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『人生を遊ぶ』

毎日、「今・ここ」を味わいながら、「あぁ、面白かった~ッ!!」と言いながら、いつか死んでいきたい。

  

リアルファンタジー『名人を超える』42

2022-10-09 06:30:26 | 創作

* 42 *

 

 閉塞状況とは外に壁があるのではない。

 自分を変えようとしないところから始まる。          

                             養老 孟司


 

『カナ研』こと「カナリ研究会」は細々ながらも続いていたが、ここにきて、「奨励会」所属の女流棋士たちも参加するようになった。

 下は小学生の初段から、上は二十代までの5人である。

 あの公開対局をした中村初段も当然ながらメンバーに加わり、月に一度の会で「女神様」の謦咳に接する喜びを感じていた。

 女流棋士会の為には、年に一度の研修会に「特別講師」を引き受けることになった。

 また、時間に余裕があれば、師匠の故郷である瀬戸市のために、「将棋祭り」にも顔を出し、名誉市民だった師匠の跡を継ぐことにもなった。

 不二家のチョコのCM、伊藤園の「おーいお茶」のCMも師匠の跡を継いだ。

 他にも、愛聖園の理事職も受け・・・と、八面六臂の活躍だった。

 棋戦は、八大タイトルの防衛という大事業にのみ心血を注ぎ、他の公式戦やイベント大会はすべて出場を見合わせた。

 それでも、「将棋の普及」という事に於いては、いささかも手を抜いてはいなかった。

 マスコミも将棋界のドル箱を見逃すはずもなく、ライターによる著作集や新聞社による写真集まで亡き師匠に迫るほどの版数が出版された。

 なかには、本人も苦笑するものがあった。

『美棋神 降臨❣』

『天才〈女〉棋士 伝説』

『カナリの、かなりな日々』

 本人も大手出版社に口説き落とされ、渋々、一冊の『自選 棋譜集』解説本を書いたが、その発売記念サイン会では、将棋会館から数百mもの長蛇の列が連なり、会館職員が交通整理に立つほどであった。

 ワイドショーの取材班も殺到し、カナリ自身がそのフィーバーぶりにいちばん驚いた。

 その印税のすべては『愛聖園』に寄贈した。

 

 カナリにとって、目指すべき峰に掲げられた旗は「二代目」の「永世八冠」であった。

 そのためには、なんとしても、八大タイトルを五期ずつ取らねばならなかった。

 その偉業を成し遂げても、「8×5」でタイトル40期どまりで、師匠の持つ「100期」の半分にも満たなかった。

 それほどに、父の持つタイトル数は、真の偉業に相応しかった。

 

                 

 

 

 


リアルファンタジー『名人を超える』41

2022-10-08 09:22:30 | 創作

 

* 41 *

 

 知識が増えても、行動に影響がなければ、それは現実にはならない。             

                               養老 孟司


 

 研修会での同箔体験来、すっかり「カナリ押し」になった十代の女流棋士たちは、「我らが女神様」の動向を逐一チェックし、グループ・ラインで盛り上がっていた。

 

「カナリ先生。沖縄戦、ブッチだーッ!

 八十三手の圧勝スンゲーっ!」

 

「その後、地元局に出演して、CF(コマーシャル・フィルム)とPV(プロモーション・ビデオ)撮りもしたんだってーッ!」

「どんだけーッ! 女神様ー!」

 

「あぁ・・・カナリ先生ぃ、L・O・Ⅴ・Eだわーッ!」

 

「家来にしてほしーッ!」

 

「そう。桃太郎のイヌでも、キジでも、サルでも、何でもいいよね(笑)」

 

             

 

 カナリは、対局後に沖縄でプライベート休暇をとった。

 ちょうど三連休にかかったので、名古屋から愛菜、聡美、竜馬を呼び寄せて、「ファミリー・バカンス」をプレゼントした。

 妹と弟たちは、いずれ中学か高校の修学旅行でくるやもしれなかったが、その時には寄らなそうな処を愛菜のレンタカー運転であちこちを観て周った。

 

