても良い、な~んてことは、誰も思わないはずだ。
 

 

 

 

 

 

 

 

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議会も首長も…

2010年09月23日 | 議会&役所

きょうは秋分の日である。せっかくの祭日だが…
早朝から外は豪雨で、ときどき
雷が鳴り響き、ピカッと稲妻が光る。

幼稚園が休みだから4歳のモミィが「なんで休みなん…?」と聞く。
「祭日やからね」と言うと、「さいじつってなに…?」とまた聞く。
「それはね、土曜と日曜以外にも休みがあって、それを祭日と言うんだよ」
と、答え、「こんどの祭日は、秋分の日というんだよ」と説明する。

モミィはさらに、「しゅうぶんのひって、なに…?」とたたみかけてくる。
「う~ん、秋分の日というのは、…う~ん、う~ん」と僕は唸りながら、
「お日様が出ている時間と、お月様が出ている時間が同じになること」
などと、いい加減な、しかし、必死に考えた末の答えをひねりだす。

「なに…? おひさまと、おつきさまがどうしたん…?」

あぁ~、このごろはモミィの「○○って、なに…?」「なんで…?」の責め苦に悶え悩む毎日である。何か、幼児に説明するための国語辞典って、ない?

 

  …………………………………………………………………………

さて、僕が長年勤めていた大阪府の松原市議会で、先般、市議会議員の選挙が行われ、新たに19人の議員が当選し、何人かの新人議員も当選してきた。

この何十年間というもの、すべての市議会議員と顔見知りだったけれど、今回から、まったく知らない市議会議員が出てきて、僕の仕事もますます過去のものへと遠ざかって行く。

そして、一昨日の21日に臨時議会が開催され、議長や副議長のほか、いろいろなポストの役員が決められた。

それを見て、一番驚いたのは、3つある常任委員会の副委員長のポストを、すべて今回初当選してきた1年生議員で占められていた…ということである。

副委員長といえば、委員長が都合で欠けたときには委員長をするという大事な役割を担うポストである(ただ、日陰の存在ではあるけれど)。

委員長は会議を仕切るだけの知識と経験が必要だ。それを、ほんの1週ほど前に初めて議員になったばかりで、右も左もわからぬ人間が、どうして出来るというのだ。まさか新人たちが、「ぜひ私を副委員長に」と、名乗りを上げたわけではあるまい。
程度の低いベテランか中堅議員が各会派に根回しをして「副委員長は日陰の存在で、何の実質的なメリットもないので、新人議員に押し付けるということに決めよう」みたいな妙な申し合わせをしたに違いない。これから、そういう慣例を作ろうというつもりかも知れないが、まったく、常任委員会というものを頭からナメきった、無知で低級な役員人事というほかはない。

もし、「新人議員さんに勉強してもらい、責任感を持ってもらうやる気を出してもらうための抜擢だよ」…というのなら、なおさら勘違いも甚だしい。委員会は、子どもの塾ではない。真剣勝負の場であり、おもちゃの刀で「試し切り」をしてみるところではないのである。

何より、議会の誰もがそういうことを「いいこと」だと思って、全員が無批判に「右へ習え」と決めてしまうところが危うい。

こんな調子では、松原市議会は、先行きが大いに不安である。

松原市議会も、議員の新陳代謝が激しくなり、それ自体はとてもいいことだけれども、やはりこれも、中身による。

僕の目から見て優れた人材がすっかり少なくなり、代わりに、知識もないのに権威だけをふりかざすような中途半端な人物が中心になって、議会の質を落としていくという嘆かわしい現象が起こりつつある。市職員や松原市民のみなさんは、いま、そんな松原市議会に対して、厳しい視線を向ける必要があると思うのだ。

 ………………………………………………………………………………

ところ変われば品変わるで、逆に市議会を完全に無視したアホ市長がいる。
いつか書いたことがあるが、鹿児島県阿久根市の竹原市長である。

議会を招集する義務がある市長が、議会を開かず、勝手に自分で決める「専決処分」ですべてのことを決めていく、という、聞いたこともない暴挙に打って出て、しかもそれが市民の支持を受けてきたというのだからタチが悪い。

なぜ市民に人気があるのかといえば、議員や職員は優遇され過ぎているとし、バッサバッサと議員報酬、職員給与、ボーナスの額などを大幅カットし、自分に逆らう職員は、クビにする。そういうことが、「公務員嫌い」の市民の喝采を浴びたということである。その意図はいい。「官民格差を是正する」といううたい文句も立派である。しかし、だから暴走してもいい…ということにはならない。市民に迎合し過ぎなのである。

それを独断の「専決処分」で次々と処理していくという手法が大きな問題なのだ。議会の議員も、市長と同じように選挙で選ばれているのだから、まさに市民の代表である。それを無視するのは議会制民主主義に反することは明らかで、これはもう話にも何もならない。よくこんなことがまかり通っているなぁ、とずっと思っていた。

しかし今月、竹原市長のリコール(解職請求)を求める市民の署名が有権者数の過半数に達し、解職の是非を問う住民投票が実施される見通しとなった。まぁ遅すぎたけれど、阿久根市民の良識の一片を示したものと言える。

そんなとき、今回新たに総務大臣に就任した片山善博さんは、阿久根市長の専決処分について、専決処分というのは災害時など議会を招集する間もない時に緊急の案件があった場合にやるもので、その要件も満たしておらず、そもそも通常の時から議会を招集もしていないのだからこれも違法であり、違法な状態で行った専決処分だから、根っこから違法だ、と述べた。実にスッキリした論理である。これを、前の原口総務相がなぜ言えなかったのか…と、あらためて思う。

片山さんは「朝ズバ」で、あのつまらない相槌を打ちすぎるみのもんたを相手にしながらも、実に視聴者にわかりやすく、丁寧な解説をしてくれていた。今回の竹原市長に対するコメントは、さすが~、と感心するほかない。

竹原市長もそうだけど、「住民に人気がある」というだけで、それを嵩にかけて議会などを威圧する…という手法は、名古屋市の河村市長や、あるいは少し意味は違うが大阪府の橋下知事も、似たところがある。
法政大学のある教授は、「(この2人は)世論に支持されているおれたちの言うことを聞け、という面があり、議会に説明を尽くす首長の責任を果たしているのか疑問」と、新聞に意見を寄せていた。

