中山茂/吉田忠校注、日本思想大系『洋学 下』(岩波書店、1972年6月所収、同書9-52頁)
途中、原著にない彼独自の内容補足が(おそらくは自分の文体と論理からみて脱けていると思われた部分に)あったり、陰陽五行と結びつけて解釈しようとしたりする、これはのちの『暦象新書』にも見られるところの、翻訳という性質から言えば不必要どころか有害な補論があったりするが、翻訳としては極めて正確である(テキストの校注者が内容についてはほとんど誤りを指摘していないことから)。
志筑は、この訳書で、原理を「辨識」、物理学を「格物学」と訳している。さらに自然法則および形式論理を「理」、幾何学を「度学」としている。
度学ハ格物学ノ本タリ、数ト理トヲ重ンズ。(第二十七按)
もっともこれは原著者カイルの言葉である。福澤諭吉の『福翁自伝』における、「元来わたしの教育主義は自然の原則に重きを置いて、数と理とこの二つのものを本にして、人間万事有形の経営はすべてソレカラ割り出して行きたい」、「東洋になきものは、有形において数理学」を思い起こさせる。
追記。この文章を書いた後、『大人の科学』の「WEB連載 江戸の科学者列伝 志筑忠雄」を読んだ。たいへん参考になった。
途中、原著にない彼独自の内容補足が(おそらくは自分の文体と論理からみて脱けていると思われた部分に)あったり、陰陽五行と結びつけて解釈しようとしたりする、これはのちの『暦象新書』にも見られるところの、翻訳という性質から言えば不必要どころか有害な補論があったりするが、翻訳としては極めて正確である(テキストの校注者が内容についてはほとんど誤りを指摘していないことから)。
志筑は、この訳書で、原理を「辨識」、物理学を「格物学」と訳している。さらに自然法則および形式論理を「理」、幾何学を「度学」としている。
度学ハ格物学ノ本タリ、数ト理トヲ重ンズ。(第二十七按)
もっともこれは原著者カイルの言葉である。福澤諭吉の『福翁自伝』における、「元来わたしの教育主義は自然の原則に重きを置いて、数と理とこの二つのものを本にして、人間万事有形の経営はすべてソレカラ割り出して行きたい」、「東洋になきものは、有形において数理学」を思い起こさせる。
追記。この文章を書いた後、『大人の科学』の「WEB連載 江戸の科学者列伝 志筑忠雄」を読んだ。たいへん参考になった。
「日本思想大系」59『近世町人思想』(中村幸彦校注、岩波書店、1875年11月)収録、同書85-173頁。
冒頭に「庶人に四つの品あり」として「士農工商これなり」と言うから、折角同時代人でありながらこいつは漢籍頭の野郎の本箱かと思ったが、そのすぐ後に「此四民のうち工と商とをもって町人と号せり」と言い換えていたので、気を取り直して続きを読む気になった。
冗談はさておき、西川如見の「理」は、みごとなほどに倫理と物理が結合している。癒着していると謂ってもいいほどである。そして前者が後者を、完全に包摂している。「夫(それ)命は生きとしいけるもの、惜きことは天理自然なり」(巻一)といったものがその用例の一である。
この人の学問とは、世間の常識を確認する為にある。彼は真理の探究には興味がない。また彼にとり聖人の教えは、社会の伝統慣習その他、現実世界の倫理的正しさを証明するために存在するものであり、そしてこんどはそれが逆に聖人の教えの正しさの証明になるという、循環論法を形成している。
これは、学問の実用主義的理解と言い換えてもいい。彼は町人(商人)道を説いて、「金にならないことは価値が無い、学問は本業に差し障りがない程度にとどめるべし、できれば本業に役立ててこそあるべき学問だ」(要約)というのだが、だが四書五経のどこに金儲けせよと教えているか。理をむさぼるな、普段は慎ましくあれと教えたところで、安く買い高く売る商人の本質が変わるわけではない。
身分制を"自然(の)天理”として無条件無批判に肯定し、己の分際に疑問を抱かず生きることを本分を尽くすと言い換え、それを正当化する為に儒教の教えをもってくるからこんなおかしなことになる。では侍は人を殺すのが聖経”に叶うことになるのか。
例えば同書巻五、"公”の解釈を見よ。「公の字はおふやけと読みて天理にして私なき事を公とはいへり」。だから天理として公儀を畏れ慎まねばならぬと。だがその字を冠しているから即実体も「天理にして私なき」であるとは言えない。ここに詐術がある。公には「支配者」という意味もある。
ただ彼が自然現象と人間の行いの相関関係を否定している点は、注意すべきと思える。『町人嚢底払』巻上。「天地に凶事なし。凶は人にあり。〔略〕人界目前の情意なり。」
