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『人生を遊ぶ』

毎日、「今・ここ」を味わいながら、「あぁ、面白かった~ッ!!」と言いながら、いつか死んでいきたい。

  

さぁ、夏休み!!

2019-07-12 06:22:00 | ギター
きのうは
Y中の1学期最後の
勤務日だった。

なので、
今日から「夏休み」である。

幼稚園入学から
一度も学校社会を
離れたことがないので、
61-6=55回目の夏休みだ。

さぁ、なにすべぇ・・・である。

読書、観劇、勉強・・・と、
インプットもいいが、
何かしらアウトプット(創造)も
しなけりゃである。

もう、自分史はとうに書き上げたし、
40冊以上も冊子を創ったので
書きたいネタもなくなってきた。

さぁ、なにすべぇ・・・である(笑)。

(๑˃̵ᴗ˂̵)و ウーン






きのうは
とても素敵なサマコンだった。

ギター授業を3回やった生徒たちが、
アンサンブルで見事に
『禁じられた遊び』を完成させてくれ、
校長先生はじめ恩師たちに披露し
喝采を浴びていた。

音楽担当の女性教頭先生と、
「なんだか、こっちがドキドキしますねぇ…」
と笑い合ったが、
生徒たちが無事に演奏しきると
ハラハラから解放され
共にホッとして、
よくやった~!・・・と、
教え子たちの名演奏を讃えた。

続いて、
その原曲のソロを披露する前に
「教え子たちとの
『禁じられた遊び』対決になりました」
との冗句に
笑って頂いた。

新任初日から、
吹き抜けの総板張りロビーが
とてもいい音響なので、
いちどギターを弾いてみたいなぁ・・・と、
思っていたが、
こうも早く念願が叶うとは。

出だしの一音目から
まるで音楽堂のように響いて、
すぐさまファイナル・リサイタルの
一曲目のノリで本気モードになった。

楽器/音楽と一体感に至る
瞑目没我の境地に入りながらも、
ヴィブラートを十分に効かせて
最高の演奏ができた。

寸前まで白衣を着て
カウンセラー然としていたのが、
突然、それを脱ぐや
ギターと一体化した
演奏家の表情に豹変したから
生徒も先生方も
驚かれたかもしれない。

でも、
ギターという楽器の
最高のパフォーマンスを引き出すと
どんな「音楽が立ち上がる」のか、
というプロセスを
目の前で体験できたと思う。

音楽の授業の時間が
サマコンに当てられていたので、
これほど音楽的な教育はないだろう。






二曲目は
十八番(おはこ)の
『コーヒー・ルンバ』。

クラシック演奏用の足台を退けて、
フラメンコのパコ・スタイルに足を組み、
ドレスシャツの袖をめくって
裏地のワインレッドの柄を出して
スパニッシュ・スタイルにしてみた。

ff(フォルテシモ)の
Em(イーマイナー)コードの
ラスゲアード(掻き鳴らし)の出だしが
荘厳にホール全体に鳴り響き、
続いて4連ゴルペ(パーカッション)の
渇いた音が共鳴するや、
そこはシロッコの吹く大地と化し、
ジプシーたちのフラメンコが立ち上がった。

あとは一気呵成に
一人四役(リード/サイド/ベース/リズム)の
超絶技巧を駆使して
エンディングまで
超速で弾き切った。

ホールの床、天上、壁から
あらゆるエコーが多重反射して
まるで大容量の
モニタースピーカーのように耳元に届き、
ノリノリで弾けたのは
滅多にない体験でもあった。

ほんのニ三歩という
至近距離で聴いていた生徒たちは
さぞかし音圧と迫力に包まれて
バクバクしたことだろう。

エンディングの
「ヘーイッ!!!」
の掛け声と共に
ワッと喚声と拍手が
湧き上がった。

まるで、
タブラオ(フラメンコ居酒屋)である(笑)。

酒はなくとも
演奏で魅せる酔わせるのが
ギタリストである。

校長先生も
興奮されて(笑)、
「いやぁ~、すごかったぁ~!
 先生、プロですねぇ~!」
…に、
「はい。プロです」(笑)