宮崎県の東国原知事もいい加減な男だ。
あれだけ「宮崎をどげんかせんといかん!」と、郷土の発展に命を懸けるかのごとき発言で知事に当選しておきながら、1期4年でさっさと宮崎を捨てて中央進出をうかがっている。まあ、淫行で逮捕されたくらいしか目立った「実績」のないそのまんま東のような三文タレントに期待するほうが間違っているけどね。

選挙の投票は人気投票ではない…と言っても、それは所詮、理想論である。
現実は、テレビで有名になって票を取れるという人間たちがどんどん政治の世界に出回っている。資質・能力と関係なく、である。

まことに嘆かわしいことではないか。

 

 

 

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アホの市長は目立つ

2010年06月01日 | 議会&役所

地方議会議員はアホであっても目立たないけれど、市長がアホなら目立つ。
理由は簡単である。
地方議会議員は一つの自治体に何十人(またはそれに近い数)が存在する。
「玉石混交」という言葉があるが、議員たちの個人レベルもさまざまである。地域のために日夜奔走する熱心な議員もいれば、箸にも棒にもかからないアホ議員もいる。しかし人数が多いのでごちゃまぜになり、アホでもなかなか目立たないのである。

その点、市長はひとりだけだから、アホはよく目立つ。

鹿児島県阿久根市の竹原信一という市長がその典型例だ。

この市長の言動については、数年前からなにやかやと報道されてきているのでご承知の方も多いと思うが、僕も長く公務員生活を送って来たが、この竹原市長ほど私的感情を前後の見境もなく撒き散らし、かつ身勝手な理屈でやるべき義務を果たさず、市政を混乱させ続けている市長を、これまで見たことも聞いたこともない。しかも彼が、住民から人気があるというのだから、余計タチが悪い。

竹原市長は2008年夏に初当選したが、選挙活動中から自分のブログを更新していた。これは当時、公職選挙法に抵触する可能性があったが、それがその後の市長の進む道を暗示していたようでもある。

2009年1月のブログで竹原市長は「阿久根市議会で最も辞めてもらいたい議員は?」と題して市議の不人気投票を実施した。

これを新聞記事で読んだ僕は、思わず笑った。
最初は面白い市長だな~、と思った。

僕自身、38年間の市役所生活のうち26年間を議会事務局で過ごしているので、イヤな議員も大勢見てきた。不人気議員の投票なんかしたら面白いやろな~、と思っただけではなく、実際にこっそり「出来の悪い議員ベスト5」なんてものを作って、親しい職員に見せてゲラゲラ笑っていた時期もあった。

しかし、このあと、竹原市長の言動は、どんどんエスカレートする。

市職員の給与が高額であるとのことで、市長は各課ごとに職員の給与明細を掲示したところ、ある職員(係長)がそれをはがした。一部の市民が職員に無理難題を押し付け、最後は掲示板を指差し、「お前ら、月給泥棒だろ」などと悪態をつき、円滑な説明も出来なくなるなど、職務に支障が生じる…とのことで、はがしたのであろう。

給与が高ければ、減額する方向に持って行くの通常の方法だ。
公務員の給与が高い、減らすべき、というのはまともな主張である。

しかし…やり方というものがある。
市長がいきなりヒステリックに叫ぶと、職員の不安感は増幅する。
一方、市長の職員・議員に対する攻撃的姿勢は、市民にとっては心地よい。

2009年2月に市議会は市長不信任案を可決すると、市長は議会の解散権を行使して議会は解散。出直し市議選が行われたあと、新しく構成された議会は、再び市長の不信任案を可決し、ここで竹原市長は自動的に失職した。

しかし、出直し市長選挙に出馬した竹原市長は、また当選するのである。

職員や議員をボロカスに言う竹原市長は大衆受けをするのだろう。その市民の絶大な支持の元で、市長はいよいよ増長する。

掲示物をはがした係長を懲戒免職する。つまり、クビである。
係長の訴えを受けて鹿児島地裁がクビを取り消すよう判決を出す。
しかし、市長はブログに「中身のない判決」と書き、従わなかった。
徹底的に根に持つタイプ…と言えよう。

ブログで市長は今度は裁判官月給一覧表を揚げ、「おカネ持ちが判決」と書き、いかにも素人受けのするような「義憤」をぶち上げている。

そのブログで、市長は今度は調子に乗り過ぎて非難される。
2009年12月のことだ。
「高度医療のおかげで、障害者を生き残らせている」
と書いて、大きな問題になった。

議会は当然竹原市長を批判するが、悲しいかなその声には威勢がない。
はっきり言って、まるでだらしない議会なのである。

市長は「改革断行」のもとに、さらに強引な実力行使が目立つようになった。
言うことを聞かなければクビにする、と職員を脅し続ける。

自分は選挙で勝つ、という絶対の自信を持つ市長は、あらゆることに対立的姿勢を鮮明にし、反市長派排除のために議会を挑発し、市役所は重い空気に包まれ、市民たちには疲れが見えているという。

さらに…
自分の意に沿わない報道をする新聞・テレビのカメラが議会の傍聴席に入ると、
「あんなのが入っていれば、もう議会なんて出ないもんね」
ということで、竹原市長は本会議への出席を拒否し続けているのである。
そして、議会に諮らずに自分で勝手に「専決処分」を行う。

「専決処分」とは、ある案件を決定したいのだが、議会を開く時間がないときにやむを得ず市長が専決で行い、次の本会議で議会に報告をするという制度である。何でも専決をしていい、というわけではないのだ。それを議会に提案もせず、次々専決をするとは、それこそ、独断と偏見であり、議会無視、住民無視そのものではないか。

本来の政策を論じる場に出ることを拒否し、感情の向くままにルール違反を平気で繰り返すことが、住民福祉の向上につながるはずがない。

普通では考えられない行動だ。
いやしくも住民の代表として選ばれてきた議会が本会議を開くというのに、市の総括責任者である市長が出席しない(それも感情的な理由)というのは、にわかには信じ難いほど幼稚である。誰か、諌めたり進言したりする人間はいないのか?

