駒子の備忘録

観劇記と乱読日記、愛蔵コミック・コラムなどなど

チューリヒ・バレエ『ロメオとジュリエット』

2009年11月25日 | 観劇記/タイトルや・ら・わ行
 東京国際フォーラム、2002年6月6日ソワレ。
 シェイクスピアの初期の悲劇をバレエ化した、チューリヒ・バレエ初来日公演。音楽/セルゲイ・プロコフィエフ、振付/ハインツ・シュペルリ、美術/エツィオ・フリジェリオ、衣装/フランカ・スクワジャッピーノ。全2幕。
 ヴェローナの街ではキャピュレット家とモンタギュー家が対立していた。血気盛んなキャピュレット家のティボルト(ティグラン・ミカイェルヤン)は、モンタギュー家のロメオ(熊川哲也)とその友人マキューシオ(フランソワ・プティ)、ベンヴォリオ(マシュー・グリミエ)と小競り合いを始める。一方、ティボルトの従姉妹ジュリエット(ヴィヴィアナ・デュランテ)は、両親の決めた婚約者パリスに引き合わされるが、心はときめかない。その夜、キャピュレット家の舞踏会に仮面をつけてもぐりこんだロメオは、ジュリエットと恋に落ちる…
 ずーっと観たいと思っていたバレエがようやっと観られました。戯曲を原作にしているせいか非常に演劇的なバレエで、暗転で音楽が停まったりとやや繋ぎの悪さも感じましたが、内容的には大満足でした。あえて「イタリアらしさ」を抑えた舞台作りも、これが普遍的な物語であることの証のようで、好感を持ちました。
 第1幕はロメオが主人公、第2幕はジュリエットが主人公というところでしょうか。ロメオは気持ちのよい友人たちに愛され信頼される好青年という感じ。実は初めて熊川哲也を生で見たのですが、まあ良く跳ぶこと。二階席でちょっと舞台から遠かったのですが、かえって余計に高く跳んで見えました。ピルエットなども友人たちより全然シャープでため息もの。バルコニー・シーンではその甘やかさに酔わされました。
 ジュリエットは、愛の喜びを知った寝室のパ・ド・ドゥが1幕よりずっと柔らかくしなやかになっていて感動。両親に逆らい、手だてを求めてロレンス神父の元へ走る姿は、愛を貫こうとする女性の強さ・美しさにあふれていました。
 ジュリエットの乳母(カリン・シニカ)がジュリエットの手紙をロメオに届けたときに、浮かれたロメオにキスされて、これまた浮かれちゃうところはよかったなあ。
 ひとつだけ、マキューシオがベンヴォリオより背が低かったことは残念でした。私にとってはマキューシオ役者は山岸涼子『アラベスク』のエーディクなので(あれだけのコマなのに!)、もう少しスマートな人の方が望ましかったのです。
 そうそう、音楽もよかったです(演奏は東京ニューシティ管弦楽団)。私はこの曲のCDをハイライト版でしか持っていないのですが、全曲版が欲しくなりました。
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宝塚歌劇花組『琥珀色の雨にぬれて/Cocktail』

