2017年5月5日(金) 5:00-7:30pm 邦楽ホール、石川県立音楽堂
オール・ベートーヴェン・プログラム
ベートーヴェン・ピアノ・ソナタ 全曲演奏 第4夜
第5番ハ短調 塚田尚吾 5-8-4′
第6番ヘ長調 近藤嘉宏 6-5-3′
第13番変ホ長調 田島睦子 5+2+3+6′
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第15番ニ長調 田園 藤野まり 11-7+3+5′
第18番変ホ長調 平野加奈 5-4-3-4′
第29番変ロ長調 ハンマークラヴィーア バリー・ダグラス 11-3-19-11′
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ガル祭2017
ベトソナ全曲第4夜千秋楽。
5月2日からスタートしたベトソナ企画、本日千秋楽。この日だけ2時間半のリサイタル、収まらないかもしれない。
29番はキャンセルしたソン・ヨルムに代わりバリー・ダグラス。ベトコン1の代打は早めに横山さんと告知がありましたが、こちらのほうは誰が代打なのかしばらくノーティスが無くてどうなるのかと思っていたのですが、なんとバリー・ダグラスがすると一二日前にきまったようです。
この日の公演は6曲で気がつけば大詰め最後のハンマークラヴィーアでバリーが全部さらっていってしまった感があるが、それはそれとして。
第5番
初日に22番を弾いた塚田さんが少しぎくしゃくとさせながらピアノが小さく見えるその体躯で開始。
4番までコテコテシンフォニックな4楽章ソナタでしたが、5番になって何か抜けるような余裕の歌を感じる作品。流れるような作品、演奏のほうはやや重いけれども、しっかりとひとつひとつくさびを打っていくようなスタイルも良いものだ。
第6番
作品10の3個のうち2つ目の曲。近藤さんのプレイは1つ目の塚田さんとは随分と違って軽快。切れ味が鋭い。ひとつずつの音符の切れ込みが鋭い。緩みのないピアノですね。
5番6番はそれまでの硬さから一歩先に出たような柔らかな歌い口で魅力的な作品とあらためてわかりました。いい演奏でした。
第13番
前半の最後は田島さん。月光の先取り感。独特の雰囲気あるリズムで進行。手慣れた語り口で、リズムが強調されながらそれ自体一つの歌のような感じです。膨らみのある演奏で楽しめました。
ここで前半終了。
千秋楽の時間割は2時間半。締めのフィナーレイベントもあるのだろう。でも6曲とはいえ大規模な曲が多いのでたぶんギリギリになる。と思っていたら潮さんの告げた休憩は10分ほど。まぁ、演奏しまくりはこちらとしては願ってもない事だ(笑)。
第15番 田園
この曲はコクがありまくりでじっくりと聴きたい。
藤野さんはベトソナ全ではこの15番のみ。息の長い主題から始まる。歌い出しは淡々としたもので響きを楽しむ感じ。徐々に音楽に没頭していき、没頭するにつれ演奏のほうは歯切れがよくなる。輝きが増す。腕がさえる。
アンダンテも規模が大きい。バスの規則正しい刻みが心地よい。それに乗るように鮮やかな歌。田園というよりも思索の森の小道を正しく歩むベートーヴェンといった感じか。切れ味の良い演奏は本当に心地よい。スケルツォも同じモードを引き継ぐ。
終楽章は大きさが戻ってきて、曲自体シンフォニックなものではないけれども、第4楽章終楽章としてのバランスの良さは見事なものですね。落ち着いた気分で演奏を聴き終えることが出来ました。お見事な演奏でした。
第18番
この曲は中間のスケルツォ楽章が一度聴いたら忘れられないメロディー。平野さんはノリノリでスパスパと小気味よい。楽章毎に結構雰囲気が変わる作品で、小ピース集のような具合もある中、演奏スタイルとして決まったものがあって、16番17番とは違った明瞭な輪郭と芯を感じさせる佳演でした。
第29番 ハンマークラヴィーア
ベトソナ全企画千秋楽最後の演奏はバリー・ダグラス。
さっと始まる。ささっと進む。気負いゼロ。余計なジャブジャブ感は皆無。作品の音符だけがそのまま出てくる。いきなりの2分休符。ベトソナ最後の4楽章構成はやっぱりシンフォニックなもので編曲すればすぐにシンフォニーになりそうな気配。
