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『人生を遊ぶ』

毎日、「今・ここ」を味わいながら、「あぁ、面白かった~ッ!!」と言いながら、いつか死んでいきたい。

  

リアルファンタジー『名人を超える』37

2022-10-04 07:13:17 | 創作

 

* 37 *

 

 理論の極端さがなぜ有益かと言うと、両極で成り立つことはそれより内側では必ず成り立つからです。

 理論の良さはそこだと、私は思っています。

 両極を考えて、初めて中庸が成り立つんです。

 両極をちゃんと見きれば、中央は分かります。
                                    養老 孟司

 

 *

 温泉地に宿をとり、家族四人は、久しぶりにゆったりと時の流れるのを満喫した。

 カナリにとっては、そこは、かつて父と名人戦を競った老舗の名旅館であり、懐かしくも、どこか哀しみを覚えずにはいられない処でもあった。

 女将さんも番頭さんも、現「八冠」の活躍は知っていて、プライベートで宿をお取りくださったというので、下にもおかないVIP待遇を受けた。

「カナリせんせ。

 ほんま、強(つよ)ならはりましたなぁ。

 ソータせんせも、さぞ、お慶びでおますやろ・・・」

 と女将さんは、対局の間で、懐かしげに師匠の面影を思い浮かべていた。

 愛菜が、丁重に畳に手をつくと

「生前は、主人が、ほんとうにお世話になり、ありがとうございました」

 と、心から感謝の言葉を述べた。

 それに合わせるかのように、聡美と竜馬も軽く会釈をした。

 全員が温泉に浴し、豪華な夕餉に舌鼓を打つと、

「お姉ちゃん。

 一局、指そう」

 と竜馬が将棋盤を持ってきて、床の間の前にセットした。

 それは、名人戦でも用いられた銘盤で、女将さんが気を利かせて用意してくださったものである。 

「そうね・・・。

 お父さんが使った盤ですものね。

 サトちゃんも指したいでしょ」

「うん。やるやる」

 と、三人でジャンケンをはじめた。

 自宅で練習や勉強で指すのとは、まったく違った、それは父を偲んで・・・という追悼でもあった。

 和気あいあいと和む三人を見て、

「お父さん。

 きっと、喜んで、来てくれてるかもね・・・」

 と愛菜が言うと、

「そうね・・・」

 と、カナリは微笑んだ。

 飛車角「落ち」もせず、「平手」で素人の妹弟は姉に挑んだ。

 カナリも手加減などは一切加えず、子ども将棋教室のように真剣に相手した。

 勝敗は二の次である。

 将棋というボードゲームを「今ここで」共に楽しく遊べるという事が、なによりも大事なことだった。

 そう。それが、今を生きる、ということなのである。 

「お姉ちゃん。

 やっぱ、強いなぁ!」

 と竜馬が笑いながら「負け」を認めると、対局を観戦していた聡美が

「あったりまえじゃん。

 八冠なんだもん」

 と言って、愛菜も一緒になって笑った。

「あんまし強すぎると、お嫁に行けなくなっちまうぞ」

 とリュウ坊に言われると

「そういや、そうね・・・。

 どうしよう、わたし・・・」

 とカナリはお道化て笑った。

 サトが

「将棋なんて、まったく知らない人にしたらいいじゃん」

 と言うと、リュウは

「バカ姉(ねえ)!

 4億も稼いでる嫁さんなんて、ビビッて、だーれももらってくれないよ」

 と言って、父と同じくグヒヒヒと笑った。


        


リアルファンタジー『名人を超える』36

2022-10-03 08:55:13 | 創作

 

* 36 *

 昨日の寝る前の「私」と起きた後の「私」は明らかに別人ですし、去年の「私」と今年の「私」も別人のはずです。

 しかし、朝起きるたびに、生まれ変わった、という実感は湧きません。

 これは脳の働きによるものです。

                                  養老 孟司

 

 *

 父の名をかざした対AI棋戦の『永世八冠記念杯』は、全将棋ファンばかりでなく、野次馬根性のマスコミまで巻き込んで、列島の注目を浴びた。

 そこで、人々が目撃したのは、これまでの将棋の定石から外れた唖然とする妙手の複雑な組み合わせであった。 

 プロ棋士はもとより、将棋通もアタマをひねる超難解さで、棋界史上すべての棋譜を読み込んだディープ・ラーニング済みのマシンでさえも、あまりの複雑怪奇な「新手順」に翻弄され、明らかな「悪手」のスパイラルに墜ち込んだ。