若い女性の先生方も数人おられたので、
これで少しはジジイ・カウンセラーの
株が上がったかしらん・・・と、
点数を稼げた気がした(笑)。

まさに、
「芸は人を助ける」
である(笑)。

最後は
全員で『トップ・オブ・ザ・ワールド』を
英語で斉唱して〆となった。

生徒からは
お礼の「花籠」が贈呈がされ、
帰宅後に室礼として
飾らせて頂いた。

これまでになく晴れがましい
夏休み開始直前の
コンサート・イベントであった。






掛け軸には、
先日、色紙表具した
「せんがい和尚」の臨書を飾った。

稀代のトリックスター高僧の
人を喰ったような
「画賛」である。

「○」は
ただの饅頭の意味では
なかろうと思う。

「一にして全/全にして一」
でもある曼荼羅のシンボルの
「○」である。

喰えるものなら、喰ってみろ、
という禅師の問答のようでもある。

この語が好きで、
しばしば書いては
茶室にも掛けて
お客様にもご披露してきた。


譜面しごと

2019-06-20 05:15:00 | ギター
明日の3校時目に、
2回目の音楽授業を
依頼されているので、
前回の続きで、
『禁じられた遊び』の
出だしから更に
3章節ほどをタブ譜を教えて
やってみようと思う。

なので、
今日中に
譜面を仕上げて
生徒の人数分を印刷して
教材づくりをしなくてはならない。

なんだか、
教員時代に戻ったみたいで、
久しぶりの教材研究を
楽しくやれている。

学部・院ともに
音楽を副専攻にしていたので、
ギター音楽についてのレクチャーを
音楽科の学生に何度か
する機会があった。

大学時代には、
盲学校にギターの指導にも
行っていたし、
成蹊女子高のギター部でも
自作の合奏曲を指揮したことがある。

大学生の頃に、
千葉大ギター部に入った
福高の同級生アンザイ君は
夏休みの1ケ月間に
毎日、レッスンに通ってきた。

ギター部後輩のシシドも
我が家に数ヶ月間
レッスンに通ってきたことがある。

なので、
「ギター教師」としても、
弟子や教え子がけっこう
沢山いることになる。

今、教えている
中学生もそのうちに
入るのだろう。







昨日の地震が凄かったという、
山形の高畠から
レッスンに来られているKさんが、
セヴィジャーナスの
リサイタルでのライヴ版をやりたい、
と仰るので、自分の即興的な演奏を
耳コピして採譜した。

フラメンコは、
コンパスというリズムと
尺(長さ)が決まっており、
その中でギタリストの裁量で
アドリヴでラスゲアードやセコと言った
掻き鳴らしで即興的に演奏する。

なので、
レッスンでは基本コンパスを
譜面に現して練習するが、
実際のライヴ本番ともなると
楽譜から離れて
センティミエント(感情)やアイレ(空気)
といったものを重視し、
「人生そのものを表現」すべく
ホンド(魂からの深い)な
生きた音楽が立ち上がらねばならない。

ライヴの音楽の迸流をつかまえて、
それを楽譜に固定するというのは、
本来は邪道なのかもしれないが、
ジャズマンたちも時折、
セッションで偶然に生じた
“生きた音楽”を耳コピして
再演するということもあるという。

その死後に、
「フラメンコ・ギターの神様」と
神格化されでいる
パコ・デ・ルシアも、
簡素なラジカセを前に
即興で弾いてみて、
その中から使えるファルセータ(フレーズ)を
自作曲に採り入れていたのを
記録映像で見たことがある。

そんなことを
言い訳がましく考えながら、
(なんだかなぁ・・・)
という思いと共に、
生徒さんの為に、
自分のライヴ演奏を採譜していた。






40代の一時期、
スペイン特有の古楽器
ビウエラに何年かハマッていた。

寝ても醒めても
ビウエラのことばっかり考えて、
CDを聴き、楽譜を検討し、
歴史研究と演奏の研鑽をしていた。

自作でも数本製作し、
発表会では妖しいコスチュームで
その典型的な代表曲
ナルバエス『<牛を見張れ>のディフェランシアス』
ムダーラ『ルドビーコのファンタジア』
を演奏した。

