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『人生を遊ぶ』

毎日、「今・ここ」を味わいながら、「あぁ、面白かった~ッ!!」と言いながら、いつか死んでいきたい。

  

リアルファンタジー『名人を超える』47

2022-10-14 08:26:24 | 創作

 

* 47 *

  死んだらどうなるのかは、死んでいないから分かりません。

 誰もがそうでしょう。

 しかし、意識がなくなる状態というのは、毎晩経験しているはずです。

 寝るようなものだと思うしかない。          

                         養老 孟司


 *

 

 棋界に二人目の「女性棋士」が誕生した。 

 天才女性棋士・藤野 桂成の愛弟子・中村 加奈梨は『鬼の三段リーグ』を師匠と同じく“一期抜け”した。

 各スポーツ紙は、悲運の師匠の顔写真と共に、新四段を称える記事をトップ紙面で報道した。

 愛菜は、ソータとカナリの写真の前に、そのうちの一紙を供え、

「ソーちゃん。カナちゃん。

 加奈梨ちゃんやりましたよ」

 と吉報を告げた。


            

 

 加奈梨もまた早朝から、師匠と大師匠の墓前に花を手向け

「カナリ先生。ソータ師匠。

 おふたりのおかげで、プロ入りが叶いました。

 ほんとうに、ほんとうに、ありがとうございました。

 これから、より一層、精進いたしますので、どうぞ、お見守りください」

 と祈った。

 頭を垂れ瞑目していると、

(カナちゃん。おめでとう!)

 という二人の声が、確かに心の中に聞こえた気がした。

 そして、目に見えない「暖かなもの」が、自分をふんわり包んでくれるような気配を感じ、泪がこぼれた。


            

 

 愛聖園の理事でもあったカナリの急逝で、子どもたちや職員たちも哀しみと憂いに包まれていた。

 ソータ師匠とカナリ師匠が始めた『しょうぎまつり』の日。

 唯一の弟子であり、孫弟子でもある加奈梨が初めてプロ棋士として参加することになった。

 それまでも、師匠の鞄持ちとして何度も参加させては頂いていたが、今度は、自分が子どもたちに将棋の魅力を伝え、教えていかなくてはならない立場になったのだ。

 そう思うと、背筋がピンと伸びる思いがした。

(ここは、カナリ先生の「ご生家」でもあるんだ・・・)

 と思うと、その聖地を訪れる巡礼者のような気持ちになった。

 玄関前に立つと、建物全体がまるでカナリ先生のたましいを感じさせた。

 その懐かしいような、尊いような、敬虔な感じが、思わず自然と頭を垂れさせた。
         

                  

 

『将棋祭り』開催に際して、簡素な追悼ミサが執り行われた。

 お歳を召された園長先生は、まだ幼な子だったカナリが描いたマリア様の絵を大切に保管されていた。

 それをその場の全員に披露し、そしてお言葉を述べられた。

「カナリちゃん。

 こうも早く、この私よりも、マリア様の元に行かれるなんて、夢にも思いませんでしたよ。

 あなたはこの世に生まれてきて、大勢の人たちに愛され、そして愛し、とても大きな奇跡を起こしましたね。

 なんと素晴らしい人生でしょうか。

 あなたは世界で一番強い棋士になり、そして、世界で一番素敵な女性になりました。

 どれほど多くの人が、あなたに夢を見、希望を抱いたことでしょう。

 ほんとうに、ありがとう。

 とっても、とっても、貴重な、偉大な仕事をしてくれましたね・・・」

 と、言った処で、老園長の頬を濡らすものがあった。

 副園長やシスターたちも、思わず、うつむいて泪を溢れさせた。

 加奈梨も、目を潤ませ、唇を噛んだ。

「カナリちゃん。

 今は安らかな天国にいることを私は知っています。

 あなたが尊敬し、愛してやまなかったソータ師匠のそばにいることも知っていますよ。

 ほんとうに、ほんとうに、よかったですね。

 今日は、あなたを尊敬し、愛してやまない加奈梨ちゃんが、来てくださいました。

 あなたの確かな愛は、この世にきちんと、しっかりと残っていますよ。

 ほんとうに、ありがとう。

 