冒頭に「庶人に四つの品あり」として「士農工商これなり」と言うから、折角同時代人でありながらこいつは漢籍頭の野郎の本箱かと思ったが、そのすぐ後に「此四民のうち工と商とをもって町人と号せり」と言い換えていたので、気を取り直して続きを読む気になった。
冗談はさておき、西川如見の「理」は、みごとなほどに倫理と物理が結合している。癒着していると謂ってもいいほどである。そして前者が後者を、完全に包摂している。「夫(それ)命は生きとしいけるもの、惜きことは天理自然なり」(巻一)といったものがその用例の一である。
この人の学問とは、世間の常識を確認する為にある。彼は真理の探究には興味がない。また彼にとり聖人の教えは、社会の伝統慣習その他、現実世界の倫理的正しさを証明するために存在するものであり、そしてこんどはそれが逆に聖人の教えの正しさの証明になるという、循環論法を形成している。
これは、学問の実用主義的理解と言い換えてもいい。彼は町人(商人)道を説いて、「金にならないことは価値が無い、学問は本業に差し障りがない程度にとどめるべし、できれば本業に役立ててこそあるべき学問だ」(要約)というのだが、だが四書五経のどこに金儲けせよと教えているか。理をむさぼるな、普段は慎ましくあれと教えたところで、安く買い高く売る商人の本質が変わるわけではない。
身分制を"自然(の)天理”として無条件無批判に肯定し、己の分際に疑問を抱かず生きることを本分を尽くすと言い換え、それを正当化する為に儒教の教えをもってくるからこんなおかしなことになる。では侍は人を殺すのが聖経”に叶うことになるのか。
例えば同書巻五、"公”の解釈を見よ。「公の字はおふやけと読みて天理にして私なき事を公とはいへり」。だから天理として公儀を畏れ慎まねばならぬと。だがその字を冠しているから即実体も「天理にして私なき」であるとは言えない。ここに詐術がある。公には「支配者」という意味もある。
ただ彼が自然現象と人間の行いの相関関係を否定している点は、注意すべきと思える。『町人嚢底払』巻上。「天地に凶事なし。凶は人にあり。〔略〕人界目前の情意なり。」
翻訳:冨田健次、清水政明、グエン・バー・チュン、ブルース・ワイグル、郡山直、 矢口以文、結城文、沢辺裕子、島田桂子。
「序」をへて、本文部は、無名氏「南国山河」より始まる。
南國山河南帝居 (南国の山河は南帝の居)
截然分定在天書 (截然として分かち定むるは天書にあり)
如何逆虜來侵犯 (如何にして逆虜は来たりて侵犯す)
汝等行看取敗虚 (汝等行きて敗虚を看取せよ) →参考
モンゴル・元侵攻時の抵抗詩を経て、中国明による第二北属期を終わらせた宣言「平呉大誥」、清代乾隆帝の侵略時の抵抗詩、そしてフランスまた米国とのたたかいを詠う詩が続く。
日本および韓国の詩人によるベトナム戦争反戦詩も収録されている。日越国交樹立四十周年を紀念しての出版とのこと。→参考
(コールサック社 2013年8月)
「序」をへて、本文部は、無名氏「南国山河」より始まる。
南國山河南帝居 (南国の山河は南帝の居)
截然分定在天書 (截然として分かち定むるは天書にあり)
如何逆虜來侵犯 (如何にして逆虜は来たりて侵犯す)
汝等行看取敗虚 (汝等行きて敗虚を看取せよ) →参考
モンゴル・元侵攻時の抵抗詩を経て、中国明による第二北属期を終わらせた宣言「平呉大誥」、清代乾隆帝の侵略時の抵抗詩、そしてフランスまた米国とのたたかいを詠う詩が続く。
日本および韓国の詩人によるベトナム戦争反戦詩も収録されている。日越国交樹立四十周年を紀念しての出版とのこと。→参考
(コールサック社 2013年8月)
劉備と曹操、鬚の形と髪型が異なるだけで、あまり見分けがつきません。この人ならもっと書き分けられるはずなのに(他の人物の肖像でそれは窺える。あるいはこの人の『東周英雄伝』の毎回多種多様な風采の主人公からも)。「美男にしてくれ」という要請があったのか。
(角川書店 2002年8月)。
(角川書店 2002年8月)。
副題 "A Political History of Republican Sinkiang 1911-1949"
先のMillward "Eurasian Crossroads: A History of Xinjiang"の、第二次東トルキスタン共和国独立時のカザフ人の活動や、独立勢力による漢人虐殺についての記述は、多くをこの著に負っている。'Sinkiang, 1944-6: Muslim "separatism" under the Kuomintang', 'The Kazakh Revolt in Zungharia and the birth of the "East Turkestan Republic" in Ili', pp. 170-176.