ビウエラは
15世紀に登場した
ギターよりもクビレがなだらかな
6コースで複弦の楽器である。

スペイン語の「ビウエラ/vihuela」は、
イタリア語・ポルトガル語では
「ヴィオラ/viola」となるので、
手で弾く撥弦楽器と
弓で弾く擦弦楽器の両方がある。

古楽器としてのビウエラは、
正式には
「ビウエラ・デ・マーノ」
と言い、
「Mano」は「手/指頭」のことである。

それに対し、
「ビウエラ・デ・アルコ」は、
Arco(弓)を用いる。

これは、
ヴィオラ・ダ・ガンバ(伊語/足のヴィオラ)の
祖先でもあり、スペイン発祥の
ビウエラ族はヴィオール族と
同族と看做されている。

ビウエラやヴィオラは、
さらに遡れば、13世紀頃の
中世のフィドル(fiddle)や
ビエール(Vielle)が
ご先祖様のようである。

16世紀(1536年)の
ミランの『エル・マエストロ』というのが
曲集の嚆矢であるが、
『5つのパヴァーヌ』なぞは
セゴビアがレパートリーに取り上げて来、
ギタリストにも馴染みの曲となっている。

中世ヨーロッパでは
リュートが全盛の頃だったが、
ビウエラは調弦が同じながら
スペインでは全く広まらなかった。

それは、
長らくスペインが
モーロ人(イスラム教徒)に支配され、
キリスト教徒が中東の楽器である
「ウード」を起源とするリュートを
異教徒の邪悪な楽器と
看做していたことに拠るという。

ウードは、
英語の「ウッド(木)」であり、
それに定冠詞の「ラ」が付いて、
「ラ・ウード」(ザ・ウッド)が
変じて「リュート」になった。

17世紀になって
スペインの覇権の衰えと共に
ビウエラは衰退して
歴史から姿を消した。

現存するオリジナルの物は、
世界にわずか3本のみである。

当時、
ルネッサンス・ギターは4コース複弦、
バロック・ギターは5コース複弦だったので、
ビウエラの6コース複弦という形式と
構造などが融合して、
現代の6コース単弦のギターへと
進化したのではないか、
と独断で考えている。

ビウエラの作品を残した作曲家は
わずかに7人ほどだが、
今日、ギターで弾かれるのは、
ミラン、ナルバエス、ムダーラだけで、
それ以外の
バルデラバーノ、ピサドール、
フエンリャーナ、ダサなどは
ギターでは全く弾かれない。



毎日、工房で
ビウエラを製作していた頃は、
末っ子のナッちゃんが
保育園児だったので、
オトーサンが作ったり弾いたりしてる
不思議な楽器を広告チラシの
裏面に描いていた。

ビウエラは
いかにも古楽器らしい
表面板に施す
細かいモザイク(寄木細工)が特徴だが、
その模様までしっかり模写していたのは
感心したので、額装して
今も工房の作業台の壁面に飾ってある。






少年時代に衝撃を受けた
『奴隷市場』の画家
ジェロームの他の作品をも
俯瞰していたら、
彫刻家が彫像に接吻する場面を描いた
『ピグマリオンとガラテア』
(1890/メトロポリタン美術館)
という作品にも度肝を抜かれた。

これには、
背面像と正面像の
二つがあって、
いずれも、圧倒的な画力と
その寓意性に息を呑むようだった。

彫像が生身の女性に変身するというのは、
ギリシャ神話の古代キプロス王の
ピグマリオン(Pygmalion)の寓話が
モチーフである。

王は後宮の女性たちに飽き足らず、
理想の女性像を作るうちに、
次第にその彫像に恋をしてしまい、
それにガラテアと名づける。

落語にもなりそうな噺だが、
かなわぬ恋患いで衰弱した王を哀れんで、
女神アフロディーテはガラテアを
人間にしてやると、
二人はめでたく結ばれたという
ハッピーエンドのおはなし。