「改革はいいけれど、混乱はもうたくさん」と、市長をずっと支えてきた後援会幹部も、最近はうんざり気味だそうである。

朝日新聞鹿児島総局の三輪千尋さんという若い女性記者が、先日「記者有論」というコラム欄でこう書いていた。

竹原市長は、信念を貫くつもりなら言葉を尽くし正々堂々と戦ってほしい。そうでなければ市民の心は離れていくだけだ。

繰り返し言う。アホの議員は目立たないが、アホの市長は目立つ。

阿久根市は、議会も市長もアホである、というのが本日の結論です。

 

 

 

 

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松原市の正念場

2010年01月30日 | 議会&役所

昨日の昼、家で食事をしながら12時からのNHKニュースを眺めていたら、
「次のニュースです。大阪府の松原市で…」とアナウンサーが言い始めた。

テレビなどで松原市に関する報道が流れると、去年3月まで松原市役所に勤めていた僕は「えっ、松原…? 何があったの…?」と目がテレビに釘付けになる。たいていは松原市内で火事があったとか、コンビニ強盗があったとかいう話なんだが、この日のニュースは違った。松原市と業者の間で疑惑が生じている、という報道だった。これは、聞き捨てならない。

「松原市は、ごみの収集・運搬の許可を持たない2業者に対し、市内の事業所から出るごみを、隣接する大阪市平野区の焼却場へ持ち込めるよう便宜を図っていたことが明らかになりました」

つい先ほど行われたという記者会見の様子が映し出される。
市長や副市長、総務部長など、よく知っている顔が次々とアップで映る。
見ているうちに、急激に緊張してくる自分を感じる。

報道されたのは、つまりこういうことのようであった。↓

松原市は清掃工場(ごみ焼却場)が老朽化したことで、2002年に閉鎖した。
それに代わる新しい清掃工場を建設する予定であったが、地元住民の激しい反対で断念。隣接する大阪市平野区の焼却場に頼み込んで、ごみを搬入させてもらうことになった。

今回、無許可が明らかになった2業者とも、10年以上、あるいはそれ以上以前から、無許可であるにもかかわらず、松原市内の事業所(たとえば工場とか、病院とか)からごみを集め、当時の松原市のごみ焼却場に搬入していた。松原市の焼却場が閉鎖されたあと、今度は平野工場に搬入していた。

しかし、平野工場にごみを搬入するためには、松原市が認める搬入券というものが必要であった。もともと、一般廃棄物の収集・運搬の許可がない業者が、焼却場にごみを持ち込むことは、違法な行為である。にもかかわらず、松原市が搬入券をその2業者に渡していたということは、違法な行為への便宜供与である、ということになる。

業者は、各事業所からごみの処理代を得る。そして、松原市は、大阪市に対して、搬入券に記録されたごみの重量をもとに、焼却費を支払う。そういう仕組みになってる。

テレビの記者会見で、澤井宏文市長は神妙な表情で謝罪し、こういうことは二度と起こさないようにしたい、というふうなコメントを述べていた。

市と業者とのさまざまな因縁は、何十年も前から続いているようである。
去年の6月に当選してきたばかりの澤井市長は、戸惑っているであろう。

しかし、民主党が自民党に対し、「うちらは政権取りたてホヤホヤで、何も知らんがな。それまで、あんたら自民党がやってきたことのツケを払わされてるだけやがな」と言ってひたすら責任転嫁を繰り返すと、身もフタもない議論になってしまうのと同様で、松原市の今回の事案も、現在もその状態が続いていることについては、真摯な反省と、今後の素早い対応が必要であろう。今朝の新聞によれば、澤井市長は「不正を許さない職場風土の構築に向け、不退転の決意で取り組む」と、調査と再発防止を約束した…とある。
ぜひ、実現してもらいたい。

それにしても、この「何十年続いてきた」業者との関係…というのは、さまざまな問題を含んでいる。今回の件につき、これから松原市は調査委員会を設置し、市側に違法性の認識があったかどうかも含めて調査するということであるが、当然、担当職員たちの処分も視野に入っているのだろう。それはそれで、やらなければならないことだけど、たまたま、現在その部署にいる職員たちは、う~む、ちょっと気の毒だな~と、同情したりする。

物事がスムースに運ぶなら、事を荒立てることもない…というのは、事なかれ主義だと批判されるかもしれないが、成り行きとしてやむを得ない場合もあるように思う。現実は、行政マンとして命を賭けて職務に邁進する…
というのは、自分がその立場に立ってみると、恐ろしいほど難しい。
言うは易く、行なうは難し、である。

市の職員という立場は、1人や数人では、根本的な改革はできないのだ。

ある種の業者というのは、ヤクザ顔負けの凶暴な態度で、市役所へやって来て、周囲に響き渡る大声を上げて、市の職員を脅したり、聞くに堪えぬ悪態をついたりする。業者は、市の職員は大人しいし逆らわない、と見くびっているので、言いなりにならなければ頭ごなしに言葉の暴力を口汚く浴びせ続ける。言外に「言葉だけでは済まんぞ」という脅しもチラつかせる。

ここでひとつの事件を思い出す。

2001年秋、栃木県の鹿沼市で、環境対策部参事をしていた小佐々守さんという男性職員が、暴力団たちに連れ去られて殺害された事件である。

これは、廃棄物処理業者が、自分たちの言うことを聞かなかった鹿沼市役所の担当職員(小佐々さん)を、暴力団を使って殺害した事件であった。小佐々さんの前任者が、事実上、その業者に便宜を図ってきたらしいのだが、その前任者は、自らの罪の重さに耐え切れなくなったか、自殺をした。

こういうことが、実際に起こっているのである。
これと類似する殺傷事件も、あちらこちらで起きている。

ヤクザ顔負けの業者を相手に、これまで市が何十年と黙認してきたことを、今の、たとえば係長や課長が、「よ~し、悪を懲らしめてやる!」と個人で立ち上がり、「認められないものは認められないのだ~」と啖呵を切る…なんてことはずいぶん難しいだろうし、仮に闘っても、まさに蟷螂に斧…である。犬死さえしかねない。これはもう、一糸乱れぬ組織全体で対抗していくしかないのである。