 亡き父は、瀬戸物で有名な「瀬戸市」の生まれで、年に一度開催される『全国陶器市』で、琉球焼の『まじる商店』とは懇意になっていたので、そこにも寄ってみた。

 親父さんが亡くなり、息子さんのリュウちゃんが元気に店を継いでいた。

「奥様。ソータ先生には、まことにご愁傷様でございました」

 と、彼は深々とお辞儀をした。

 愛菜は慌てて、

「龍也さんも、お父様、残念でしたわね」

 と、お悔やみを申し上げた。

「ハハ・・・。うちのは歳でしたから、順送りですわ」

 と、笑いながら言うと、ホテルから御来店の旨を承っていたので、若旦那はあらかじめ用意していた木箱を差し出した。

「先生がお好きだった次郎さんの花入れです。

 どうぞ、先生のご仏壇に飾ってください」

 とのことだった。

 

             

 人間国宝・金城 次郎の素朴な琉球焼が好きだったソータは、先代の大旦那から陶器市で初めて買い求めて以来、その素晴らしさに魅了され、毎年のように市でコレクションを増やしていった。

 名古屋のデパートであれば、一点五十万は下らない逸品である。

「お心遣い、ありがとうございます」

 愛菜は、丁重にお礼を述べた。

 カナリは、娘としても、父が好きだった物を手向けたく、

「わたし、これを頂きます」

 と言って、同じく、次郎氏の湯飲みを選んだ。

 一緒に選んだ聡美が、

「これで、わたしとリュウ坊で、毎朝、お茶をあげるわ」

 と言って、母親を喜ばせた。

 

 

 


リアルファンタジー『名人を超える』40

2022-10-07 08:02:09 | 創作

* 40 *


 これだと自分が思えることなら、何歳になって見つかってもいい。

 それこそ何度、転職してもね。 

                           養老 孟司




 初めて開催された沖縄での『名人戦』は、オーシャン・ヴューの豪華リゾートホテル『シェラトン』が選ばれた。

 対局前日には「検分」と呼ばれる対局場や駒・盤の下見が行われ、そこはホテル最上階スイーツルームの和室で、やはり眼下にはウルトラマリンブルーの海が望めた。 

 

    

 

 対局者の木村九段は、齢五十にして、初のタイトル挑戦ということで、緊張もしており、気合も入っていた。

 カナリの方は、これまで絶対王者の父を相手に八冠すべてのタイトル戦に臨んできたので、齢二十七で同じ九段であっても、こころの余裕と風格があった。

 そして、直前の一昨日には、女流棋士会での講演、懇親会を通じ、彼女たちの期待や、十代の子たちからのエネルギーをも得てきていた。

「必勝! 『名人戦』初防衛 祈願!」

 という、寄せ書きをしたお守りも頂いている。

 女性代表として、女流棋士たちの「étoile d'espoir(希望の星)」でもあった。

 

《女流棋士 中村 加奈梨》

 というFacebookには、「記念」公開対局と「八冠」との一夜を共にした感動の手記がアップされ、数千もの「いいね」で評価されていた。
 

 ⁂

 もう、心臓が口から飛び出ちゃいそうなくらいバクバクでした。

 本来なら、まだ初段で中坊の自分が相手していただけるような「お方」ではあられないので、ほんとうに貴重な勉強をさせていただきました。

 

 藤野先生がお強いのは今さら言うまでもありませんが、対局中に、一度だけ、口もとに扇子をあてられ、すこしだけ開かれた時に、「永世八冠」の師匠直筆の「大 志」という文字が見えたんです。

 直筆の本物を見たのははじめてなので、ドキリとしました。 

 そうなんです。

 藤野先生は、常に師匠とご一緒に闘っておられるんです。

 その二文字に「将棋の神様」の圧倒的なパワーを感じました。

 だからこそ、あんなにやすやすとAI戦でも撃破したんですよ。

 それだけでなく、藤野先生は、決め手を放って「勝利を確信」されると、ほんの一瞬でしたが、扇子越しにこちらを直視されたんです。 

 その眼力の強さは、背中がゾクッとしました。

 怖かったぁ~っ(涙)。

 もう、トラに、にらまれたアリさんですよー(笑)。

 あんな怖かったのは、小1の頃に、姉にダマされて連れて行かれたオバケ屋敷以上でした(笑)。

 でも、対局がおわってみると、藤野先生、とってもとーっても、お優しい素敵な女性でした。 

 なんと、一緒にお風呂にも入って、一緒に同じ部屋で寝たんですよ~。

 いいでしょ~。エヘン(笑)。

 わたしのことを「おんなじカナリだね。仲良くしようね」ですって・・・。

 ク~ッ!

