『人生を遊ぶ』

毎日、「今・ここ」を味わいながら、「あぁ、面白かった~ッ!!」と言いながら、いつか死んでいきたい。

  

リアルファンタジー『名人を超える』38

2022-10-05 10:59:23 | 創作

* 38 *

 

 温暖化で言えば、気温が上がっている、というところまでが科学的事実。

 その原因が炭酸ガスだ、というのは科学的推論。

 複雑系の考え方でいけば、そもそもこんな単純な推論が可能なのかという事にも疑問がある。

 しかし、この事実と推論とを混同している人が多い。

 厳密に言えば、「事実」ですら一つの解釈であることがあるのですが。

                                      養老 孟司

 

 

「それでは、藤野先生、よろしくお願いいたします」

 と司会に促されて、登壇したものの、対局とは勝手が違って、カナリは胸がドキドキするのを感じていた。

 それでも、さすがに師匠の薫陶を受け、一年三百六十五日の朝の座禅と瞑想を欠かしたことがなかったので

(やだ・・・。ちょっとアガッてるなぁ・・・)

 と、動揺している自分をしっかりメタ認知できていた。

 今やスター棋士としてマスコミへの露出も増え、母親の愛菜もマネージャー業と主婦業とで大忙しであった。

 そんな処に、珍しいオファーが入った。

 女流棋士会の「創立五十周年記念総会&宿泊研修」の目玉イヴェントとして『特別講演』を依頼されたのである。

 女流棋士は、奨励会の三段リーグを経て四段プロデヴューができる「棋士」とは別枠の棋界である。

 その中には、三段リーグまで辿り着きながら、規定の二十六歳までに、勝ち上がり条件の上位二人に入れず、無念にも退会を余儀なくされた者たちも幾人かいた。

 カナリは十三歳にして「一期抜け」をし、毎年昇段し、十八歳には最高位の「九段」にまでなり、二十七歳にしてタイトル八冠になったトンデモナイ棋界の最強棋士なのである。

 棋界初・唯一無二の女性「棋士」でもあり、棋界169人の男性を凌いでの現在の最高位を築いた彼女は、女流棋士にとっては、それこそ「雲上人」であり「バケモノ」でもあった。

 それでも、ここまで人間離れした圧倒的な差をつけられると、さすがに、嫉妬や羨望を抱く者は誰一人としていなかった。

 そう。彼女は「別格」なのである。

 なにしろ、「四〇〇年に一人の超天才」の直弟子にしてお嬢様なのだから。

 なので、女流棋士の大ベテランから下は初段の女の子までにとって、カナリは「大先生」ということになる。
            

 

「ただ今、ご紹介に与りました藤野でございます。

 本日は、女流棋士会『創立五十周年記念総会』が、このように盛大に開かれまして、誠に御同慶の至りでございます」


「ごどーけー?」

「・・・?」 

 並み居る十代、二十代の女の子たちには、その意味が分からなかった。

 三十代もポカンとするばかり。

 五十代以上の会長や理事クラスにして、ニンマリと苦笑を隠せず

(さすが、ソータ師匠の娘さんだわ・・・)

 と、誰もが思った。

 かつて、その師匠は、中一のデヴューしたての折に、

「この説目(せつもく)で、勝てたのは望外の僥倖です」

 とコメントし、世間を唖然とさせたその人である。

 なにせ、小学時代の愛読書が、百田 尚樹の『海賊とよばれた男』だったというから。 

「この記念すべき日に、お言葉がございまして、わたくしに『私にとっての将棋』という事でお話し申し上げるようにと、そういうご依頼がございました。

 さて、将棋とは、いったい何でしょうか・・・」

 まだアラサーの二十七歳の女性棋士は、この後、一時間にわたり、滔々と「将棋の宇宙」について師匠と語り合った事をダイジェストして述べたてた。 

 それは、妙手が生まれる瞬間とは・・・という、具体的な「時」について語られ、また、「美しい手は正しい手」という箴言めいたことも語られた。 

 将棋が形而上的な「真善美聖」ともつながっている、というスピリチュアルな部分にも触れられ、感動のあまり滂沱の泪を流す十代の子もいた。

 

         

 

 

 

 

 

 

 


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