 そうして、あっけなく、「ソータ&カナリ」組にねじ伏せられて連敗したのであった。

 それは、あたかも、二次元の将棋世界という「迷路」を、三次元の上空からバーズアイですべてを見透かしているかのような指しまわしだった。

 世間は、改めて、「ソータ&カナリ」の天才師弟、天才親子の将棋に舌を巻いた。

 十社以上のスポンサーがついたエキシビション・マッチだったので、勝者側は賞金の3千万を獲得した。

 世界最強のソフトを作り上げたプログラマーは、【超 人】の持つ無限の「潜在力」に打ちのめされて声もなかった。

 

「お母さん。

 ボーナス入ったから、みんなで温泉にでも行きましょうよ」

 と、カナリは今や娘のマネージャーとなった愛菜に言った。

「そうね・・・。

 お父さんとは、そんなノンビリ旅行したこともなかったものね・・・。

 じゃ、いい処、探してみるね・・・」

 と、言って、ソータが遺したモンスター・マシンで検索を始めた。

 カナリが自室で研究に励んでいると、妹と弟ふたりが珍しく揃ってやってきた。

「今、いい・・・?」

 と遠慮がちに聡美が尋ねると

「どうぞ、どうぞ!」

 と姉は嬉しそうに二人を歓待した。

 見ると、聡美はスナックの袋を、竜馬は飲み物のペットボトルを3本携えていた。

「なーに。小学生がお姉ちゃんと酒盛りでもしようっていうの?」

「ううん。

 こないだのプレゼントのほんのお返しです(笑)」

 と竜馬が言った。

 カナリが臨時収入から、聡美には欲しがってたアニメのボックスセットを、竜馬にはマウンテンバイクを買ってあげたのだった。

「あーら、義理堅いのねぇ。ふたりとも・・・」

「いつも、お世話になってますから・・・」

 と、竜馬が笑いながら言った。

 そして、聡美も

「なんたって、お姉ちゃんは、うちの大黒柱だもんね・・・(笑)」

「そっかぁ・・・。あたしって、柱だったんだぁ・・・。

 でも、人柱よりも、いっかぁ・・・(笑)」

 と言うと、三人とも、グヒヒヒ・・・と、お父さんそっくりの笑い方をした。

「八冠」制覇を為し遂げたカナリは、父と同じく4億円超えプレイヤーとなった。

 そして、マネージャーの愛菜の元には、数社からのCMオファーも来ていた。

 

       
      「わたしも、AMDのライゼンを使っています・・・」

 


リアルファンタジー『名人を超える』35

2022-10-02 06:47:16 | 創作

* 35 *

 読む力をつけるべきである。

 それには自分で読むしかない。

 他人を当てにしても無駄である。

 まして学校ではほとんど何も教えてはくれまい。

                            養老 孟司

 

 *

 

「お父さん。

 必ずや、勝ってみせます。

 どうぞ、お力添えをお願いします・・・」 

 カナリは、首に付けたロケットの父の肖像に手を当てて、瞑目し祈った。

「二代目八冠」達成記念パーティーで、すっかり場馴れしたカナリは、万座の前で『AI戦』再開を堂々と宣言した。 

 それまで和やかだった会場からは、オーッというどよめきが一斉に上がった。 

 まだ「平成の中頃」に、天彦名人が当時の最強ソフト『ボナンザ』に敗れて来、人間対AIの勝負は、長らく棋界で封印されてきた。 

 しかし、先の「永世八冠」は、たびたび、AIの指摘する最善手とは異なる「妙手」を繰り出し、それは「AI越え」という流行語にまでなり、多くの将棋雀の人口に膾炙されるようにもなった。 