過去から、市の組織そのものが業者の言いなりになってきたという、不幸な経過がある。何十年と根付いたものは、そう簡単にはひっくり返せない。

組織全体で、本気で立ち向かわなければ、変えることは出来ないのだ。課が違うからオレには関係ない…などと言っている場合ではない。市長以下、職員全体の足並みが揃わないことには、また業者につけ込まれるだろう。

今回の「発覚」は、これまでの市と業者との馴れ合いを絶つ絶好のチャンスでもある。今こそ組織が一丸となって対応する強固な土壌を作るべきだ。

澤井宏文市長のこの言葉を、もう一度ここに記しておく。

「不正を許さない職場風土の構築に向け、不退転の決意で取り組む」

言うは易く、行なうは難し…ではあるが、これだけは必ず実行してほしい。

  

 

 

 

 

 

 

 

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新春旗びらきに招かれて

2010年01月21日 | 議会&役所

昨日、元職場であるM市役所の、職員労働組合の「新春旗びらき」に行ってきた。
「旗びらき」というのは、まあ、労働組合の新年互例会みたいなものである。

保育士さんたちで作る和太鼓サークルの、怒涛のように響く太鼓でオープニング。

植○執行委員長のあいさつに始まり、来賓の人たちのあいさつが続く。
今の世情不安定の中、今年はさらに労働者としての団結を深めていこう…
そんな感じで、激が飛ばされ、セレモニーが終わると立食パーティが始まる。

ゲストに招かれたバンドが、スターダスト・レビューの「木蓮の涙」を歌った。

 ♪ 逢いたくて 逢いたくて
   この胸のささやきが あなたを探している ♪

    
     

 
会場は、にぎやかな空気に包まれていた。

ところで、なんで10ヶ月前に役所を定年退職した僕が、こんな場所に来たのか。
しかも、市議会議員らと並んで、来賓の席にちょこんと座っているのである。 
もちろん、それには理由がある。

10日ほど前、昔から冗談を言い合ってきた植○君から久しぶりにメールが入った。
前述のように、植○君はいま、市職員労働組合の執行委員長をしている。

 「私にとって、執行委員長としておそらく最後の旗びらきになろうかと思い、
   のん様には是非、ご列席賜りたく、メールさせていただきました。
   どうかよろしくお願いします」

 「は~い。わかりました。出席させていただきます」

特に支持政党もなく、これまで別に組合運動もしてきたことはなかったが、
僕は、この職員労働組合とは、なんとなく昔から縁があった。

20代後半から30歳くらいにかけてのころのことだ。
ある時期、毎年のように僕はこの旗びらきの司会をしていた。

その頃、僕は友人の結婚式の司会を、よく頼まれていた。
それが市役所の中で知られることになり、職員労働組合からも司会の依頼が来た。
「ええよ」と、そういうことは、軽く二つ返事で引き受ける僕なのであった。

しかし、議会事務局で仕事をしていた僕は、そのことで、ある保守系の議員から、
「旗びらきの司会をしてるそうやが、お前は共産党員か?」
と嫌味を言われたこともあった。
「旗びらきの司会をしただけで、なんで共産党員やねん」
と言い返したかったが、もちろん、その頃はまだ若かったので、黙っていた。

そんなこともあったけれど、旗びらきの司会は楽しかった。

市役所の地下にあった薄汚い食堂で、毎年、当時の「旗びらき」は行われていた。

漫才の横山たかし・ひろしを呼んだこともあった。
「おぼっちゃまじゃ。すまんのう」の、あの漫才コンビである。
なにせ30年ほど前のことだから、当時彼らはまだ無名に近い存在であった。

たかし・ひろしは懸命に漫才をしているが、ガヤガヤとして誰も聞いていない。
みんな、食べたりしゃべったりするのに大忙しである。

そのうち、顔の大きい方(ひろし)が、
「お前ら、ええかげんにせい。漫才、聞いてへんのか。…箸を置け、箸を!」
そういって、本気半分、ギャグ半分で怒鳴っていたのを覚えている。

あぁ、あのころが懐かしいなぁ…

あれから、年月が経ち、僕もいつの頃からか、旗びらきとは縁遠くなった。
おそらく、もう20年以上、ここへは出席していなかっただろう。
それが、植○委員長のお誘いのおかげで、再びこの世界に舞い戻ったのだ。
しかも、退職してからである。

…感慨にふけりながら、目の前の旗びらきの光景を眺めていたら、
「おやおや、めずらしい。○○君じゃないか。 今日はなんで…?」
そう言って近づいてきたのは、僕が司会をしていた頃の執行委員長さんだった。

あぁ、これまた、お懐かしい~

この、昔の執行委員長さんは、僕が旗びらきの司会が終えたら、
「ご苦労さんでした」と、いつも、帰りに近くの居酒屋へ連れて行ってくれた。

「え…? あんた、退職したん…? わしも、もう、後期高齢者やもんなぁ…」
元委員長は、目尻にいっぱいシワを寄せて嬉しそうにビールを飲み干した。

そのあと、いろいろと懐かしい人たちがテーブルにやってきて話しかけてくれた。
ビールを注いでくれたり、樽酒を入れてきてくれたり…。
(いちおう、今、アルコールは自粛しているのであるが…)
それを、ちびりちびり飲みながら、6時から、8時過ぎまで楽しんだ。

自粛している、という意識があったゆえか、あるいは…
久しぶりに結んだネクタイが気を引き締めたのか、
酒を飲んでも、ピクリとも酔わなかった。


 

 

 

 

 

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事業仕分けの次は議員仕分け?