ジェロームの絵に
「愛の弓矢を持つキューピット」が
描かれていてる。

キューピー・マヨネーズで
お馴染みのキューピーちゃんは、
元はローマ神話のクピド(Cupido)が
語源であり、ギリシア神話では
エロース(Erōs)という。

ジェロームの描くガラテアは、
まだ下半身が石膏か大理石のようで、
それがグラデーションで生身の上半身に
なっているのが、なんとも艶冶である。

求愛に応えるかのように
カラダを折る動きが
固定された足元との対比効果で
プシケー(魂/生気)が感じられる。

自ら彫刻も手がけたという
ジェロームならではの
質感の表現の確かさがあり、
幻想的絵画でありながら、
スーパー・リアリズムでもある。

ジェロームは
印象派が嫌いだったらしく、
さもありなんと思った。

アカデミック美術の重鎮として
サロンの審査員の頃(1869)、
モネやセザンヌ、ルノワールなどの
今日、名画といわれるものを
ことごとく落選にしたというから、
大人げない(笑)。

彼によれば
「印象派はフランスの恥だ!」
そうだ・・・(笑)。

「日本人の印象派好き」は
つとに有名だが、
『奴隷市場』のような
衝撃作・問題作を世間にぶつけた
ジェロームのような頑固ジジイも
オモロイ存在である。

まるで、
落語界にありながら、
協会に属さず
一匹狼を終生貫いた
最高のテクニシャン「金馬」を
彷彿させられた。






後輩指導

2019-05-30 07:03:00 | ギター
きのうは
福大ギター部に招聘されて
恒例の新入生レッスンを
行ってきた。

幸い猛暑も去って、
爽やかな五月晴れが戻り、
キャンパス内も新緑に囲まれて
清々しい気分がした。

通い慣れた
「文サ棟」(文科系サークル棟)前の
桜の大木には
小さなサクランボが生っていた。

そんな清らな外見とは対照的に
棟内は完全に学生自治なので、
所々電灯が切れていて薄暗く、
吹奏楽の音やら、
軽音部の音やらが混じって、
相変わらずのケイオスぶりだった。

去年は1名の新入生で
部の存続が危ぶまれたが、
今年は有望な子たちが
5名も入ってくれて
希望が持てた。

新しくできた「食農学部」の
女子2名も入部した。

食農は108名の
3クラスだそうだ。

自己紹介で
それぞれの出身を訊いたら、
茨城、福島市、横浜市、大玉村、福岡
とバラエティに富んでいた。

福島市の子は
福高の後輩だったので、
互いに共感しあえた。

大玉村の子は、
アキと同じ西高卒だという。

食農の福岡の女の子に
「なんで、東京農大に行かなかったの?」
と尋ねたら、
「偏差値が同じくらいだったので、
東京農大には魅力を感じなかったので…」
とのことだった。