(Cambridge University Press, 1986)
先のMillward "Eurasian Crossroads: A History of Xinjiang"の、第二次東トルキスタン共和国独立時のカザフ人の活動や、独立勢力による漢人虐殺についての記述は、多くをこの著に負っている。'Sinkiang, 1944-6: Muslim "separatism" under the Kuomintang', 'The Kazakh Revolt in Zungharia and the birth of the "East Turkestan Republic" in Ili', pp. 170-176.
(Cambridge University Press, 1986)
当たり前のことだがこれは真面目な第三者の研究者による客観的な研究なので、1944年11月に成立する第二次トルキスタン共和国の、独立運動の口火を切ったのがウイグル人ではなく前年1943年秋頃から活動を始めたカザフ人であったことも、彼らがソ連の援助と影響下にあったことも、そして彼らが1944年10月の蜂起の最初にイリ地区の各地で新疆在住の漢人を虐殺したことも、すべて憚らず書いてある('5. Between China and the Soviet Union (1910s-1940s)', pp. 215-216)
(New York: Columbia University Press, 2007)
(New York: Columbia University Press, 2007)
(『唐宋八大家読本』所収。維基文庫にテキストあり)
最後の一文の意味がよくわからない。文章の構成上、その少し前の部分から挙げる。
嗚呼!吾未耋老,自始至今,未四十年,而哭其祖子孫三世,於人世何如也!人欲久不死,而觀居此世者,何也?
問題としたいのは下線部である。
通常は、「人久しく死せざるを欲して、而も此の世に居る者を観るは何ぞや」と訓読するようだ(例えば有朋堂文庫、岡田正之『唐宋八大家文』)。あるいは「観るに何ぞや」(中国古典選、清水茂『唐宋八家文』)。だがいずれにせよ、文意がよく分からない。「長生きをしたいと思いながら、この世に生きる人間を眺めるのは、何だろう」というのはいったいどういう意味なのだろう。
まず考えられるのは、その前にある「於人世何如也」の句から考えて、ここの「何也」も、「何如也」で、つまり「如」の字が脱けているのではないかということである。これはすでに先人の指摘がある(漢籍国字解釈全書、松平康国『唐宋八大家文読本』による)。しかしそれでも意味は相変わらずはっきりしない。
ここで引用部分をすべて訓読してみる。ただし必ずしも伝統的なそれには従わない。
嗚呼、吾未だ耋老(年老いる)せず。始めより今に至るまで未だ四十年たらずして、其の祖と子と孫との三世を哭す。人世に於ける何如ぞや。人久しく死せざるを欲して、而も此の世に居る者を観るは何如ぞや。
前の「人世に於ける何如ぞや」の意味は明白である。「なんという世の中か」。だが後者は「何」を「何如」に入れ替えても依然としてよく分からない。いや「どういうことだろう」というそれ自体の意味は明らかだ。つまりは、その主語となる「人久しく死せざるを欲して、而も此の世に居る者を観るは」が不分明であることがすべての原因なのである。
先に名を挙げた清水茂氏は、ここの解釈として二つをあげておられる。
1.この世の人々が死なないもののごとく考えて平常くらしていることが不思議である。
2.人が死なないで、他人が次々と死に行くのを見ようとするのは、どういうつもりだろうか(知り合いの死ごとにその悲しみに堪えぬであろうに)。
ちなみに岡田正之氏の解釈は1のほうに近い。
清水氏は、それぞれ理由をつけてこのどちらの解釈も退けている。そしてご自身の解釈は示しておられない。つまり分からないとされたわけである(同書第1巻、143頁)。
私は、「人欲久不死,而觀居此世者,何也?」の部分は、衍文ではないかと疑っている。必要ではないからだ。「於人世何如也!」で終わっても、何も問題はない。
最後の一文の意味がよくわからない。文章の構成上、その少し前の部分から挙げる。
嗚呼!吾未耋老,自始至今,未四十年,而哭其祖子孫三世,於人世何如也!人欲久不死,而觀居此世者,何也?