 思い出しただけで、もう、今もメロメロいいそう!(笑)。

 だって、わたしたちの「女神様」ですもの・・・。

 お別れするときに、スマホにサインいただいて、握手していただいて、ハグしていただいたんです。

 もう、うれしくて、コーフンして、わたしその夜、スマホ抱いて寝ましたもん(笑)。

 これって、一生の宝物です。

 ⁂


 カナリとのツーショット画像もアップされており、JC初段は満面の笑みを浮かべていた。

 

           


リアルファンタジー『名人を超える』39

2022-10-06 08:31:41 | 創作

* 39 *

 

 情報ではなく、自然を学ばなければいけないということには、人間そのものが自然だという考えが前提にある。

                                            養老 孟司

 



 女流棋士で、現在、奨励会にも所属している中2の中村 加奈梨 初段が、会長から推挙されて「記念」公開対局に臨んだ。

 奇しくも、「カナリ×カナリ」の対決となった。

 後から聞いた話では、将棋好きの父親が、カナリの活躍を見て、娘が生まれたときに同じ音の「カナリ」と命名したという。

 持ち時間が30分という早指し戦だったが、カナリの講演終了後、20分の休憩の後に、同じく檀上で行われ、ホールの観戦者には、大型スクリーンに局面が映し出された。

 カナリは講演の時の穏やかな表情とは打って変わって、対局者が震え上がるような鬼気迫る眼光で全力を投入して勝負に臨んだ。

               

 

 結果は火を見るより明らかだったが、「研修会」の眼目は、その感想戦にこそあった。

 参加者一同は、「八冠」の一挙手一投足、一言一言に、喰い入るように耳目をそば立てた。

 ひと通りの振り返りが終わると、檀上の司会者が、まだあどけない顔をした中学生の中村初段に、対局の感想を聞くのにマイクを向けた。

「はい・・・。

 初手は、手が震えて、うまく駒がつかめませんでした・・・」

 それを聞いて、すっかりオフ・モードになったカナリは、観音様のように微笑みながら彼女の顔を見ていた。

 会場の女流棋士たちも、笑いながらうなずいていた。

「藤野先生の指される一手、一手が、自分の細胞にまで浸み込んでくるようで、恐ろしかったんですが・・・。

 すごく、感動して・・・」

 と、そこまで言うと、急に涙ぐみ、言葉を詰まらせてしまった。

 すると、同じ檀上にいたカナリが歩み寄り、その肩を優しく抱いた。

 それを見た十代の女流棋士たちは思わずもらい泣きをして鼻をすすりあげた。

 カナリの高貴な人間性にふれて、胸を熱くする女流棋士もいた。

 素晴らしい対局を見せてくれた両者に、盛大な拍手が贈られ、カナリには特大の花束が中村初段から手渡され、ふたりは檀上でしっかと握手し、抱擁し合った。


 カナリには、「講演と公開対局」のみのオファーだったが、自分の方から、宿泊研修にも参加させて頂きたいと申し出て、懇親会にも参加し、大勢の女流棋士たちと酒を酌み交わし、心行くまで歓談し、お開きの後は、なんと大浴場で一緒に湯浴みまでした。

 そして、特別のスイーツルームを断って、十代の子たちの三人部屋に混ざり込んで、夜更けまで談笑し、共に枕を並べた。

 カナリは、愛聖園の大部屋で雑魚寝をした少女時代のような気分を味わったが、若い子たちにとっては、「雲上人」のスター「八冠」と、まさに「人生の歴史に残る」一夜となった。

 翌朝は、全員で大ホールでの朝食を済ませると、カナリは午前中の研修には出ずに、三日後のタイトル防衛戦の「前乗り」のために、その足で対局場となる沖縄に飛ばなくてはならなかった。

 その大事なタイトル戦直前の、棋士にとっては貴重な時間の間隙を縫っての、無理を承知での「講演/研修」仕事の依頼という事を、会長はじめ女流棋士会全員が認知していたので、誰もが、申し訳なくも有り難く感じていた。

 同室の十代棋士たちに乞われて、三人のスマホケースにサインをし、握手・ハグをし合い、ロビーに向かった。

 すると、玄関前には、女流棋士たち全員がズラリと並び、お見送りのために待機していた。

 カナリはすこし照れ臭そうに軽く会釈をしながら、拍手をする彼女たちに笑顔を送った。


「カナリ先生。名人戦、頑張って下さい!」

 と、声援を送った若い子もいた。

 待機していたハイヤーに乗ると、会長がドアの外で深々とお辞儀をした。

 すると、それに合わせ五十名の棋士たち全員が揃って総礼をした。

 カナリも、車中から、対局後のような凛とした表情で答礼した。

 中村初段はじめ、十代の棋士たちは口々に

「カナリ先生。カッコいいッ!」

 と言い合って、あたかも宝塚スターに憧れる少女たちのように上気していた。

 