2009年12月11日 | 議会&役所

事業仕分け…という言葉がすっかり流行語として定着した。

無駄をなくすためには思い切った改革が必要だ、と口先だけで言うのは簡単だ。
それを実行に移すことがなければ、いくら御託を並べても、何の意味もない。

そういう視点から見れば、少々荒っぽい作業であってもやむを得ないだろう。
あの事業仕分けは、あらゆる問題点を国民に提起しただけでも十分効果があった。

そこで思う。
仕分けは事業だけでなく、議員にも向けるべきである。
議員を仕分けするのだ。

何の仕事をしているのやらさっぱりわからない参議院議員を含め、
国会議員の先生方は、あれだけの数が必要なのか?  
歳費 (お給料) や諸手当も高すぎる。
あれこそ、大きな無駄ではないのか。 思い切って仕分けをして、リストラしろ。
と、まあ、そんなことを思うわけ。

そして、「仕分けの眼」 を、地方の議員に向けることも必要である。

市議会議員や町議会議員の選挙に一票を投じている住民たちは知っているのか?
自分たちが投票した議員が、日頃どんな活動をしているのか、ということを。

何の能力も適性もなく、ただ選挙に当選しただけ、という議員も案外多いのだ。

僕は在職中、四捨五入すると30年に及ぶ歳月を、市議会の事務局で勤めてきた。
その経験から言うのであるが、市議会議員はピンからキリの差が激しい。

身を粉にして市民のために心血を注ぐ議員は、過去にもいたし、現在もいる。
しかし、ハシにも棒にもかからない議員も山ほどいたし、今もいる。

「オレは議員やぞ~」 と、自分は人よりエラいのだと頭から思いこんでいるヒト。
葬式に姿を見せることを議員の最大の仕事だと思い、何よりも最優先するヒト。
市職員に無理なことを要求し、拒まれるとヤクザも顔負けの恫喝をするヒト。
逆に、職員に嫌われたら頼み事を聞いてもらえないと、職員にペコペコするヒト。
議会中ほとんど居眠っているヒト (確かに中身のない質問では眠くもなるが…)。
女性議員にセクハラまがいの言葉を平気で口にするヒト。
弱い者には傲慢だが、強い者には揉み手ですり寄る意気地のないヒト。
質問の最後の最後まで原稿棒読みで、議会を 「学芸会」 にしてしまうヒト。

近ごろの議員は、勉強というものをしなくなったように思う。 本も読んでいない。
だから質問をするにも、担当の職員の 「指導」 を受けて質問する議員が増えた。
質問のネタは、テレビで見たものばっかり、というヒトもいる。

そして…議員としてもっとも重要である健全な批判能力の、カケラもないヒト。

市長のやることを無批判に賛成するのなら、議会なんて、元からいらない。
といっても、ピント外れの批判では、批判にならない。
ぐたぐたと不平不満を並べて時間を浪費しているだけである。 
これもタチが悪い。 

プロの議員なのだから、良識に基づいた、きちんとした批判能力が必要なのだ。

僕は、それこそピンからキリまでの議会の光景を、イヤというほど見てきた。
議会も、もう少し、ピリっとしなければならない。

しかしまぁ、言うまでもないことであるが、尊敬すべき議員諸氏も沢山いる。

だから、事業仕分けと同様に、議員仕分けをやれぇ…と言いたいのである。  

まあ、どうやるのかが難しいところだけど、少なくとも選挙は仕分けにならないよね。

選挙は、議員としての能力とは別の要素で勝ち負けが決まるから。

 


 

 

 

 

 

 

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やっぱり気になる松原市

2009年07月02日 | 議会&役所

40年近く勤めてきた松原市役所を定年退職して、早くも3ヶ月が経った。
早いというか、ぎゃっ、まだ3ヶ月しか経っていないの…? というか。

「毎日、家におって、何してんのん…?」とか、
「ヒマでヒマでしゃ~ないやろ」とか、
人からいろんなことを言われる。

毎日何をしているか…? そんなこと、一口で言われへんわ~。
ヒマでしゃ~ないやろ、なんて、勝手に決めてくれるなよ。
フリーの身はフリーの身で、いろいろとあるのです。
もっともっと時間がほしいと思う毎日なのである。

話は変わるけれど…
6月30日に、松原市役所の職員OBで構成する「市友会」という会の総会が、大阪市内のホテルで開かれた。僕もこの「市友会」に、この4月に入会したばかりである。

これは本来ならば、5月に開催されていたはずだった。

その5月の総会が予定されていた日、僕はモミィを伊勢志摩のスペイン村に連れて行く日だったので、市の担当課に総会を欠席する旨の届けを出していた。

すると、最近、またもやその「市友会」の総会の案内状が来た。
「え…? もう5月に終わったのと違うん…?」

案内状によると、新型インフルエンザ騒ぎで総会が延期になったのだという。

それで、6月30日に改めて総会を開くことになった。

今度は僕も、欠席する理由がないので、出席することにした。

例年は100人ぐらい出席するそうであるが、朝から強い雨が降っていたせいか、今回は60数名の出席だった。

会場の大阪市内のホテルに向かう途中で、この会の副会長さん(僕の昔の議会事務局の上司でもあった)が、僕に、「きょうは、総会の中で新会員を紹介することになっているんやけど、そのときに新会員を代表してあいさつしてくれへんか?」と、いきなり言われた。

げぇ~~~……

またあいさつかいな。
3月に、議員や市の幹部職員が出席する退職者送別会のときにも、退職する職員を代表してあいさつをさせられたのに…。またかいな。今度は「新人」としてのあいさつだ。もうちょっと早いこと言うてや。考える時間がないがな。

世話役としてついてきた担当課の職員は、僕に、
「いやぁ、○○さんやったら急に頼んでも、してくれはるやろと思いまして」
な~んてことを言っていた。
みんな勘違いしているが、僕は人前でしゃべるのが、苦手である。
僕は怖がり屋であるとともに、恥ずかしがり屋でもあることを、なかなか人から認めてもらえず、どうやらそんな「人前しゃべり好き」のイメージを持たれたままで自分の人生が
終わってしまいそうなのが、今の僕の悩みなのである。

まあ、それはいいとして…。
総会にやって来た人たちのあの顔、この顔…。

僕が市役所に入ったときから、ずっと先輩として、あるいは上司として仕事をしてこられた人たちが、60代、70代になっても元気な姿を見せていたのには、感慨深いものがあった。あぁ、この人たちとも、ずいぶん長いこと会っていなかったなぁ。

つい最近に退職をした人とは、当然ながら、なじみが深い。
しかし、もう、昔々に退職をした人とは、本当に久しぶりである。
いっしょに仕事をしたことのある人もたくさんいる。
顔だけしか知らない人も、全く見たことのない人も。(特に保育士だった女性の人たちは、僕はほとんど知らない)。
いろんな人たちの顔、顔、顔。
久しぶりに会うその人たちの顔を見て、本当に懐かしかった。