へぇ~…ってな、もんだった。

それでも、
わざわざ他県から
このフクシマに来てくれたことが
なんだか素直に有り難かったので
「ありがとね・・・」
と、感謝した。

原発事故で
5万人もの県民が
故郷を捨てて
エクソダス(大脱出)したというのに、
若い有望な学生たちが
転入してきてくれたのは
ほんとうに嬉しく思う。

なので、
レッスンにも
力が入った(笑)。





念のために確認したら、
さすがに「平成」生まれで
インスタ時代の子たちなので、
全員がブログに顔出しOK
とのことだった。

最後に
『花祭り』の
デモ演奏をしての
90分のレクチャーだったが、
文サ棟前に駐車していた車に
しっかりと「警告文」が
挟まれていた。

キャンパス内だったから、
「駐車違反」の赤切符でなくて、
よかった、よかった(笑)。

素直で真面目な
フレッシュマンたちだったので、
今年の夏合宿での再会が
楽しみである。

その時は、
リサイタルでの
ソロプログラムを
聞かせてあげようと思っている。





35℃の猛暑は去ったが、
27℃くらいの外気温でも
直射光の入る二階の寝室では
温室効果によって30℃までに
達してしまう。

それでも、
午前中の20℃くらいだと
サマースーツを着るのに
ちょうどいいので、
ライトブルー・コーデで
街出してみた。

小野高で
3年間カウンセリングした
可愛いかったKANAちゃんが
自作してプレゼントしてくれた
群青色の七宝焼のタイピンが
お気に入りでよく使っている。

なんだか
愛娘からもらったようで
嬉しいのである。

スワロフスキーの
サファイアもどきの
ブルーのカットグラスの
ラペルピンとカフリンクスは
自作した。

梅雨寒の時季までは
薄手のサマースーツが着れるので、
街出や馴染みの店に行くときは、
“仮装行列”気分で
フルコーデで赴くことにしている。

なにしろ、
家ん中では
孔のあいたTシャツと
ボロボロの短パンを履いて
ダラダラ過ごしているので、
余所行きに着替えると
シャキリとして
気分の変化も味わえるのである。






春先から
花粉症と寒暖差で
体調が思わしくなかったので、
ユング派の深層心理テストである
「WWT(ウォッチ・ワード・テスト)」
をやってみたら、
「自己実現」のキーワードに
<発酵食品>と出て、
意外に思った。

そして、
先日、FMの『松尾堂』で、
発酵文化研究者のゲストが、
師の小泉武夫先生に
初めて会った時に
顔色のワルイのを見て取られ、
「きみは発酵食品を毎日摂りなさい」
と奨められ、
それに従ったら、
長年の自律神経失調症が治った、
というエピソードを思い出した。

なので、
近頃では、意識して、
食事に発酵食品を摂取するように
努めている。

ゆんべも、
カレイを塩麹に
しばらく漬け込んでから
焼いてみたら、
なかなかいい味になった。

味噌汁も
メンドウがらずに、
毎日、出汁をとって
裏庭の採りたての葉物を入れて
作っている。

そして、
『臨醐山(りんこさん)』
という美味しい黒酢を
料理にもソーダ割りにも
毎日のように使っている。

発酵食品イラストのなかに
「テンペ」なるものがあったが、
初めて見聞きするものなので、
ググッてみた。

「tempeh」はインドネシア発祥の
大豆をテンペ菌(クモノスカビ)で
発酵させたもので、
「インドネシアの納豆」
と呼ばれてるそうな。

固いブロック状で
味は淡白で納豆に似てるが、
臭気はなく、糸は引かないという。

最近、
日本でも健康食品として
注目されてるようだが、
まだスーパーでは
とんとお目にかかったことがない。

インドネシアでは、
揚げ物、炒め物、煮込みに
するらしいが、
欧米では、ベジタリアンの
肉の代用品として
チリ、スープ、シチューなどで
食べられているようだ。




有望な弟子

2019-04-21 09:03:00 | ギター
きのうは自宅で
カウンセリングが2件あったが、
その合間に、板倉神社に
お礼参りに出かけてきた。

お願い参りの時には
満開だったサクラも
すっかり葉桜となったが、
あの日と同じく快晴で
気持ちよくお参りさせて頂いた。





薄紫の木蓮の花が
青空を背景に
映えていた。

周囲の「もみじ山」公園は、
幼い頃の遊び場でもあり、
かつては水路が廻らされてあり
そこで採った青いクルミを
遊び仲間たちと
洗ったりしたことがある。

うちの子たちが幼い頃には、
大水を見に来て、
公園まで浸水して
驚いたこともある。





今回のアンケートでは、
やはり、弟子のH君の
10ケ月での音楽堂デヴューに
驚嘆する声が多かった。

さもありなん、である。
師匠の私でさえ、
彼の情熱と上達には驚いている。

これからの
レッスンも楽しみである。

もしかしたら、
彼の上達次第では、
スタジオか何処かで、
小規模のデュオ・コンサートも
やってみたくなるかもしれない。

【アンケートより】

「永年の貢献、お疲れさまでした。
運営から演奏までお一人で(もちろんサポーターは居られるでしょうが)されるのは、ご苦労も多かったと思いますが、苦労も楽しみにかえて、演奏されているのが感じられて、いつもこちらも楽しませて頂きました。
すてきで有望なお弟子さんとのデュエット、とても良かったです。
沖縄からはるばるお越しの阿部さんのソプラノには圧倒されました。
このようなレベルは高くても肩ひじの張らないコンサートがいつもある街であってほしいと願っています。
これからも、心ある地元の音楽家のために、市も会場を利用しやすく提供して下さることを期待します。
最後の曲『死んだ男の残したものは』は、ことのほか感動的でした」
(女性/82)