問題としたいのは下線部である。
通常は、「人久しく死せざるを欲して、而も此の世に居る者を観るは何ぞや」と訓読するようだ(例えば有朋堂文庫、岡田正之『唐宋八大家文』)。あるいは「観るに何ぞや」(中国古典選、清水茂『唐宋八家文』)。だがいずれにせよ、文意がよく分からない。「長生きをしたいと思いながら、この世に生きる人間を眺めるのは、何だろう」というのはいったいどういう意味なのだろう。
まず考えられるのは、その前にある「於人世何如也」の句から考えて、ここの「何也」も、「何如也」で、つまり「如」の字が脱けているのではないかということである。これはすでに先人の指摘がある(漢籍国字解釈全書、松平康国『唐宋八大家文読本』による)。しかしそれでも意味は相変わらずはっきりしない。
ここで引用部分をすべて訓読してみる。ただし必ずしも伝統的なそれには従わない。
嗚呼、吾未だ耋老(年老いる)せず。始めより今に至るまで未だ四十年たらずして、其の祖と子と孫との三世を哭す。人世に於ける何如ぞや。人久しく死せざるを欲して、而も此の世に居る者を観るは何如ぞや。
前の「人世に於ける何如ぞや」の意味は明白である。「なんという世の中か」。だが後者は「何」を「何如」に入れ替えても依然としてよく分からない。いや「どういうことだろう」というそれ自体の意味は明らかだ。つまりは、その主語となる「人久しく死せざるを欲して、而も此の世に居る者を観るは」が不分明であることがすべての原因なのである。
先に名を挙げた清水茂氏は、ここの解釈として二つをあげておられる。
1.この世の人々が死なないもののごとく考えて平常くらしていることが不思議である。
2.人が死なないで、他人が次々と死に行くのを見ようとするのは、どういうつもりだろうか(知り合いの死ごとにその悲しみに堪えぬであろうに)。
ちなみに岡田正之氏の解釈は1のほうに近い。
清水氏は、それぞれ理由をつけてこのどちらの解釈も退けている。そしてご自身の解釈は示しておられない。つまり分からないとされたわけである(同書第1巻、143頁)。
私は、「人欲久不死,而觀居此世者,何也?」の部分は、衍文ではないかと疑っている。必要ではないからだ。「於人世何如也!」で終わっても、何も問題はない。
メモ。
国家という土台のあり方が資本主義という上部構造を規定する。英米型の司法中心のガバナンスが株主資本主義を生み出し、官僚中心の大陸法は「ステークホルダー資本主義」を生み出した。日本の「国のかたち」はこのどちらとも違い、コモンロー的なゆるやかな社会規範に大陸法型の厳格な法体系が乗っているため、法の支配が機能していない。 (下線は引用者)
ただしこの論、「実はヘーゲル法哲学でも所有権や契約は所与として「社会的分業や交換によって媒介される」市民社会が構成されているので、暗黙のうちに国家を前提にしている」から「資本主義の土台は国家」で、「だとすれば、国家という土台のあり方が資本主義という上部構造を規定する」という議論はおかしい。ヘーゲルの主観的理論がそうだから客観的現実の証明になるという主張は成り立たない。
国家という土台のあり方が資本主義という上部構造を規定する。英米型の司法中心のガバナンスが株主資本主義を生み出し、官僚中心の大陸法は「ステークホルダー資本主義」を生み出した。日本の「国のかたち」はこのどちらとも違い、コモンロー的なゆるやかな社会規範に大陸法型の厳格な法体系が乗っているため、法の支配が機能していない。 (下線は引用者)
ただしこの論、「実はヘーゲル法哲学でも所有権や契約は所与として「社会的分業や交換によって媒介される」市民社会が構成されているので、暗黙のうちに国家を前提にしている」から「資本主義の土台は国家」で、「だとすれば、国家という土台のあり方が資本主義という上部構造を規定する」という議論はおかしい。ヘーゲルの主観的理論がそうだから客観的現実の証明になるという主張は成り立たない。