 ありがとうございました。

 藤野 桂成 先生・・・」

 老園長は、瞑目すると、天に向かって合掌した。


                

 

 

 

 

*


リアルファンタジー『名人を超える』46

2022-10-13 08:38:52 | 創作

               

       

 

* 46 *

 

 周囲の死を乗り越えてきた者が生き延びる。

 それが人生ということなのだと思います。

 そして身近な死というのは忌むべきことではなく、人生の中で経験せざるを得ないことなのです。

  それがあるほうが、人間、様々なことについて、もちろん自分についての理解も深まるのです。

 だから死について考えることは大切なのです。          

                               養老 孟司


 *

 

 中村 加奈梨は、あと一勝すれば『鬼の三段リーグ』を突破して、晴れて「女流」棋士ではなく「女性」棋士となれる処まで勝ち上がってきた。

 

 そして、決戦の最終日・・・。

 加奈梨は夜が明ける頃、師匠と大師匠が眠る郊外の墓前に参った。

「カナリ先生。

 いよいよ、今日が勝負の日です。

 どうぞ、お見守り、お力添えください」

 と、一心不乱に祈ると

「だいじょーぶだよ。カナちゃん・・・」

 という、懐かしい声が心に響いた。

 まだ、亡くなられてから幾日も経たないのに、懐かしくてたまらないその声に、加奈梨は泪が止まらなかった。

 

          

 そして、いまだに

(なんで・・・。どうして・・・)

 という、理不尽な師匠の夭逝が恨めしくてならなかった。

 それは、まさに、神も仏もあるものか・・・と、思いたくなる、あってはならない事だった。

 でも、ふと思った。

(わたしも、いずれは、死ぬんだ・・・。

 でも、このパンデミックだけは、生き残らなきゃ。

 大切な師匠を奪った、この憎っくき奴にだけは、どうしても負けたくない・・・)

 と、加奈梨は「棋士」として「勝負師」として、そう思った。

 すると、脳裏にまた、やさしい師匠の笑顔が浮かんだ。

 カナリ先生が、ソータ師匠の肖像入りロケットを首にされていたように、自分もそれを真似た。

 そして、師匠の揮毫した『和賀心』という扇子を持参した。

 対局相手は、奨励会に15年在籍し、ここ8年ほど『三段リーグ』を突破できず、退会規定の26歳に達してしまった。

 すなわち、この一戦に敗れれば、先輩の彼は「棋士」の道が断たれるのである。

 それゆえに、自分の人生を懸けた一局であり、全人的に勝負に挑んでくるはずであった。

 加奈梨にとっても、「永世八冠」の直弟子として、「悲運の天才棋士」の愛弟子として、その墓前に「花」を添える為にも、哀しみに沈む師匠の家族への「一灯」となる為にも、何として勝たねばならない一番であった。

 ここを突破すれば、天才・藤野 桂成に次ぐ、二人目の「女性棋士」が棋界に誕生することになる。

 世間も、女流棋士会も注目する、世紀の大一番であった。

「よし。行くぞ」

 と、先手の加奈梨は、初手「8六歩」を指した。 

               

                      


   

 


リアルファンタジー『名人を超える』45

2022-10-12 07:11:47 | 創作

* 45 *

 

 人生のあらゆる行為に、回復不能な面はあるのです。

 死が関わっていない場合には、そういう面が強く感じられない、というだけのことです。

 ふだん、日常生活を送っているとあまり感じないだけで、実は毎日が取り返しがつかない日なのです。

 今日という日は、明日にはなくなるのですから。

 人生のあらゆる行為は、取り返しがつかない。

 その事を死くらい歴然と示しているものはないのです。          

                          養老 孟司

 

 *

  