「感動しました。
また、演奏が聴けたら幸せです。
今日は、ありがとうございました」
(女性/65)

「日頃、ギターをやっている私にとっては、演奏者の奏法を見させていただき、大変勉強になりました。心にしみる演奏曲の中で聞かせるトレモロ奏法や迫力に満ちたフラメンコのラスゲアード奏法、素晴らしい!
今回で2度目になりますが、日本の曲、ラテン曲など幅広く演奏されるので、あきさせず、また機会があったら聴きたいと思います。
とにもかくにも全曲、心にしみたものばかりでした!
ブラボー!」
(男性/77)

「親しみのある曲が多くて良かった。
知ってる曲が多かったので大変良かったです。
最初の最後でした。
感動をありがとう!」
(女性/80)

「志しに感銘しましたが、今日で最後が残念です。
コンサートは出演者と聴衆でなりたつ事をしみじみわかりました。
『死んだ男の残したものは』は、心を打ちました」
(男性/59)

「春爛漫のこの時節、桜花よりも、若冲展にも劣らぬ素晴らしい演奏をたっぷりと満きつさせて頂き、心豊かになり、音楽の魅力を改めて感じ入りました。
出来たらギターの手習い遅いですが夢みてしまいます。
有難うございました」
(女性/68)

「最後のラスト・コンサート聴けてラッキーでした」
(男性/62)

「素晴らしい演奏ありがとうございました。
定番のソロも、ハシヤダ君とのデュオも、阿部さんの歌も、それぞれ違った魅力がありました。
今回で終わりというのは残念ですので、形をかえてでも、また続けていただければと思います」
(男性/62)

「生徒さんとのフラメンコ二重奏、カッコ良かったですね~!
来年も二人でやって下さいませ」
(男性/66)

「介護の仕事をしています。日頃のストレスと体の疲れの為か肩こりなどでグロッキーでしたが、今日は良い一日で過ごせ、もう少し頑張れそうです。
ありがとうございました」
(女性/68)

「生ギター、生ソプラノ、心に胸に響きました。
本当にありがとうございました。
また、少し生きられます」
(女性/69)

「演奏も解説も楽しく聞かせて頂きました。
あたたかいお人柄、師弟関係が感じられ、とても良かったです。
若い人、頑張れ! ありがとう。
また、どこかでのコンサート楽しみにしています。
よろしくお願いします!!
「オーレ」は言いたいけど、どのタイミングで言ってよかったか、ちょっと分からなかった。
最後の曲「ブラボー」
しんみり聞かせて頂きました」
(女性/主婦)


・・・以上、数々の身にあまる
お褒めの言葉、感謝のお言葉を賜りました。

みなさま、ほんとうに、ありがとうございました。

<(_ _)> ヘヘェ






カミさんの所属する
テニス倶楽部がナイターになり、
毎週土曜の晩に出かけるので、
外食したつもりで
ちょいと食材に張り込んで
“おうちフレンチ”で
ロンリー・ディナーしている。

昨晩の「ポワソン(魚料理)」は、
「フュメ・ド・アラン」(ニシンの燻製)を
セルクル(丸型)に トゥルビヨン(渦状)にし、
フライパンでレモン・オリーヴ油で
ソテーにした。