 もっとも、それに限っては彼の専売特許であったが、今、その愛弟子にして娘の「二代目八冠」が、正面きってAIに挑戦状を叩きつけたのである。

 それには棋界誌の『将棋世界』だけでなく、スポーツ紙、週刊誌、ワイドショーまで色めきたった。

 もしかしたら、「永世八冠」の一子相伝の「秘手」を授けられているのでは・・・という、半ば都市伝説のような好奇心が人々を興奮させた。

 カナリは「八冠」という棋界最高の権威として、中継を担当する『ABEMA TV』との企画会議では、「四冠」以上の複数タイトル保持者のみを挑戦資格とし、その年の将棋ソフト選手権に優勝したプログラムと「三番勝負」をする、という規定を提案した。

 そして、もう一つ、是非に・・・と、条件として出したのは、その冠名を『永世八冠記念杯』とさせた。

 そう。非公式戦のエキシビション的なものであっても、父にして師匠の栄誉を讃えたもの、としたかったのである。

 何故なら、偉大な「永世八冠」の父こそがAI撃破の秘法・秘手「八十八手」を授けてくれたからである。

 それを目の当たりにしたら、おそらく、プロ棋士はもとより、世界中の将棋ファンも度肝を抜かれることだろう。

                 

 

 

 

 

 

 


リアルファンタジー『名人を超える』34

2022-10-01 11:03:15 | 創作

* 34 *

 

 人生の分かれ道で、安全な方と危ない方があれば、危ない方を選べ。

                                養老 孟司


 *

 

「ソーちゃん。そっちで元気にしてる?

 きょうは家族みんなで、来たよ」

 と、愛菜はこころのなかで語りかけた。

 早、新盆の墓前に、桂成、聡美、竜馬と、子どもたち三人も、線香と祈りを父に手向けた。

「お父さん。

 サトちゃんも、リュウ坊も将棋を始めたんですよ。

 二人とも、鍛え甲斐があります。

 さすが、お父さんの娘と息子です。

 とっても、筋がいいんですよ」

 と、カナリは近況と吉報を父であり師匠に報告した。

 カナリの脳裏に、父のやさしい笑顔が浮かび、あの温かみのある声が聞こえた。

「カナちゃん。よろしくね・・・」

 久しぶりにウルルと涙腺が緩み、ちょっとだけ鼻をすすりあげた。

 家族の誰もが墓前では言葉少なげに、神妙な面持ちで、それぞれに父と心の中で対話し、その魂の安寧を祈った。

 棋界では、永世八冠の急逝で「空き」になった八大タイトルを巡りトーナメントが新たに行われた。

 絶対王者が退き、誰にもタイトル・ホルダーになる夢を叶えるチャンスがあるとなって、棋界の一七〇人は色めき立った。

 そして、皮肉なことに、あんなに潮が引いたように将棋を見捨てていったファンたちの半分ほどが戻ってきた。

「雲上人」「棋神」「絶対王者」が去り、タイトル争奪戦という、戦国絵巻を楽しむ棋士たちとファンたちを見て、カナリは皮肉なものだ・・・と、感じながらも、絶対に「八冠」は誰にも渡せない、と強く誓った。

 事実、それまで、すべての挑戦権を得て、父と格闘してきた娘である。

 誰一人にだって負けるものか、という闘志が自ずとみなぎってきた。

 まるで、世界が一度リセットされたように、すべての棋戦でシードはなくなり、全棋士が一兵卒として平等な条件での戦場とあいなった。

 カナリはすべての棋戦において、棋力、体力、精神力・・・と、全勢力を注ぎ込んで、文字通り「命を削って」闘い抜いた。

 その気力はもとより、天賦の才、常人ならざる努力、地上最強棋士の薫陶という、余人を寄せ付けないものは、番狂わせなど起こりようもなかった。

 かつての八大タイトル挑戦者は、こうして「二代目八冠」に輝いた。

 棋士たちもファンたちも誰もが、その「棋神」めいた強さと凄味が、ミーム(技芸遺伝子)として確かに継承されていることを悟った。

 もう、「マンガを超えている」とは、誰も口にしなかった。

 当然といえば当然の結果だったからである。

 彼女は「努力する超天才」の娘なのである。

「四〇〇年に一人の大天才」の愛弟子なのである。

 世間は、改めて、驚いたが、更なるサプライズを、この後、カナリの提案によって為された対局で目撃することになるのであった。

 

            

 


