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『人生を遊ぶ』

毎日、「今・ここ」を味わいながら、「あぁ、面白かった~ッ!!」と言いながら、いつか死んでいきたい。

  

【ダンナがなんだ・・・】(笑)

2024-02-14 09:14:17 | 仕事

 

 

今朝、目が覚めたら
枕元にバレンタインの
チョコとクッキーがあった。

結婚来、毎年、
カミさんが
何かしら買って来てくれる。

ダンゴ三兄弟も
家を出るまでは
みんなもらっていたが、
そっちがメインで
とーちゃんは、
そのついでだった(笑)。

なんせ・・・
母親にとっては
オナカを痛めた可愛い息子たちは
永遠の王子様のようである(笑)。

彼らとは
血が繋がっているが、
血縁のないこっちは
【ダンナがなんだ・・・】
である(笑)。



*

きのうは
予約の二人が欠席で、
もともと一人分が空いてたので、
空き時間が三時間もできて
コンサート・ピースの
浄書を存分にやることが出来た。

昨年来、
なかなか希死念慮が軽減しない
JCの3回目の箱庭療法をやってみた。

いっけん華やかで
楽し気に見えるが、
希死念慮が「6/10点」もあるので、
その不安を補償するような
曼荼羅的な「円」とも言える。

ユングの説では、
無意識下に不安があると
患者は「円」を描くという。

タイトルを訊くと
『ジャングルの動物たち』
と言うので、
意識内もそうとうな葛藤で、
文字通り「葛」や「藤」の蔓が
複雑に絡まったような
状態なのかもしれない。

IQとEQの
ディスクレパンシー(差異)があり、
AQからもHF-ASDとアセスされ、
ACOFでもあるので、
「希死念慮」は看過できない
リスク因子である。



*

きのうは帰宅すると
ポストにジャーナル(学会誌)の
新刊が届いていたが、
臨床家は常々、
最新の研究に目を通して
IP(アイデンティファイド・ペイシャント)の
治療に適用・応用できないと
「プロ」とは言えない。

なので、CMに流れるような
通信講座での
「心理カウンセリング」などで
習得した知識でのみ
人に対処できるような
安易なものではない。

巷でよく聞く
素人カウンセラーの失敗談で、
おなかを開けたら
手が付けられず、
文字通り、お手上げ・・・では、
最初っから手術するような
危険な真似はすべきではないのである。

その為に、
修士号以上の学識と
現場の経験年数により
国家資格の受験資格が
与えられているのである。



**

深刻なPTSDを訴えるJCが、
幸いなことに、
「推し」がいることによって、
それが、いくらかの
「癒し」アイテムに
なってくれているという。

未知のユーチューバーらしいが、
きのうは、一緒に、
黒板を使って、
その名前を漢字とローマ字で
どう上手に書くか
共にやってみた。

これも一種の
アートセラピーの類に
なるのだろう。

 



***

今週は
20℃ちかくまで温暖化するが、
一方で朝方は5℃前後となるので、
その寒暖差は日内でも日間でも
ジェットコースターのようになる。

なので、
虚弱体質者には
早くも厳しい「三寒四温」と
「花粉症」シーズン到来で、
きのうも怠かったり、
頭痛が起きたりで、
鎮痛剤を夜まで服用するようだった。

また、根を詰めて
楽譜の浄書にのめり込んだせいか、
夜には突然に背中が痛くなり、
カミさんに湿布を4枚も貼ってもらった。

幸い、今日明日とオフ日になるが、
今日は、自宅カウンセリングが入っている。

今朝の寝起きは
まあまあ良かったので、
なんとか、仕事ができそうだ。

***













江戸っ子・斎藤秀雄

2024-02-13 09:33:58 | 音楽

連休最後のきのうは
散歩がてらに
ツタヤで去年の夏にでた
『宗像教授』の「世界篇」を
買ってきた。


*

コンサート用の
楽譜の浄書のために
「5B~10B」の鉛筆も
散歩路にある文房具店で購入した。

*

連休の二日がかりで
再編曲しながら
コンサート・プログラム曲を
仕上げた。

これから、
しばらく弾き込んで
さらに手を加えていくつもりである。

 



*

マエストロ小澤の
YouTube関連動画を視ていたら、
師匠である斎藤秀夫のものがあり、
かつて『指揮法入門』でしか
その顔を見ていなかったが、
実際にその肉声を初めて聞いた。