「AJINOMOTO」の
「オリーブ&レモン・フレーバーオイル」は
安価なうえに香り豊かなので、
実に重宝していて、
キッチンに欠かせない常備品である。

ガルニ(付け合せ)は、
ひと回り小型のセルクルで
型抜きした市販のポテサラである。

ライムが半分あったので、
彩りと香り、酸味を加味するのに
添えてみた。

ニシンは味はいいが、
小骨が多いのが難点で、
レストランでは骨抜きした
マリネしか見たことがない。

「ヴィアンド(肉料理)」は、
4割引だった豪州牛を
パルミジャーノとパン粉、
フィーヌゼルブ(微塵切りハーブ)で
「コートレット・ド・ブッフ」(牛カツ)
にしてみた。

クレソンに
ピール・ロランジュ
(オレンジ皮砂糖煮)、
ライムを添えた。

350gもあったので、
皿からはみ出すほどだったが、
1/3ほど残して、
翌日のサンドイッチ用とした。

パンなしで、
ワインだけで十分な
ロンリー・フレンチだった。

材料費は800円弱だったので、
ラーメン一杯分で、
満足ゆくフレンチが味わえた。

男といえ、老人といえ、
自炊はすべきものである。











プチ・アルツ

2019-04-17 08:43:00 | ギター
  ここで弾くのが
  僕の夢だった

  夢はかなった

  とてもいい夢だった

  醒めたら
  六十一の僕がいた

  ありがとう
  僕のギター
  
  ありがとう
  僕の音楽堂
  

  



歳ぃ取ると、
疲労が数日後に出るというが、
なんか今朝はそんな感じだ。

兆候は昨晩からあって、
カミさんが
夕飯の洗い物をしてるのに、
台所の電灯を消してもうて、
「エーッ!? 何してんのぉー!?」
と驚かれ、
自分でもアラマ・・・であった。

゚゚(・̆○・̆)°゚

もっとも、
先週は、夕飯後に
自分で洗った茶碗を冷蔵庫に
しまってしまい、
それすら忘れて、
開けてビックリ!!(笑)

゚゚(・̆○・̆)°゚

(もしかして・・・
プチ・アルツだったりして・・・)

♪ アルツぅ磐梯山は~
  タッカァラ(宝)のぉ山よ~ ♪  

   ↑そーとー怪しい(笑)

毎朝、毎朝、
「白紙」のこころで
PCに向いキーボードを打つが、
今朝は「少年の詩」が出てきた。

きっと、
疲れが出てきて
プチ退行が生じているのだろう。

インナーチャイルドが
顔をのぞかせたので、
それに語らせてみた。

我われは、
こころの内に
歩んで生きてきた生育歴上の
あらゆる人格を蔵している。

けっして
第一人格である
「今の自我意識」だけが
自分のすべてではないのだ。

私の中には
「女々しい惰弱な奴」もいるし、
「雄々しく息巻く奴」もいる。

「小狡く立ち回ろう」とする奴も、
「媚を売ってへつらう」奴もいる・・・。

誰やらの箴言に
「天才とは、
自分のあらゆる引き出しを
自由に出し入れできる者」
という定義を見たことがある。

人は幾通りもの可能性を持ちながらも、
現実には、限定された
ステレオタイプの生き方を
せざるを得ないものである。

社会的な通念や
常識やら世間体なぞという
同調圧力もなかなかに強い。

時に、それに抗して
自分を見出し、自分を生きていく、
というのは容易でない作業である。

深層心理学者のユングは
「自己実現」または
「個性化の過程」という
独自の概念によって
この重要性を説いた。

***

還暦を過ぎてから、
公認心理師の国家資格取得と
ファイナル・リサイタルという
大きなふたつの山を越えた。

知人・友人たちから
コンサート・ロスを
心配してくれてか、
「ゆっくり休んでから、
次の目標を見つけてください」
という助言が
多かった。

自分もそのつもりなのか・・・、
朝刊を読んでいて、
ふと、また英語の勉強でも
してみっか・・・と、チラと思った。

自動翻訳機の精度向上が必至なので
いつからか勉強意欲が低下して
「英語」が好きだったのに
捨て置いたままになっている。

今は、まだ、
コンサートの録音CDを聞いたり、
録画ビデオを見て、
ファイナルの余韻に浸っている。

本格的疲れも
これからなのだろう。

でも、関係各位に「礼状」を出し、
後援の市教委に事後報告書を提出し、
CDを編集して支援者の方々へお送りする、
という“楽団ひとり”の
最後の仕事を成し遂げて
『ファイナル』が
ほんとに終了する。