中には仕事で嫌な思いをさせられた元上司もいたが、それも遠い昔の話…。
…と言いたいところだが、やはり嫌いな元上司には今でも口をききたくない。
だいたい僕は、ネに持つタイプなのである(笑)。

…と、まあ、そんなことで(…どんなことだ?)、総会は終わった。

そして、第二部の懇親会に入った。

6月17日に市長になったばかりの澤井さんが来賓として招かれており、乾杯に先立って祝辞を述べた。若くて長身だから、壇上に立つと見栄えがいい。

あいさつの内容も、情熱がほとばしるようで、好感が持てた。

しかし…
僕はちょうど1週間前の6月25日に市役所へ行ったとき、新市長の所信表明演説の原稿を読み、誰が作ったのか知らないけれど、その内容があまりにお粗末なのに驚いた。使い古された陳腐な文言が、何の脈絡もなくツギハギに並んでいるだけで、あれもこれも、きわめて抽象的な表現に終始していた。この原稿だけでは、まるで具体的な政策が見えてこない。

僕は、思い切って、市長の携帯に次の内容のメールを送った。

「所信表明の文章はずいぶん程度が低いですね。文脈が矛盾だらけだし、表現力が稚拙で、おまけに最後の部分は下品です。もう少し、勉強しなければ。まあ、勉強してもしゃ~ないかもしれんけど。ちょっと、期待はずれでした」

かなり失礼なメールだったろうなぁ。もちろん何の返事もなかったし。
「おせっかいなヤツだ。大きなお世話だっちゅうの」と思われたかも。
(今度メールを打ったら、着信拒否になっていたりして…)。

さて、懇親会のセレモニーが終わり、乾杯のあと食事になってから、各テーブルをあいさつに回っていた市長が、僕が座っているテーブルにもやってきた。

さすがに、あんなメールを送ったあと、知らん顔をしているわけにもいかず、
「この間はどうも…。失礼だったかと思いましたが…」
そう言った。

市長は爽やかに、僕に向かって、
「いや。あなたはいつもホンネで物を言わはる人ですから…」
というような意味のことを言って、ニコッと笑った。

さよですか。へえ。

市長ともなれば、外野席からいろんなことを言われるだろう。
そんなことをいちいち気にしていたら身が持たないものね。

まあ、書かれている原稿を冷静に目で追っていくと、いろんな欠陥が見える。
しかし、これを市長が6月29日の市議会定例会初日の冒頭で読んだはずだけど(僕は聞いていないが)、耳で聞くと、さほどの違和感もないのだろう。

言葉は生き物である。同じ文章であっても、話し方ひとつで、躍動したり埋没したりする。その人の姿勢というものが、言外ににじみ出るのだ。

松原市議会では、6日から、各党の代表質問が始まる。
僕はヒマなようだけど、月曜日と木曜日以外は何かと忙しい。
6日はちょうど月曜日である。
少しの時間だけでも、議会へ傍聴に行こうと思う。

新市長に対して、どういう質問が出るのか…?
そして、どういう答弁を新市長がするのか。

もう退職したというのに、まだ、なんとなく気になる松原市である。

 

 

 

 

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松原市職員労働組合の皆さんへ

2009年06月19日 | 議会&役所

松原市役所を定年退職して2ヵ月半になる。

17日には、役所のOBの人たちで結成する「どこでも行こう会」という会のハイキングに参加した。30数人の先輩達と一緒に、岸和田市の春木駅から泉北高速鉄道の和泉中央駅まで、蜻蛉公園という美しい府営公園などを通過して歩いた。このあたりは、アナザービートルさんの住んでおられるエリアである。

「え?あんた、もう定年退職か…?」と僕の顔を見て驚いていた人もいた。
今年の3月末に退職した者たちの中で、そのハイキングに参加したのは僕一人だけだった。つまり、そのグループの中では僕が一番「若手」であった。
あはは。
つい最近まで、勤務先では「長老」だったのに…。

その17日というのは、松原市で新しい市長が初登庁した日であった。
38歳という若い市長である。
昭和46年生まれというのだから…
うちの長男(モミィのパパ)より、ひとつ年上だけ、という若さだ。
昭和46年は、僕が市役所に就職した年でもある。

そして、昨日18日の夜。
現職の役所の数人の人たちと久しぶりに会って、お酒を飲んだ。
その一人は、僕に
「なんか、ブログ、とかいうのん、してるの…?」
と聞いた。

「してるよ。なんで知ってるのん…?」
役所の人にはあまり自分のブログのことは言っていないから、びっくりした。

「澤井市長のこと、何か書いたか…?」と、彼が聞く。

「書いたよ。選挙で当選して、新しい松原市長になったんやろ」と僕。
「そうやけど…。澤井市長とメールでやりとりしたとか…」
と、彼が言うので、
「そうや。選挙で当選した時のことやろ。ブログに書いたよ」
と僕は言った。
何も隠すことではない。 

http://blog.goo.ne.jp/non-ap/e/801a28f7e4efecaf15835117c3a4747f

僕はこの3月末まで、大阪府の松原市役所に勤めていた。
ブログは、3年ほど前からしていたが、現役の時はそんなことは書けない。
でもまあ、定年で退職したので、いろんなことも書けるわけね。
しかし、「守秘義務」は守ってますよ~ん。
「秘密」の話は、いくらブログでも、書くことはできないもんね~。

「でもなぁ。なんで僕がブログをしていること、知ってるのん…?」
と、僕は彼に尋ねた。

役所の人にはず~っと、自分のブログを内緒にしていたからね。

彼は、「職員組合の人が言うてはった」と言った。

はは~ぁ。

松原市の職員組合の人が、市長選の時、パソコンで「澤井市長」とか「松原市長選」か何かを検索しているうちに僕のブログに行き着いたのだろう。
「見て、見て。このブログ、この間、退職したのんさんやで!」
というようなことだったんだろうね~。
僕は、自分の顔写真も出しているし、素性も明らかにしているからね。

でも、一人でも多くの皆さんに読んでいただいているというのは嬉しい。

元々、物を書くことが好きな僕は、在職中には職員組合の「組合ニュース」というのに、「落書き帖」という題で、いろんなことを書いてきた経過もある。
(今の若い職員さんは、そんなこと、知らんやろね~)

いま、このブログを松原市役所の職員組合の人が見ていてくれていたら、誰でもいいから何かコメントをくださ~い。植○クンでもいいよ~。植○クンには、僕はずいぶんお世話になりましたから…。はい。

組合の植○クン、読んでくれているか~。僕やで、ボク!