昭和の頃、
NHKでやっていた『女性手帳』という
教養番組で、子どもの教育について
5回シリーズで2時間もの番組である。

子どもの教育のみならず、
音楽というものについて
素人にも解るような
話をされていた。

生徒の誰もが
怖い先生と言っているが、
その気質は、ちゃきちゃきの
江戸っ子のような口調であった。

生徒である
20代頃の藤原真理も演奏し、
まだ幼さが残る容貌だった。


《プシコポンポース/ Psychopompos》への道

2024-02-12 08:47:26 | 魂理学

私的四連休を
何処にも出ずに
おうちバカンスで
まったり過ごしている。

寝室ベッドの足元に
大型テレビが置いてあるが、
最近ではもっぱらYouTubeの
専用モニター化しており、
地上波もBSも視ていない。

 



マエストロ小澤が
6日に亡くなったので、
まだ一週間経っておらず、
その軌跡を辿るべく
若い頃の映像なぞを
日がな一日、視聴していた。

若い頃は
スマートで精悍で、
どこか倅の征悦氏に似ている。

若い頃の
刺すような鋭い目線と
全身から繰り出すパワーで
オケをぐいぐいとドライヴし、
そして存分に歌わせる。

ギターという器楽奏者にとっても
その音楽造りは
大いに参考になり、
「歌わせる」とは
どういうことかを解らせてくれる。

なので、
彼の対談集なぞも
ずいぶんと読んで、
音楽とは何かについても
考えさせられた。

再来月に
能登の復興支援を冠して、
コンサートを行うが、
人に感動を与える演奏とは
どうあるべきか・・・と、
あらためて真剣に考え考え
稽古に取り組んでいる。

昨晩は、
今までの練習譜面では
曲の本質を表現しきれないと思い、
新たな白譜に浄譜も兼ねて
編曲を見直した。

今日は、その作業の継続の為に、
近所の文房具店まで、
新たな消しゴムと「5B」の鉛筆を
買いに行くつもりである(笑)。

***

 



最近、国際政治学者の
伊藤寛氏から、
「religional divinity」
(宗教的神性)

「philosophical divinity」
(哲学的神性)
という言葉を聴いて、
なるほど・・・と、思わされた。

後者は
「真善美」に依拠する
行動原理だという。

世界支配を目論む
グローバリストたちは
そのどちらもなく、
まさに
「今だけ・金だけ・自分だけ」
という非人間的・悪魔的な
所業を画策しているという。

世界を「民主化」するという
大義名分のために
他国に紛争・戦争を引き起こし
軍産複合体からのキックバックに
懐を富裕化させている
ワシントンDCの悪党たちは
まさにそれであるという。

その出先機関が
米大使館で、総督が
大使のエマニュエルらしい。

なので、その手先の自民党が
裏金問題で腐敗しているのは当然で、
歴史家のモーガン氏によれば、
日本政府は「ミニ・ワシントンDC」
だという。

これまでの
バチカンの蛮行も
聖職者たちの性暴力と共に
暴かれはじめ、
かつて、世界布教といいつつ、
その後に軍隊が送り込まれ、
植民地化されてきた国々が
今や、それに「No!!」を突きつけ、
BRICS+αに続々と集結している。

日米同盟・安保条約というのは、
日本を属国化させるためのもので、
今の政権を見る限り、
「親米」を通り越して
「拝米」「隷米」化している。

今月、日本で開かれる
ウクライナ復興支援会議なぞは、
金のなくなった欧米の代わりに
日本をATMマシーンのように
金を引出そうとしているのが
見え見えである。

ウクライナの現政府は
米国務省のヌーランドが
クーデターを起こさせて作ったもので、
その政権内では
ウイルス兵器開発やら
人身売買、マネーロンダリングなど
数々の汚職と不正に塗れている。

ここにおいても、
宗教的・哲学的いずれの神性も
垣間見ることは出来ない。

イトカン先生によれば、
ロシア国内では、
近年、ロシア正教の信奉者が、
30%から70%に増えたという。



**

日本の新興宗教界も
池田大作の死去、
大川隆法の死去で、
その土台が揺らいでいると聞く。

かつて、オウム真理教という
カルト集団が
テロ事件を起こして、
関係者13名が死刑になった。

今も、世界では
宗教の名のもとに
無益で愚かな紛争・戦争により
無辜の民の幾万という命が
奪われている。

無慈悲なグローバリストは、
真の信仰者ではなく、
自分に都合のよい似非信仰者で、
同時に、拝金主義者、
物質主義者でもある。

オウム事件以来、
日本人の一部には
宗教アレルギーを持つものが
少なくないが、元々、日本人は
「八百万の神」を崇める
多神論的な原始的宗教性を
縄文の頃から抱いている
民族なのである。