第1主題からベートーヴェンの意識は第3楽章の幾何学模様の前出し的な装い。幾何学メロディー。
バリーの腕の動きは速い。ひとつの音を弾き終えると、次の音となる鍵盤への両腕の移動がものすごく速い。あっという間に次の鍵盤上に到達している。ささっささっと右左に動く腕捌き。あの動きがあればこそ、いともたやすく、大きな表現力を実現できるのだろうね。目まぐるしく変わる主題。ソナタの構造がバリーの腕から透けて見えてくる。主題の切り替えの見事さ。水際立ったきれいな音。構造が巨大伽藍の様相を呈しそのパースペクティヴ感に悶絶。素晴らしい。素晴らしすぎる。
幾何学模様が最後、積分されて積み重なる。興奮の極みですな。
第2楽章のスケルツォはエキスのみ。理想的な体脂肪率。作曲家はこのスケルツォがベトソナフィニッシュとなるのを認識していたのかもしれない。偉大なものは単純なり。
光るバリーの腕捌きは音楽を立体的にする。ジャングルジムを通して先が見えてくる。この構造感。
第3楽章、アンダンテ・ソステヌート。
昨年2016年、ユジャ・ワンの29番を二回聴きました(9/4、9/7)。あれも別世界でしたけれども、今日のバリーはもう一つの別世界かな。
幾何学模様が機能的に運動している。音のない空白さえ音楽になっているユジャのこの楽章でしたけれども、時間軸が大幅に伸びたバリーの演奏では音が一つのパッセージが済んでもそれが底辺を据えたままで斜め前に動いてきて、また別のフレーズが斜めに動いてきて、それらが新たな構造物のようになり動き出す。抽象的ですね。ま、そうゆうことです。
ベートーヴェン別世界の模索から到達へ。幾何学模様は何層にもなっている。
バリーの音は何層もある。素早く動く両腕はここでも変わらない。ピンポイントでセットアップされた位置から指が垂直に落ちる。響きの強さは何段階でも作れそうだ。
沈殿した灰汁は取り払われ、清らかな音は静謐さを増し、ユニバースの広がりを魅せてくる。身体が宙に浮いていく。宇宙がゆっくりと一回転しているような筆舌に尽くし難い演奏だ。
終楽章は前楽章の夢の世界をひきずったような境目の感じられない序奏のあと、最初の2小節ほどでこれってフーガだよねって極めてよくわかる。なんだか、安堵。
バリーの技には音響美が加わっていく。幾層もあった響きが重なり合って厚みを増し勢いを増していく。凄い、ジャングルジム、分解されて宙に浮いて遠くに果てる。
夢のような世界、凄い演奏でした。感動した!!
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夢のような世界、現実に戻してくれたのは、係のオヤジ。潮さんとちょっとしたマイク挨拶をしたバリーに向かって袖口から怒鳴り散らしている。予定時間越えのリサイタルとなったためフィナーレのエンディングに間に合わなくなるからあんまりしゃべらず早くしゃべ終われという感じだと思うが、潮さんが恐がっている。
この見苦しい係オヤジを次までにファイアーしてくれることを望む。日本では国会中継の政治家からテレビドラマの刑事ものまで怒鳴り散らすDNAがあって日常茶飯事とはいえ、全部ぶち壊しそうになったこのオヤジ、見えたのは前席の方たちだけだろうから不幸中の幸いか。オヤジも目を開き、世界を見てけれよ。
それに、このお祭りのタイムチャート。これ自体は問題ないかも知れないですけれども、例えば今回出演した3オーケストラ、高雄市響を除く2オケのモタモタとした登場は、在京にも同じようなオケがあるが、それ以上にひどいもの。だからフィナーレも少しぐらい遅れてもいいんじゃないのと言いたくなる。舞台にナビゲーターがいるからそこを怒鳴るというのは大いなる間違いで、それがいないオケ演奏ならいいのかと。まずはオペレーションの極意を学べ。
運営については色々とあったようですが、バックステージストーリーは好きではありませんのでやめます。見えた話しかしません。
この後味の悪さはありましたけれども、そういった事をはるかに越えたベトソナ全企画、大いに楽しめました。本当にありがとうございました。
おわり
左桟敷席から