今の松原市議会議員の中には、アホな議員も何人かおる。
コメントくれたら、どんだけアホかということ…そんなことも教えたるで~。


…失礼しました。

でもまぁこのブログは松原市役所の人たちにも読んでほしいので「のん日記」を、ぜひ組合ニュースで宣伝しておいてください。よろしくね~。


さて、6月17日に、新しい松原市長が登庁をした…と新聞で読んだ。

「行政改革をします。大阪一、全国一の改革をします」
と、38歳の新市長は言った…と朝日新聞には、載っていた。
橋下知事の路線に共感する新市長らしいコメントだ。

全国一の改革…

鼻息、荒いなぁ~。

…とまたこんなことを書くと、職員組合の人たちは
「あ、元議会事務局長がこんなこと、書いと~るで」と言うのかなぁ…?

組合ニュースには、そんなことは、書かんといてや。
僕は、澤井さんとは、仲良かったんやからね~。

「鼻息、荒い」というのは、けなしているみたいだけど、そうじゃないよ。
それぐらいの根性がなければ、今の世の中、やっていけまへん…ってことね。

まあ、話があちこちに飛ぶけど、どっちにしても、一人でも多くの人にブログを読んでいただける、というのはありがたい話だ。

僕は一方的に澤井市長の肩を持つものでもないけれど、むろん敵でもない。

本当に市民の立場に立つ行政を展開してほしいだけである。

以前、このブログにコメントをくださった松原市民の「もしもしピエロ」さんのような方の切実な声に、真剣に耳を傾けてほしい…と思うだけである。

職員組合の皆さんも、そういう市民の方々の声を聴いて、それを職員の人たちに反映させるような組織としてがんばってほしいと思うわけね。

なんだか、ちょっと硬い話になりましたけど…。

 

 

 

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予想どおりの結果…? 松原市長選

2009年06月01日 | 議会&役所

昨夜10時を過ぎてから、何人かの知人からメールをもらった。
松原市長選挙の開票所から、経過そして結果の報告だった。

結果は…
Sさん、つまり澤井さんが 23,066 票
Uさん、つまり梅木さんが 18,277 票

おおかたの予想通り、38歳の澤井さんが市長に初当選した。

今回の選挙には、昨年11月以降の市立松原病院の閉鎖問題が、ひとつの大きな焦点になっていた。今年に入って中野市長のリコール運動にまで発展したときは、今回の市長選挙は相当盛り上がるのではないかと予測された。

しかし、リコール運動も尻すぼみになり、病院閉鎖反対派の勢いを受けて誰が立候補してくるのかと注目していたら、まあ、言ってはなんだが、梅木さんという人は知名度も低いし、僕なんかもほとんど知らなかった地味な存在の人であった。この人を推した団体(政党?)は、本当にやる気があったのかどうか疑いたくなる。あれだけ病院の閉院を「暴挙」だと市民に訴えていたわりには、本気で市長の座を取りに行く気概に欠けていたと言わなければならない。

まあ、まかり間違って病院閉鎖反対派が市長に当選したとしたら、実際のところ、どうするつもりなのだろう。いまさら病院を復活などできるはずがないし、またぞろ大きな赤字を膨らませていくことが明らかである。そんな、現実にできそうにもないことを公約に掲げて当選するほど、世の中は甘くない。


ところで、澤井さんといえば、今でもよく覚えていることがある。
澤井さんの父親(故人)はかつて連合町会の会長で松原市では有名人だった。

15年以上前になるが、僕が広報を担当していたとき、町会も併せて担当していた関係で、この連合会長さんの家に何度かお邪魔したことがあった。
居間で連合会長さんと話していると、二階からのっしのっしと大柄な若い男性がスウェット姿で降りてきて、「あ、どうも…」とつぶやきながら別室へ歩いて行った。
「息子さんですか…?」と僕が会長さんに尋ねると、
「ああ、そうや。息子や」と会長さんは答えた。
その人が、今の澤井さんであった。
当時、大学生だったその澤井さんが、まさか後年、松原市長になるとは、むろんそのときには夢にも思わなかった。

澤井さんは昭和46年生まれである。
昭和46年と言えば僕が市役所に就職した年である。
僕が役所に入った年に生まれ、退職した年に市長になったわけだ。
ふ~む。

ただ、アナザービートルさんもおっしゃっていたように、若ければいい、というものではない。今の松原市は、誰が市長になっても、前途は多難である。

今後、どういう行政手腕を発揮していくのか、まったく未知数であるが、
どうか、死力を尽くして松原市を立て直してほしい。


…ここからは全く余談になるけれど。

澤井さんは、このブログなどむろん読んでいないだろうから、ちょっと内緒の話を書いてみるが、澤井さんは1昨年から去年にかけての1年間、市議会議長をつとめた。僕はその時、議会事務局長をしていたから、職責上、澤井議長とは、ほとんど毎日のように携帯メールで連絡を取り合っていた。

そして、澤井さんが議長をやめてしばらく経ったとき。
ある日、僕はうっかり澤井さんからメールが来ていたのに気がつかなかった。

そのあと、澤井さんが僕のところへやって来て、
「メール出したのに、議長をやめたら返事もくれないんですね。冷たいなぁ」
と、ケラケラ笑いながら冗談を言った。
「あ、いや、そんなつもりじゃなかったんです。気がつかなくて」
「いやぁ、議長をしているときは、すぐに返事をくれたのになあ」

そして、昨晩…。
僕は澤井さんに「ご当選おめでとうございます」とメールを打った。

しかし、一夜明けた今も、まだ返事は来ない。
そりゃ、人生で最も忙しい瞬間だろうから返事なんて来ないに決まっている。

でもな~。

「澤井さん。あんた、市長に当選したら、とたんに冷たくなったなぁ」

と、今度は僕がそれを言う番である。ケラケラ。

                  ( 6月1日 午前7時42分 )

 



* 追伸1  昨日のブログは、驚くほどアクセス数が多かった。
       ランキングにも入るほどの数だった。なんでやろ…?