リアルファンタジー『名人を超える』33

2022-09-30 07:08:39 | 創作

* 33 * 

 人間は金以外の動機で動くものなのに、ほとんどの人はそうではないと思っている。

                               養老 孟司

 

 *

 

「ソーちゃん、考え過ぎて、アタマ痛くなっちゃったぁ・・・」 

 カナリは、師匠について書かれた伝記を読み返すと、幼稚園の頃に、母親に言ったという一言に目がとまり、とどめなく泪があふれた。

              

 あの刹那もそうだったのだろうか・・・。

「将棋の神様」と言われる大名人が、初心者がやらかすような「二歩」を打つなんて、正常ではあり得ない。 

 あの時、思考途中で、父の脳内に異変が起こったのだ・・・。

 その違和感を圧して指した最後の手が・・・反則手とは・・・。

 でも、あれは健常な父の手であるはずがなかった。

 とカナリは棋士として確信していた。

 病変が打たせた「悪手」なのだ。

 父は、永世八冠とタイトル一〇〇期という偉業を為し遂げてこの世を去った。

 享年三十三歳。

 それは、三十五歳で没した大天才モーツァルトよりも更に短い「四百年に一人の大天才」の駆け抜けるような、凝縮した生涯だった。 

 父は、棋界のおよそすべての記録を塗り替えた不世出の「棋神」である。

 そして、ほんとの「カミサマ」になってしまった・・・。

 

 カナリは、いろんな事を走馬灯のようにぼんやり考えながら、溢れる哀しみを流れるままに任せていた。

 でも、ふと・・・

(そうだ。私はこの家の長女なんだ)

 と我に返った。

 父にして、師匠を失った自分は、自我が崩壊しそうなクライシス状態だったが、夫を失った母や、父を失った妹、弟もいるのだ。

 しっかりせねば・・・と、オーファン・スピリット(孤児魂)が我が心を鼓舞した。

 しかし、刹那的に気弱になると、途端に「シャドウ」が心の悪魔となって、不運なお前がこの家に不幸をもたらしたんだ・・・という、気が狂いそうな呪詛を投げかけてきた。

「黙れーッ!」

 と、カナリは絶叫して、己れにまとわりつくネガティヴ・シンキングと闘った。

 この家に来て、父にも、母にも、ネガティヴな事は考えちゃいけない、と言われてから、ずっとポジティヴ・シンキングでいようと努めてきた。

 が、この対称喪失の失意のドン底で、またもやシャドウが自我を脅かしてきた。

 

 仏陀は、沙羅双樹の下で結跏趺坐をしていた時に、マーラにささやかれ

「悪魔よ、去れッ!」

 と怒号したという。

 イエスも荒れ野においてサタンにそそのかされ

「悪魔よ、去れッ!」

 と命じている。

 これらは、いずれも身の内から湧いてくる自身の「影の声」であり、ある意味、自我を開祖に相応しいほどに強化するための試練でもあったのだ。

 

 カナリもまた、影との戦いに苦戦したが、それも、偉大な棋士になるための・・・そう・・・父の跡を継がねばならぬ娘としての、命運であり宿命でもあったのだ。

 カナリは底知れない哀しみを怒りに変えて悪魔と闘った。

 それは、父から一子相伝で受け継いだAIに勝ち越す戦術とは違ったたぐいの「こころの力」が要った。「たましいの力」も要った。

 それこそが、カナリが「父を超える」「名人を越える」のにやり遂げねばならない、彼女の「個性化の過程」であり、真の意味での「自己実現」なのであった。


 そして、父/師匠の死は、彼女にとっては、苦しい自身の「象徴的な死」でもあり、今こそ、独立独歩で生きていかなくてならないという「象徴的な再生」が、心の深い層に潜む得体のしれぬ実存的なものから求められていた。

 この《通過儀礼》の逆巻く流れの河を渡りきるには、まさしく、命懸けの、全人的な精神エネルギーを投入せねばならなかった。

 乗り越えてみせる。

 やってやる・・・

 という声も、彼女の深部から、たしかに沸いてきた。

(お父さん。見ててください。

 師匠。見守って下さい・・・)

 と、カナリは天上の棋神となりし人に向かって手を合わせ瞑目した。