 それは、かつて世界が歴史上で幾度も経験した未知のウイルスによるパンデミックの始まりであった。

 朝には元気にしていたが、午後には急性憎悪し死に至る、という患者が、各地で続出した。

 日本では、「COVID‐19」来、十数年ぶりの感染症爆発であった。

 

 師匠と同様に、棋界に確たる痕跡を残した、希代の「天才女性棋士」藤野 桂成は、家族の祈りも空しく、目覚めぬまま息を引き取った。

 奇しくも、師匠と同じ対局中に倒れ、3時35分という同じ時刻に、その短い生涯を閉じた。

 享年三十二歳であった。

 強く、美しいままで、この世を去った。

 師匠と同じく、ただ一人の弟子を遺していた。

 

                  

      

 中村 加奈梨は、師匠との最後の対局で、あの驚きの「反則手」が八十六手目だったことを後に識る事となった。

 大師匠も最後の対局の八十六手目で「反則手」を打ち、そのまま倒れた。

 加奈梨は、自分の師匠が、どこまでも大師匠が残された轍を踏んで行かれたのだなぁ・・・と、思わずにいられなかった。

 棋界のみならず、日本中が天才女性棋士の急逝に衝撃を受けた。

 亡くなったその日まで、テレビ画面の中では、健康溌剌とした彼女が笑顔でチョコを食べ、お茶を飲んでいた。

 翌日のCMでは、「藤野 桂成氏のご冥福を心よりお祈りいたします」というテロップが流れ、以後、別ヴァージョンのものに差し替えられた。

 

               

 

 時節柄、病院から遺体はすぐに荼毘に付され、家族の元には小さな白い箱となって戻ってきた。

(おかえり・・・

 お姉ちゃん・・・)

 という声すらも出ず、聡美も竜馬も、その白い箱にすがって泣き崩れた。 

 

 リヴィングには、ソータとカナリの二人の遺影が家族を見て微笑んでいた。

 哀しみに打ちひしがれる聡美と竜馬に、

「お姉ちゃん。

 天国でお父さんと仲良く、楽しく将棋指してるよ・・・」

 と愛菜が声をかけたが、その光景を脳裏に浮かべると、とめどもなく泪があふれた。



                  

 

 


リアルファンタジー『名人を超える』44

2022-10-11 08:22:13 | 創作

* 44 *


 人生にはまた同じことが起こる可能性がありますからね。

 戦争になったり、紛争になったりする。

 それで日常の営為が吹っ飛ぶ可能性が、いつでもあるんですよ。

 テロにあったら、それこそ命がないかもしれない。

 それならそういう事に対して、自分がどう対応するか、それをきちんと考え抜いておかなけりゃいけない。          

                                                 養老 孟司


 *

 

 パーティーから数日して、月に一度の弟子とのVS(練習対局)日であった。 

 いつものように師匠が速攻で相手側を窮地に追い込み、弟子は自分の敗勢を悟るも、勉強ということもあり、淡々と終局に向かって駒を進めていた。

 すると、練習とはいえ、師匠たるもの、永世八冠たるものが、真剣対局にあってはならない「打ち歩詰め」という、反則手を“うっかり”指してしまった。

 その事に、先に気付いたのは弟子の方で、そして、数秒後に、当人が

「アッ!」

 と言って、呆然自失となった。

 棋士たるもの、それも、永世八冠なるものが、初心者が指すような反則手を打つということは、冗談で済まされることではなかった。

 しばし、沈黙がふたりの間に流れた。

 次の瞬間、ガラリ…と音がした。

 師匠が、右手を盤について、駒を畳にバラバラ…とこぼした。

「先生ッ! 」

 と、弟子が慌ててその上半身を抱えた。

 カナリは胸に苦悶感を覚え、喘ぐような表情で盤に顔を伏せた。

 

 自宅だったこともあり、早急に救急車が呼ばれ、愛菜と加奈梨が同乗した。

 救急救命に運ばれた時、カナリは高熱を発しており、症状は急性肺炎状態で、人事不省に陥っていた。 

 酸素マスク処置では血中酸素飽和度の降下を喰い止められず、ECMO(人工心肺装置)処置に切り替えられた。

 救急搬入から半時ほどして、処置に当たった救命医が廊下に出てきた。

 愛菜たちを親族と認めると、

「かなり危険な状態です。

 覚悟されといて下さい」

 と一言告げられた。

 その場に泣き崩れたのは加奈梨のほうだった。

「そんなぁ・・・。

 うそぉ・・・」

 と、顔を覆うと、とめどなく泪があふれた。

 愛菜は、救命室のドアを凝視したまま、唇を噛んだ。

「ソーちゃん。ソーちゃんッ!