             

 

 

 

 

 

 

 


リアルファンタジー『名人を超える』38

2022-10-05 10:59:23 | 創作

* 38 *

 

 温暖化で言えば、気温が上がっている、というところまでが科学的事実。

 その原因が炭酸ガスだ、というのは科学的推論。

 複雑系の考え方でいけば、そもそもこんな単純な推論が可能なのかという事にも疑問がある。

 しかし、この事実と推論とを混同している人が多い。

 厳密に言えば、「事実」ですら一つの解釈であることがあるのですが。

                                      養老 孟司

 

 

「それでは、藤野先生、よろしくお願いいたします」

 と司会に促されて、登壇したものの、対局とは勝手が違って、カナリは胸がドキドキするのを感じていた。

 それでも、さすがに師匠の薫陶を受け、一年三百六十五日の朝の座禅と瞑想を欠かしたことがなかったので

(やだ・・・。ちょっとアガッてるなぁ・・・)

 と、動揺している自分をしっかりメタ認知できていた。

 今やスター棋士としてマスコミへの露出も増え、母親の愛菜もマネージャー業と主婦業とで大忙しであった。

 そんな処に、珍しいオファーが入った。

 女流棋士会の「創立五十周年記念総会&宿泊研修」の目玉イヴェントとして『特別講演』を依頼されたのである。

 女流棋士は、奨励会の三段リーグを経て四段プロデヴューができる「棋士」とは別枠の棋界である。

 その中には、三段リーグまで辿り着きながら、規定の二十六歳までに、勝ち上がり条件の上位二人に入れず、無念にも退会を余儀なくされた者たちも幾人かいた。

 カナリは十三歳にして「一期抜け」をし、毎年昇段し、十八歳には最高位の「九段」にまでなり、二十七歳にしてタイトル八冠になったトンデモナイ棋界の最強棋士なのである。

 棋界初・唯一無二の女性「棋士」でもあり、棋界169人の男性を凌いでの現在の最高位を築いた彼女は、女流棋士にとっては、それこそ「雲上人」であり「バケモノ」でもあった。

 それでも、ここまで人間離れした圧倒的な差をつけられると、さすがに、嫉妬や羨望を抱く者は誰一人としていなかった。

 そう。彼女は「別格」なのである。

 なにしろ、「四〇〇年に一人の超天才」の直弟子にしてお嬢様なのだから。

 なので、女流棋士の大ベテランから下は初段の女の子までにとって、カナリは「大先生」ということになる。
            

 

「ただ今、ご紹介に与りました藤野でございます。

 本日は、女流棋士会『創立五十周年記念総会』が、このように盛大に開かれまして、誠に御同慶の至りでございます」


「ごどーけー?」

「・・・?」 

 並み居る十代、二十代の女の子たちには、その意味が分からなかった。

 三十代もポカンとするばかり。

 五十代以上の会長や理事クラスにして、ニンマリと苦笑を隠せず

(さすが、ソータ師匠の娘さんだわ・・・)

 と、誰もが思った。

 かつて、その師匠は、中一のデヴューしたての折に、

「この説目(せつもく)で、勝てたのは望外の僥倖です」

 とコメントし、世間を唖然とさせたその人である。

 なにせ、小学時代の愛読書が、百田 尚樹の『海賊とよばれた男』だったというから。 

「この記念すべき日に、お言葉がございまして、わたくしに『私にとっての将棋』という事でお話し申し上げるようにと、そういうご依頼がございました。

 さて、将棋とは、いったい何でしょうか・・・」

 まだアラサーの二十七歳の女性棋士は、この後、一時間にわたり、滔々と「将棋の宇宙」について師匠と語り合った事をダイジェストして述べたてた。 

 それは、妙手が生まれる瞬間とは・・・という、具体的な「時」について語られ、また、「美しい手は正しい手」という箴言めいたことも語られた。 

 将棋が形而上的な「真善美聖」ともつながっている、というスピリチュアルな部分にも触れられ、感動のあまり滂沱の泪を流す十代の子もいた。