  
* 追伸2  このブログを書いた約2時間後の午前10時前に、
      
澤井さんから、丁寧なお礼のメールをいただきました。
       どうも失礼をいたしました~ (1日、午後1時)。

 

 

 

 


 

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きょう松原市長選挙

2009年05月31日 | 議会&役所

僕がこの3月まで38年間勤めてきた市の市長選挙の投票がきょう、行われる。
いや、厳密に言うと、今現在、行われている最中である。
その市というのは、大阪府松原市である。

市長選挙の投票というのが、これまで、松原市ではわりに少なかった。
候補者が一人だけで、無投票、というのが多かったからだ。

したがって、ここ35年間の市長選挙というのは無風状態に近いものだった。

しかし、ずいぶん昔になるが、大荒れに荒れたこともあった。

昭和49年…(僕が役所に入って3年目だ)。
松原市では、全国ニュースに報じられるような政変劇があった。
社会党系のH市長が、松原市内の地区(当時はそう呼んでいた)に対して次々と巨額の予算を投入したものだから、議会から猛反発を受けた。そのあげく、議会はついに市長の不信任案を提出し、それを可決した。

この場合、市長は、辞職するか、議会への対抗措置として議会を解散するかのどちらかを選ばなければならない。H市長は、議会を解散する道を選んだ。

予算をめぐる長と議会の対立から、議会が解散に追いやられたのはわが国でも前代未聞のケースとして、連日、全国の新聞・テレビ等で報じられた。

昭和49年の暑い夏の盛りのことだった。

議会は解散させられて、汗だくの選挙に臨み、新しい議員たちが出揃った。

そして、この新しく選ばれた議員たちが、再び市長を不信任議決した。
これでH市長は、自動的に失職することになった。

そのあと出てきた元職員のD市長が、昭和49年から27年間、市長を務めた。
…なんと、27年間である。ずいぶん長い在職期間である。

本来なら7期だから7回選挙があるはずだった。が、ほとんどの選挙は対立候補が出ず、無投票当選を続けた。そして、そのD市長が健康上の理由で辞職したのが平成13年で、そこに出てきた次の市長は、これも元職員のN市長だった。

僕は、その政変劇のあった昭和49年の翌年である昭和50年から議会事務局に配属されたので、D市長が出発したころに議会での公務員生活がはじまったわけだ。だから、政変劇の詳しいことは知らない。人から話を聞く程度だった。

さて、27年間勤めたD市長のあとを継いだN市長は、かつての僕の上司であった人だった。お酒が好きで、よく飲みに連れて行ってもらった。とても温厚な人で、どちらかと言えば、政治家向きではないような気がした。しかし、4年の任期を経たあと、次も選挙に出たが、対抗馬が出ず、無投票で当選した。松原市の市長選は、本当に無投票が多い。住民に市長を選ぶ機会が与えられないというのも、深刻な問題ではあるが、とにかく対抗馬が出ないのだ。これはいかがなものか。

N市長は、平成13年から市長になって8年間、市政をつかさどってこられた。

不運なことに、ここ数年で松原市民病院が膨大な赤字を抱えることになり、これを閉鎖しないことには、松原市全体に悪影響が及ぶ、という緊急事態に至った。だいたい、市民病院は、まじめにやればやるほど赤字が嵩むのである。

去年11月、N市長は苦渋の選択をした。
松原市民病院を閉鎖することに決めたのである。

今の時代を象徴するようなニュースに、マスコミが飛びついた。
僕が事務局長をしていた議会にも、多くの報道陣が詰め掛けた。

N市長自身は、最後まで病院を閉鎖したくなかったようであるが、諸情勢がそれを許さなかった。まさに、断腸の思いで病院閉鎖を決められたのであろう。

そして、6月16日で2期目の市長任期が切れるのをきっかけに、次の選挙には出馬しないという声明を、3月の議会で発表した。その議会での発表の様子が載った新聞の写真に、市長の後ろに僕の顔が写っていたことは、いつかこのブログで書いたことがある。(すみません、関係ない話で…)

そして、今回の市長選挙は、2人の、新人同志の対決である。

病院の閉鎖に賛成をした自・公・民の推薦を受けた元自民党市議のSさんと、共産党の推薦を受け、病院閉鎖に待ったをかけ、福祉最優先政策を声高にとなえる団体役員のUさんとの一騎打ちとなった。Sさんは1週間前まで市議会議員だったので、よ~く知っているが、Uさんは、顔を知っている程度で話したことはあまりない。

元自民党市議のSさんは、一昨年から去年にかけて1年間、議長をしていたので、僕は特にこの人とは、その1年間は毎日のようにいっしょだった。会議や管外出張でいろんなところへも行った。彼は38歳という若さであり、何でも決断が早いし、勉強熱心で、行動的である。

現在その投票の真っ最中であり、午後10時ぐらいには大勢が判明するだろう。

選挙のことだから、フタを開けて見ないとわからないが、やはり、自民・公明・民主の推薦を受けているSさんが、かなり有力であろうと思う。

開票事務に参加する役所の友達から、大勢の判明次第メールを送ってもらうことになっているが、地元のNHKニュースでも報じるだろう。

今夜の投票結果が楽しみである。

しかしこれまで鳴かず飛ばずだった松原市の行政が、これからどう大きく変革していくのか…。よっしゃ、やっと面白い展開になってきたぞ~という時に、定年で退職…というのもね、なんだか、映画で延々と退屈なシーンを見せられて、さぁ、ここからだ~!  というクライマックスになったとたん「はい、もうあたなは終わりだから出てください」と映画館から追い出されたような気もしないではない。なんだかなぁ…。

まあ、これから職員給与も大幅に削減されるなどの思い切った政策が展開されていくと、仕事の方もますます大変になってくるので、自分が辞めた時期は、いい潮時だったのかなぁ、と言えるかもしれない…。

どちらにしても、今夜の結果は、待ち遠しいなぁ。

 

 

 

 

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