電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩する風情で身辺の出来事を記録。退職後は果樹園農業と野菜作りにも取り組んでいます。

メレシコフスキー『ダ・ヴィンチ物語』(上巻)を読む

2011年08月19日 06時02分19秒 | -外国文学
図書館から借りてきた夏休みの自主的読書課題(^o^;)を、ようやく読了しました。メレシコフスキー著『ダ・ヴィンチ物語』上巻(英知出版刊)です。
著者は、1866年生まれで1941年に没したロシアの作家とのことですが、当方にはむしろ、梅棹忠夫著『知的生産の技術』で紹介されたダ・ヴィンチの「発見の手帳」を描いた作家であり、若い頃に奥多摩のテント内で紛失した『神々の復活』の著者(*)と言った方がわかりやすい人です。

本作は、15世紀のイタリアを舞台に、ミラノ公国の宮廷と教会、ダ・ヴィンチとその弟子などのエピソードを多面的に接合し、時代と社会と人々の意識を描いた作品と言えそうです。天才ダ・ヴィンチを主人公にストーリーを展開する物語風のものを予想したら、短い印象的なシーンを次々に重ねてモンタージュのように映像を作り上げるような手法に、たいへん驚き、また新鮮さを感じました。

第1章:「白い魔女」。ギリシア神話の女神らしい彫刻の発掘と、頑迷な教会がギリシャの発掘品を破壊しようとするのを防ぐ経過が描かれ、絵を志す青年ベルトラッフィオがダ・ヴィンチに弟子入りを果たします。
第2章:「この人を見よ!この神を見よ!」。ダ・ヴィンチのスケッチや作品の写真とともに、彼の風変わりで好奇心に満ちた日常が描かれます。
第3章:「毒入りの果実」。レオナルドのパトロンであるルドヴィーコ・イル・モーロは、やがて甥のガレアッツォから王位を奪うのですが、妻ベアトリーチェは、マクベスの妻のように毒入りの果実を夢見ます。レオナルドの実験は失敗でも、そのイメージは強烈です。
第4章「錬金術師」、第5章「御心が行われますように」。モーロ公は、フランス王の後ろ盾を得ようと政略をめぐらしますが、民衆は外国兵を歓迎せず、あちらこちらで衝突が起こります。レオナルドもまた、不信の目にさらされます。
第6章:「ジョヴァンニ・ベルトラッフィオの日記」。弟子入りしたベルトラッフィオは、レオナルドの日常に驚き目を瞠ります。しかし、弟子仲間で皮肉屋のチェーザレはレオナルドの言動の矛盾を指摘します。ベルトラッフィオは、やがて宗教改革を目指す狂信者サヴォナローラの熱狂に加わることになるのですが、第7章:「異端の火刑台」で描かれる蛮行に恐れをなし、逃げ出した先でレオナルドに再会します。
第8章:「黄金時代」。ミラノ公イル・モーロは、妻ベアトリーチェと情婦ルクレツィアとの間で身勝手な生活を続けていますが、妻がお産で亡くなると、こんどはチェチーリア・ベルガミーニが愛人に加わります。



上巻はこんなところでしょうか。イタリア人の名前は舌を噛みそうですが、作品はたいへん面白いものです。例の、ダ・ヴィンチがノートについて弟子に語る内容は、こんなふうでした。

「・・・散歩の時に、周りの人々の動きをじっくりと観察してみるがいい。どんな風に立っているか、どんな風に歩いているか、どんな風におしゃべりしたり、言い争ったり、笑ったり、殴り合ったりしているか、喧嘩をしている瞬間、当人たちがどんな表情をし、仲裁に入ろうとしている人や、黙って見ている見物人たちが、どんな顔をしているのかを。ノートを肌身離さず持ち歩いて、そういったことを全てメモしたり、スケッチしたりするんだ。ノートがいっぱいになったら別のノートを使えばいいが、前のノートは大事に取っておきなさい。いいかい、絶対に前のスケッチを消したり破り捨てたりしてはいけないよ。自然における人体の動きは無数にあるから、どんな人間の記憶力をもってしても覚えてなどいられない。つまり、そのスケッチこそがお前の最高の助言者、最高の師となるわけだ。」(p.227)

また、ベルトラッフィオが記録した印象的な言葉は、のちに再び別の意味を持ってきます。

金持ちの思い出は金持ちが死ねば消えてしまうが、賢者の思い出はずっと生きつづける。(p.248)

知識のない者は愛することも出来ない。大いなる愛情は大いなる知識から生まれるのだ。(p.295)

なるほど。最後の一句は、まるで古代ギリシャの哲学者を連想させます。

(*):なくした本の記憶~「電網郊外散歩道」2006年11月

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