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秋葉山鳳莱寺一九之紀行(上) 3 鳴海の茶屋(前)

(一九之紀行の挿絵)

(挿絵の中の狂歌)
  談合の 膝栗毛こそ 好むなれ
    とにかく足に まかす駅路

※ 駅路(むまやじ)- 宿駅のある街道。えきろ。

一九之紀行の解読を続けよう。

それよりこの所を立ち出で、戸部村、笠寺、田畑などを打ち過ぎ、鳴海の駅に至りける。宮の湯あみ地蔵辺りより、道連れとなりたる男は、駿河府中在のものゝよし。僕(やつがれ)生国なれば、かれこれ話口合いて、共にここもとの茶屋に休み、
※ 生国(しょうごく)- 一九は駿河国府中の、町奉行の同心の子として生まれた。
※ 口合う(くちあう)- 二人の話がよく合うこと。あいくち。


《一九》コウ、姉さんいゝ酒があるか。《ちゃ屋の女》ハイあげませずか。
《一九》おめえ、御酒はどうだ。
《駿河の人、名は権八》わし、ハイ大好きだんて。今朝っから、ハイ呑み続けでござるやぁ。
《一九》ソリヤァ面白え、一つやりかけやしょう。肴は何だの。
《女》鯛で上げませず、なぁ。
《権八》ソレ、よからずやぁ。時に、言わないこたぁ済めないが、これからハイおまいと駿府まで、同志にいかずにやぁ。何でもハイ出しっこにしませずやぁ。
 ト、この内、女、徳利、盃と、黒鯛の煮つけだのを、皿に入れて持ち来たる。
《権八》コリャ、ハイ、がいに旨まからずやぁ。
※ がいに - 程度のはなはだしいさま。非常に。ひどく。
《一九》イヤ黒鯛だな。《権八》年役に、わっちから始めずやぁ。
※ 年役(としやく)- 年長者として当然務めるべき役目。

 ト、手酌に注いで、ぐっと干し、また重ねて注いで呑む。この親爺(おやじ)生得すゝどいやつにて、割り合い酒はちっとでも、人より余計に飲むが徳と、構えたる吝ん坊のお口なり。一九それと見てとり、この肴を喰わせぬ算段にて、
※ 生得(しょうとく)- 生まれつき。もともと。
※ すゝどい(鋭い)- 機をみるに敏である。わるがしこい。
※ 吝ん坊(しわんぼう)- けちな人。けちんぼう。しみったれ。


《一九》モシこのくろ鯛という奴は、美味(うま)い魚だが、これほど汚ねえ魚はねえの。
《権八》ソリヤァなぜだい。
《一九》これは船中で、とかく船頭の糞をたれる所にばかり、固まっている奴で、糞ばかり喰つているから、うめへはずだね。
《権八》エゝ、穢いやぁ。
《一九》そのまた船頭というものは、無性になんでも大喰(おおぐら)するものだから、そのためか糞も、黒いのや、赤いのや、紫色のぶつ/\したやつをし、皆この黒鯛めがくらってしまうそうさ。
(この項続く)

一九之紀行の書き出しは中々格調高く、さすが本家は違う、と感心していたのも束の間、いきなり汚い話になってきた。江戸の民衆は素朴だから、こんな話に大笑い出来たのであろう。それはそれで、仕合せだったのかもしれない。
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