*

教育基本法「第15条」には、
「宗教に関する寛容の態度、及び、
宗教の社会生活における地位は、
教育上これを尊重しなければならない」
とあり、
続けて
「 国及び地方公共団体が
設置する学校は、
特定の宗教のための宗教教育
その他宗教的活動をしてはならない」
とある。

・・・とはあるものの、
仏教やキリスト教に
帰依・折伏させるためではなく、
釈尊の教えやイエスの教えで
「真善美聖」に適った
哲学的な神性・宗教性を
醸し出すために
弥勒菩薩や地蔵菩薩、聖母子などを
あえてカウンセリング室内に
飾ってある。

セラピストの経験則に
【癒されても治らない
 治っても助からない】
というのがある。

実際のケースとして、
不登校は治ったが、社会人になって
自死したり、
鬱病は寛解したが、社会人になって
自死した・・・
という不幸な事もあった。

本来、医療や心理療法は、
その時の「主訴」が軽減・改善すれば
それでいいのだろう。

だが、しかし・・・
セラピーの究極の目的が、
「人の助かり」である為には、
どうあるべきか・・・
ということを
我が身の鬱病や心身症を
「当事者研究」的に自己分析してきた。

そこから得られた事柄は
具体的な言葉や行動の処方箋となり、
今、目の前で
難儀に苦しむ子たちが、
将来にわたって助かる
「哲学的神性」として
伝えられているように思っている。

それは、中村元先生が
力説されていた
インド哲学における
「理法」のようなものでもある。

単なる
臨床心理学的な知識や
数多の心理療法的なスキルを超えて
人間全体の救いを見る時に、
そこには特定宗教ではない
まさに形而上的な「神性」の
必要性が重要である事に気付いた。

ようやく、66歳にして、
自己実現の究極の目標としてきた
《プシコポンポース/ Psychopompos》
(魂の導師)
の姿が見えかけてきた。





















 

 


手間賃4000円・・・

2024-02-11 10:22:10 | 古楽器製作

 

 

これまでになく、
珍しく、ヤフオクに出品して
一週間内にリュートフォルテが
2本とも落札されたので、
きのうは、中央郵便局まで
配送手続きに出向いた。

3.11来、13年も
放ったらかしのままだった
ボディ部分に端材を合わせた
試作品だったので、
1.5万という超廉価で供出した。

送料も出品者負担としたので、
1本あたりの経費は・・・
弦・・・3500円
ペグ・・・500円
出品料・・・1500円
送料・・・2500円
材料費・・・3000円
・・・ほどとなり、
実質の手間賃は
4000円ほどしかなかった。

これならば、
タダで誰かに譲渡しても
よかったくらいである(笑)。

それでも、
ウォッチリストが20人もついたので、
市場のリサーチにはなった。

それと、廉価で
古楽器を入手して
喜んで頂ければ、
リューティエ(製作者)冥利にも尽きる。



**

晴れ上がった
吾妻山は、
その名の「小富士」のとおり、
冠雪を抱いて
美しく佇んでいた。

 



*

三連休で近所の局がやっておらず、
街中の中央郵便局まで赴いたので、
その脚を郊外まで伸ばして
久しぶりに『鉄平ラーメン』に
行ってきた。

前夜・朝と食事抜きだったので、
オナカがグーグーいっていて(笑)、
ラーメン+半ライス+餃子
という大食セットにした。

さすがに、
二食分空くと、
こんな若者用みたいなセットでも
平らげられるので、
人間、喰わなきゃ生きていけない・・・
という妙な自己憐憫を感じてしまった。



***

帰途、久しぶりに
隈畔(わいはん/阿武隈川沿い)の
土手道を通ったら、
青空を映した川面(かわも)が
冬枯れの河原に美しく見えたので、
わざわざ車を停めて、しばし見入っていた。