でもでも・・・、
いまは、もうしばし、
休ませてもらおう・・・。

全力で羽ばたいて
幾本か抜け、
血も出ている。






きのうは、
リサイタルにご来場いただいた方が、
“ご新規”にカウンセリングに来られた。

そして、
帰り際には、
主催されるイベントへの
コンサート依頼ができるか
尋ねられた。

さっそく、
次の仕事に
つながったわけである。

そして、今日は、
毎年、リサイタルにおいで頂いていた
院の大先輩のGさん(82歳)が、
娘たちが使わなくなった
チェロ、ヴィオラ、ヴァイオリン、琴を
引き取ってほしいと
おいでになる。

「ゴミには出せない・・・」
と仰るので、
弦楽器フェチ、
古楽器製作家としては
喜んでお引き受けした。

なので、
これからお茶室を整えて
お薄でおもてなしする準備をする。

ちっとも、
休んでられない(笑)。

・・・泳ぎ続けてないと死んでしまう
  マグロみたいなんかなぁ・・・

と、思わないでもなかった(笑)。






【友人・知人からのメッセージ】

「コンサートお疲れさまでした。
無事終えることが出来たようで、よかったですね。
おめでとうございます。

震災から8年。
東北の方々には我々には到底分からない
深い想いがあると思いますし、
あの大災害からの復興には
まだまだかかると思います。

その中での
佐々木さんの活動は
本当に素晴らしい活動だと
尊敬しています。

本当にお疲れさまでした。

出来たらもう一度あればと思っていますよ~(^-^)」
(元・同僚N先生)

「復興支援ギターリサイタル
素晴らしい演奏を聞かせて頂き
ありがとうございました。

ラスト・リサイタルということもあり、
感慨無量でした。

6回という偉業を成し遂げ、
本当にお疲れさまでした。🙇」
(ギター部後輩ムクちゃん)

「ファイナルリサイタル、
盛況のうちに終えることが出来て
弟子のひとりとしても誠に嬉しい限りです。

本当にお疲れさまでした。

今度はゆっくりとギターを楽しんで下さいね。

自分も少しずつリハビリも兼ねて、
ギターに触れるところから
始めようかなと思っています。

またお邪魔して
教えて頂くこともあるかもしれませんので、
その時は宜しくお願い致します。」
(元ギター部後輩K)

「すばらしい演奏を聞かせて頂き
ありがとうございました。
本当にお疲れ様でした。」
(元ギター部後輩ライキチくん)

「素晴らしいギターの演奏、ありがとうございました!
6年間の復興支援リサイタル、お疲れ様でしたとは、
本当は言いたくないのですが・・・
毎年の恒例行事となり、私達の方が
楽しませていただいていました。
顔を会わせることのできる機会を作ってくださったこと、
本当に感謝しています。
昨日の演奏会には、佐々木さんの思いが、
ぎっしり詰まっていたように感じました。
音楽堂ってあんなに響くのですね。
本当にありがとうございました!」
(元ギター部後輩アンちゃん)

「昨日は、お疲れ様でした。
たくさんの方々が詰めかけたホール。
ホールいっぱいに響く音色や歌声。
時間を忘れる、思いに満ちたリサイタルでした。

最後の会に伺えたのは、
私たちの恩師・故K先生の
お導きなのだろうと思います。

今回、佐々木さんにお会いできて、うれしかったです。
そして、橋谷田くんが演奏していてびっくり。
さらに、民子さんは私の後輩でございました…。
いやはや、驚きの三重奏でした。

そうです。驚きは四重奏でした。
それは、佐々木さんがギターを弾かれるということです。
失礼ながら、院生でおられたころは、
カウンセリングとお茶のお話をされていた印象がありまして…。
お時間ありましたら、ぜひギターをご教授下さい。

まずは、心癒される時間のお礼まで。」
(大学院後輩・旧Wさん)