2009年11月25日 | 観劇記/タイトルか行
 東京宝塚劇場、2002年5月24日マチネ。
 1922年秋。戦線から疲れきってパリへ帰ってきたクロード・ドゥ・ベルナール公爵(春野寿美礼)は、フォンテンブローの森で妖精と見まごうばかりに美しい女性シャロン・カザティ(大鳥れい)と出会う。彼女の取り巻きのひとりルイ・バランタン(瀬奈じゅん)は「彼女はマヌカンで、あなたとは別世界の人間だ」と言う。確かに彼には由緒正しいフィアンセのフランソワーズ(遠野あすか)がいるのだが…爛熟機のパリに咲く四人の男女のアラベスク。作/柴田侑宏、演出/正塚晴彦、作曲/寺田瀧雄・高橋城。1984年に高汐巴、若葉ひろみ、大浦みずき、秋篠美帆の花組で初演。匠ひびきのトップお披露目公演にしてサヨナラ公演のはずだったが、脊髄炎による休演で代役にて上演。
 同じ柴田作品である『哀しみのコルドバ』もそうだったけれど、男女四人というモチーフはなかなかしびれるものがありますね。主人公はどちらも似ていて、心に鬱屈したものがないではないけれど基本的には純朴な、というタイプの青年。ヒロインもやや似ていて、『琥珀』ではドゥミ・モンドすなわち夜の蝶、裏社交界の花、『コルドバ』では主人公の幼なじみで、再会したときには貴族の未亡人になっていてお金持ちの愛人がいるのではなかったっけ?
 二番手の役所はちょっとちがっていて今回がジゴロ、『コルドバ』ではヒロインのお金持ちの愛人だから『琥珀』でいうところのシャロンのパトロン、ジョルジュ・ドゥ・ボーモン伯爵ですね。そして主人公の純真で育ちのいいフィアンセ。ただしフランソワーズの方がドラマに深く関わっています。
 この四人を中心としたまさに「フランス映画風心理劇」なので、うまくミュージカル化されてはいますが、もう少し小さい劇場でしっとり観たかったかも、という気もしました。プロローグや第5場、第11場Aは私にはやや長く感じられ、逆に第9場や第13場はもっとじっくり観たかったので…2回観劇できたらまたちがったのでしょうが。
 しかし私が一番
「すごい芝居を書くなあ」
 と感じ入ったのは第14場、クロードとミッシェル・ドゥ・プレール伯爵のシーンです。ミッシェルのこのもの言いで、クロードには本当に逃げ場がなくなってしまった訳です。これこそが上流(とされる)階級のしたたかさなのではないかしらん、クロードみたいな坊ちゃんにはこれで何もできなくなってしまったのだ、と思いましたよ。マジョレ湖での別れのあと、クロードがどうしたのかはわからない、フランソワーズが待っていたかもわからない、ただ琥珀の色した雨が降るだけ…くううう~っ、しびれます。渋いというか、洒脱というよりもっと地味ギリギリの、大人の世界です。残念なことに今時こんな芝居はなかなかないですね。
 ペイさんとナツメさんで観たかった。せめてチャーリーとオサちゃんで観たかったです。初演はあて書きされているから配役がバッチリなのは当然なのですが、再演も役者を選んで決まったものなので、オサ=クロードではやはりニンがちがうのは否めません。若いしな。亀の甲より年の功、ハッチさん(夏美よう)とシビさん(矢代鴻)の台詞以上、演技以上にものを含んだ感じ、あれができないと本当は駄目な演目なんだと思うんですよね~うむむむむ。
 お酒をイメージしたレビュー・アラモード『Cocktail』(作・演出/藤井大介)も、ショーの方がキャラクターが問われないから代役が気にならず、一足早いお披露目に見えるかと思っていたんですが、特に後半、どうしても
「ここにはホントはチャーリーがいて、みんなで送るはずだったのね…」
 とか思えてしまって…実際、大階段に「CHARLIE」の電飾が灯ると、あちこちの席からすすり泣きが…うむむむむ。
 なんとか復帰をお祈りしています。
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ヴッパタール舞踊団『炎のマズルカ』

2009年11月25日 | 観劇記/タイトルは行
 新宿文化センター、2002年5月21日ソワレ。
 白一色の舞台。吹き出した溶岩は岸辺で黒く団結。人はどこでも、生命の営みを行い、人生を楽しむ場所を見つけることができる。浜辺の小さな小屋の中で夜更けまで踊り続け、また大海原の波に身をまかせて心の傷を癒す。ポルトガルのファド、ブラジルのサンバ、タンゴ、ジャズ、パーカッション音楽などにのった、ロマンティックな愛の海と影…振付/ピナ・バウシュ、美術/ペーター・パプスト、衣装/マリオン・スィートー。1998年初演。
 …えーと…終わってみれば確かに「ロマンティックな愛の海」だったな、と思えたのですが、第一幕が終わった時点ではあ然呆然、「私にはモダンはわからない!」と悲鳴を上げたい気分でした。
 物語がない、キャラクターがない、状況がない。
 ただ第二幕に入ると、第一幕から踊られていた同じ振りが何度も反復されたりして、寄せては返す波のような、日々繰り返される人々の愛と生活の営みのような…に見えてきて、なんとな~く満足して終わった、という感じでしたでしょうか。
 すみません、鑑賞眼・批評眼が訓練されていません。勉強しなくてはね。
 二幕ともラストにセイウチ(……)が出てくるのですが、最初に登場したときに、この演目に誘ってくれた友人のツボにはまってしまったらしく、しばらく笑いが止められない様子だったのがおかしかったです。
 音楽と、女性の衣装が素敵だったのも印象的でした。
コメント (1)
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