対岸の柳町には
今はない生家跡があり、
祖父が東京五輪の時に
橋桁の五輪マークの木型を造った
信夫橋を眺め、その袂の
母校の清明小をも
視野に入れた。

一帯は
幼い頃、たんと眺めた
我が原風景である。

11年間の
関西への内地留学のような体験から
帰郷して久しいが、
終の棲家は故郷なり・・・
と近頃、ふと思うようになった。

*

帰宅したら、
日曜と勘違いしていた
ソーちゃんの『朝日杯』の
準決・決勝の日だったのを
YouTubeを見て知り、
すぐさま『アベマ』をつけた。

すでに、準決勝は終わっていて、
糸谷八段に逆転勝ちをしたという。

決勝相手は、
VS(二人研究会)仲間の
永瀬ッチだった。

王座戦でタイトル奪取して
八冠となった相手でもある。

将棋関連サイトによれば、
ソーちゃんにタイトル奪取された
トヨピー、ナベ、ナガセッチ、
ガースー・・・という
錚々たるA級棋士が
軒並みメンタルをやられて
絶不調に陥ったという。

さもありなん・・・である。

中学デヴュー時に
【四百年に一人の天才】
と棋界から畏怖されたのは、
天才たちの集う棋士たちによる
命名だけに、まさに、
それは正しかったのである。

師匠の杉本八段は、
ワイドショーで
適切な異名を問われて、
【異次元超特急】
と当意即妙に答えたが、
それもまた言い得て妙だった。

*

きのうの決勝は、
朋友に軍配が上がった。

「早指し戦」ながら
全棋士参加の公式戦なので、
勝敗は勝率に記録される。

昨年は4つの公式早指し戦の
すべてを制した
グランドスラムを達成したが、
その四冠のうち、今年度は、
はやくも銀河戦・朝日戦と
二冠を連破できずに失冠した。

今年度、タイトル全制覇して
八冠になった時は、
グランドスラムを加えると
「十二冠」であったが、
今は「十冠」になったわけである。

さすがに、
五番・七番勝負という
タイトル戦と違って、
一度負けたらそれでオワリになる
トーナメント戦を最後まで
勝ち抜くのは、超天才をもっても
天才集団がひしめく棋界では
至難の技なのかもしれない。

それでも、
瞬間風速的にでも
「十二冠」の頂きに立った事は
前人未踏の快挙であった。

どの棋士の口からも
「あと、十年は、
藤井竜王・名人の天下だろう・・・」
という弱気の発言が
漏れ聞かれる。

・・・とすれば、
八冠×10年で
タイトル80期が合わさると、
羽生永世七冠の棋界最高の
「99期」超えの達成は
「異次元超特急」で
ありそうである。

***

近所にできた
未訪のカフェに行く予定だったが、
突然の棋戦観戦の為に
カミさんがひとりで行ってきた(笑)。

しっかり、
お土産は買ってきてくれたので、
午後のオヤツとして
夕食を抜くことにした。


***

マエストロ小澤の訃報に接し、
何とはなしに
CDラックから
その名を冠したものを
何枚か抜き出してみた。

他にもいくつかあるが、
武満作品のものは
武満さんがジャケット写真になっていた。

今朝の朝刊にも、
各界の識者から
追悼文が寄せられていた。

定期購読はしていないが、
来月号には、おそらく
追悼特集になると思われる
『音楽の友』は購入しようかと
思っている。


***

リュートフォルテが2本とも
売れてくれたので、
昨晩から、また、
ビウエラの製作を始めた。

ネックと表面板は
すでに数仕事で出来てるので、
裏板を張り合わせ、
いよいよ、メインとなる
側板のベンディング(曲げ)加工に
取り掛かろうかと思っている。

















マエストロ・オザワ逝く・・・

2024-02-10 10:39:13 | 音楽

マエストロ小澤が
6日に亡くなられた。

 

 

 



若かりし頃は、
精悍でスポーティ、
且つ、優雅な指揮ぶりで
ずいぶんと憧れたものである。

緻密で劇的な音楽創りには
幾度も感動させられた
数少ないマエストロの一人である。

最晩年は、
車椅子に座って
背を曲げて指揮する姿が
目にも痛々しかったが、
生涯指揮者の心意気と
生き様をも見せてくれた。

癌手術後は、
肉体の衰えを自覚し、
自らに課した最後の課題として
若手世代の育成に努めた。

その謦咳に接し、
恩恵を受けた音楽家たちは
これから、その小沢イズムを
発揮させて花開くことだろう。



***

今や、小沢の遺産として
最高傑作となったものを
かつて、Amazonでレヴューした。

***

*

『最高のエンターテイメント!』
(2004年1月8日)

2004年元旦のアバド指揮する
ニューイヤー・コンサートを見終わって
老眼鏡姿で楽譜をペラペラめくり、
淡々と指揮するアバドの演奏に
何か物足りなさを感じて、
2002年に録画した小澤のビデオを
見直してみた。

