河童メソッド。極度の美化は滅亡をまねく。心にばい菌を。

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OCNから2014/12引越。タイトルや本文が途中で切れているものがあります。

1759- クッレルヴォ、新田ユリ、アイノラ響、2015.3.3

2015-03-04 01:18:37 | コンサート・オペラ

2015年3月3日(火) 7:10pm トリフォニー

日本シベリウス協会 プレゼンツ
シベリウス生誕150年シリーズ

シベリウス  クッレルヴォ  13′18′24′10′12′
  メッゾ、駒ヶ嶺ゆかり
  バリトン、末吉利行
  男声合唱、フィンランディア男声合唱団ラウル・ミエヘト
       お江戸コラリアーず

No int

シベリウス フィンランディア  9′
  男声合唱、フィンランディア男声合唱団ラウル・ミエヘト
       お江戸コラリアーず

(enocre) 
シベリウス  Venematka(舟旅)  2′
合唱指揮、マッティ・ヒュヨッキ

指揮、新田ユリ
管弦楽、アイノラ交響楽団
合唱指揮、マッティ・ヒュヨッキ


シベリウス生誕150年記念の好企画。めったに聴くことのない曲。生では初めて聴きます。
カレワラの叙事詩は学生の頃、岩波文庫2冊組セットを一束にしパラフィン紙のようなもので締めたのを読んだことがあるが中身は忘却。かなりぶ厚いものでしたね。今もう一度読むかと言われれば、いや、国内もの、源氏物語でも読むだろうという話になりますが。いずれにしても本を手に取り読みつくす味わいと言うものは格別な紙の世界のことですね。
ということでシベリウスのクッレルヴォの部分は、物語としてはドラマチックで悲劇的な部分、この日のプログラムパンフは中身の濃いもので読みがいがあり、あらためて十分中身を知ったうえで聴くことになりました。字幕が無いのがいたいというところはあります。
ちょっと付け加えると、この充実したパンフを演奏会スタート30分ぐらい前に読み込む人もいるわけで、そんななかプレトークを演奏会スタートのギリギリまで長々と30分もしてしまった日本シベリウス協会のかた、シベリウスに愛着と言うより思い込みの世界ではないか、10分程度に抑えて、その話をもってプログラムパンフを読むような時間が欲しかったです。長すぎた講釈でした。

新田女史は以前、アマチュアオケの新日本交響楽団を指揮するのを聴いたことがあります。その2011年のシベリウス1番の時も感じましたが精力的な棒です。今日のクッレルヴォも、やや上向きに明確な棒で、大きな振りだがわざとらしさが全く無い、なによりも疲れをしらない、100人規模の人たちを振りぬく姿には見惚れます。
無尽蔵なエネルギーをインテンポと大きなフレーム感覚にすべて費やし、まだ炎が残っているというカタルシス的に素晴らしい指揮者で、メンバーがひき込まれてよくついていく指揮、練習の質、量、人としての魅力、才能、こういったことを感じないわけにはいきません。


この曲はシベリウスの後期の感覚で聴いたら随分と印象が違う。普通にストーリーに音楽が付帯し連続していく。第3楽章など凝視して指揮を見ると変則拍子の連続のようなもので、それをことさら強調するわけでもなくさらりと精力的に振りぬく指揮者もすごいが、シベリウスの作曲家技法が水面下の出来事のように割と違和感なくシームレスに流れていく。1番長いこの第3楽章では音楽がうなりをあげるようなところがみられかなりの高揚感でした。オーケストラのアイノラ響、お初で聴きましたが必要にして十分な見事さだったと思います。合唱、独唱ともにこの第3楽章がメインで白眉。第4,5楽章に向けてオーケストラが活力を増していく。この日の演奏会は全自由席で、極力前のいいほうに座ったつもりですがティンパニが飽和気味でそれだけが残念なところでした。が、
各シーンとストーリーの内容がシンクロしていて飽きない。シンフォニックであったり、オペラっぽかったり、一見いろいろなものが雑然と並んでいる風情ではありますが、全体としては構成は悪くない。字幕が無いのが惜しいが、シーンの音楽がその部分の物語をストレートにイメージさせてくれるのでわかりやすいもの。エネルギッシュで充実の内容でした。
ソリストの駒ヶ嶺さんは表現に起伏と幅がありシベリウスにはいりこんでいっている説得力のあるもの。
合唱は混成部隊で、日本側の合唱団のネイミング、なんですかね、これは。アマチュア丸出しの名前で、ちょっとぐらい大目に見てよ、みたいな気持ちは微塵もないとは思うが、唱歌内容にプラスになることが一滴も無いもので、このようなネイミングは個人的にはもっとも嫌いなものです。経緯はいろいろあるのでしょうが目にもよくない、次回から改名してほしいと思います。

この長いクッレルヴォの後、休憩なく、合唱付きのフィンランディア。快速なテンポのこなれた新田棒。

そしてアンコールは、指揮者がフィンランド側の合唱指揮者のヒュヨッキ氏にバトンタッチ、もっとも有名な曲ですと言いつつ、情熱的な指揮でアカペラが鳴り響き、エンド。


全体印象として、なにか大きなものを聴いたという充実感があとあとまで残るもので、この曲の良いところを、プレイヤーが大きく背中を押した、そして新田女史の指揮と言うのが全てを持ち上げてくれた。味わい深い作品に様変わりした若いシベリウスの呼吸を感じた一夜でした。
ありがとうございました。