 お願いッ!

 助けてーッ!

 カナちゃんを連れて行かないでーッ!」

 と、心の中で絶叫した。

 

 高1と中2になった聡美と竜馬が、病院に到着した。 

 聡美は母親に抱きついて、激しく泣いた。  

 竜馬は、拳を固く握って

「カナねえッ!!

 ガンバレーっ!」

 と、声を上げた。


                               

 

 

 


リアルファンタジー『名人を超える』43

2022-10-10 08:10:39 | 創作

* 43 *

 人との距離が縮まるとイライラは増えます。

 それは科学的に言えば、お互いに忌避物質を出している可能性があります。

 人間が大勢集まると、実際に臭くなるのです。

 お前らあっち行け、という信号が体から出ます。

 人の鼻はさほど性能が良くないので意識では気が付かないだけです。                

                               養老 孟司

 

* 

 

 二十七才で「八大タイトル」をすべて制覇したカナリは、「八冠」のまま、翌年も、翌々年も・・・と、その王座をキープしていった。 

 そして、やがて五年の月日が流れ・・・

 三十二才の誕生日に、念願の二代目『永世八冠』の称号を得るに至った。

 その日、カナリはひとり、父であり、師匠の墓前に参り、大きな目標を完遂したことを報告した。

「お父さん。そして、師匠・・・。

 おかげ様で、永世八冠に到達させていただきました。

 これも、ひとえに、お父さん、師匠のおかげです。

 ほんとに、ほんとに、ありがとうございました」

 

                        

 

 二代目八冠となった今、次の大いなる目標は、父の成し遂げた大記録であるタイトル100期を超えることである。

 ふと、カナリは、若かりし頃、気になっていた「名人を超える」というフレーズを思い返した。

 もしも、もしも自分に、その大記録を超えることが出来るのだとしたら、それこそ、「名人を超える」という事になるのだろうか・・・と、思った。

 父と師匠を超える・・・。

 それは、容易ならざる事であった。

 

 二代目八冠の祝賀パーティーが盛大に『名古屋ヒルトン』で催された。

 大勢の関係者やマスコミに囲まれて、カナリにとっても一世一代の晴れの日でもあった。

「カナ研」の仲間たちも大勢つめかけ、弟子入りした中村 加奈梨は、今や十八歳で奨励会の三段へと昇段し、この日も楽屋で師匠の身の回りを何かと世話していた。

「先生。そろそろ、お時間です・・・」

 と弟子に促されると、カナリは鏡の前で、いまいちど身繕いした。

 弟子は師匠のポーチを抱えると、

「なんだか、わたしが緊張してきました・・・」

 と、言った。

「なーに。カナちゃんがご挨拶するわけじゃないでしょ・・・」

 と師匠は、軽口で応えた。

「先生。挨拶のリハはされたんですか?」

「そんなことしないよ。わたし。

 いつも、出たとこ勝負だもん」 

 ケロリと師匠が言うと、

「え~っ!

 あの、女流棋士会でのご挨拶も、そうだったんですかー!

 ご同慶の至り・・・なんて、わたし、一生使えませんよぉ・・・」

 と弟子は驚きもし、半ば呆れもした。

 会場ホールへの長い廊下を、そんな調子で、ふたりは軽口を言い合いながら心愉快に向かった。

 

【満つれば 欠くる】

 という俚諺がある。

 この「祝賀」の集いが、〈密集・密接・密閉〉という、好ましい「場」でなかったのが、災いした。