全曲暗譜で、
しかも踊るような指揮ぶりの小澤の
なんとチャーミングで
エレガントな演奏か・・・。

ため息が出た。

繰り返し何度も見て、
翌日にはこのDVDを注文してしまった。

まだ指揮棒を携えていた
86年の映像を比較して見たが、
若々しくはあるがどこか振りが硬い。
肩が強張っている。

2002年・・・
小澤は完全に「全身指揮棒」となった。
まさに心技一体になった
見事な指揮である。

長い白髪の一本いっぽんが、
拍節に踊る。

ヒラヒラ蝶のごとく
艶やかに舞う手の平。

雄弁に語る指先。
お茶目な流し目から、
一転して鋭い眼光を効かす。

時に、オケを完全にドライブし、
また時に存分に歌わす。
その勘所の冴えは見事である。

時折、叙情的な旋律に目を細める様は、
まるでスターウォーズの老賢者
ヨーダのようにも見えて微笑ましかった。

ウィンナ・ワルツ独特の微妙な拍節を、
小澤はカラダを瞬間
停止させることによって表現している。
その様が映像でよくわかる。

『エリーゼ・ポルカ』で、
諸手を広げフィナーレを閉める様は、
さながら師匠のカラヤンを彷彿させた。

『こうもり序曲』は見事な名演である。
会場からブラボー! が飛び交う。

お約束の『ラデッキー行進曲』は
圧巻である。
あたかも、小澤が
オケと聴衆の全軍を率いて
行進している軍神マルスのように見えた。

最後はスタンディング・オベーション!!

紳士・淑女といった装いの観客が
みな上気した顔で、
嬉々として拍手喝采を贈っている。

このDVDには
「大人の贅沢な楽しみ」が
密に詰まっている。

【35人のお客様が
これが役に立ったと考えています】

 


*

『ヴァルトビューネ2003
 ガーシュイン・ナイト』

『バンマス小澤の面目躍如!
(2004年8月23日)

ジャズ・トリオと
ベルリンフィルとのコラボ
という度肝を抜く演奏である。

何と言っても、盲目のピアノニスト、
マーカス・ロバーツが圧巻であった。
一曲目の
『ラプソディー・イン・ブルー』から
ものすごい演奏をして、
オケと聴衆と小澤を感動させた。

途中のカデンツの早弾きは、
まるで『海の上のピアニスト』の
ピアノ演奏バトルで、
鍵盤から煙が出るシーンを
彷彿させるような見事な指捌きだった。

クラシックファンにも違和感のない、
本物のジャズのリズムとエッセンスを
たっぷりと聴かせてくれた。
 
ベースのローランド・ゲリンは、
実直で人のよさそうな表情が
好感がもてた。
ソロ・プレイでの
スーパー・テクも見せてくれた。

ドラムスのジェイソン・マルサリスは、
コミカルな表情で、
コメディアンのような
オーラをだしていたが、
演奏はノリノリだった。

トリオによる、
『アイ・ガット・リズム』は絶品だった。

コンチェルトになると、
なんとなくピアノが際立ちすぎて、
ベルリンフィルをもってしても、
オケの部分が弱々しく感じられた。

それが、「5つ星」でなく
「☆☆☆☆」に留まる点かもしれない。

(プログラム構成も、もうちょっと
工夫があってもよかったかもしれない。
アンコールの『ベルリンの嵐』では、
ジャズ・トリオが
ステージ上で参加できないで
ぼんやりしていたのは
カワイソーだった)

軽快なジャズ・ドラムの
リズムに乗って指揮する小澤は、
まるでバンドマスターのように
見えてくるのだった(笑)。

そして、ベルリンフィルも
いつの間にか、リカルド・サントス楽団か
レイモン・ル・フェーブル・
グランドオーケストのような
錯覚がするのであった。

ともかく、音楽監督として、
小澤の「楽しませる音楽」を創る
という見識の素晴らしさを
『2002ニューイヤー・コンサート』以来、
改めて感じさせられた。

【24人のお客様が
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**

きょうは
オザワが恩師・斎藤秀夫の
メモリアル・コンサートで指揮した
バッハの『シャコンヌ』を聴きながら、
マエストロのご逝去に
哀悼の意を捧げたいと思う。

****

拙演ながら
ジョン・ダウランドの
『永遠の眠りよ来たれ』
を、ご霊前に捧げよう。

"Come heavy sleep"(J.Dowland) (youtube.com)