書籍之海 漂流記

看板に掲げているのは「書籍」だけですが、実際は人間の精神の営みすべての海を航海しています。

ポンサルマーギーン・オチルバト著 内田敦之ほか訳 『モンゴル国初代大統領 オチルバト回想録』 から

2009年09月08日 | 抜き書き
 企画者佐藤紀子。 

 モンゴル国は清朝の庇護下で「ハルハ法典」を持っていた。これはこの国が独立を失い、清朝支配下に入ったのではないことを証明する大きな根拠ではなかろうか。象徴的な君主や支配というものは、当時ばかりか今日でも存在している。オーストラリアの元首は英国女王エリザベス二世である。だからといって、オーストラリアを独立国家と見なさぬとは、世界中の誰も口にしない。国連加盟国である。 (「第五章 モンゴル国家」 本書164頁)

(明石書店 2001年10月)

梅棹忠夫 『梅棹忠夫著作集』 2 「モンゴル研究」 から

2009年09月08日 | 抜き書き
 中国文化の影響――いわゆる漢化――は、モンゴルの牧畜経済と社会を、破壊したのではなく、進歩させ完成に近づけたという見方。

 チャハルは、シリンゴルにくらべて、各方面ですすんでおり、これは、牧畜そのものについても、まあ牧畜社会についてもいいうることです。〔略〕家屋は固定して不必要な移動はなくなり、しかも必要なかぎりにおいての運動性を保有しているのです。〔略〕従来ややもすればシリンゴルこそ純粋の牧畜地帯であり、チャハルは漢人の影響のもとによほど変形をうけ、ゆがめられた、くずれた牧畜であるとみられがちでしたが、事実はむしろ逆で、チャハルのほうが牧畜として完成にちかづいている、とかんがえられます。経済方面についてもすすんでいます。〔略〕チャハルのほうがよほど近代的牧業に接近しているのであります。 (「西北研究所内蒙古調査隊報告」《1945年3月14日発表》「三 蒙古牧畜社会のとらえかた」 本書153-154頁)

 漢人との接触とその影響は、牧畜を、生活様式から生産を目的とする産業へ、自然経済から意志経済へと変化させているという。

 〔略〕つぎのような仮説を提示することができます。チャハルはすでに、シリンゴルに一歩さきんじて、近代的再編成の過程にある、そして、近代化の力が、チャハルよりもいっそうはやく作用し、完了したのが満州の熱河地方の蒙古人地帯である、とかんがえられます。 (156頁)

 文化については、風俗習慣の漢化の進捗にかんして、モンゴル人がその分漢人に同化されたことであり、それは問題だとしつつも、「しかし、いちばん重要なことは、けっきょくは蒙古人があらたな知恵を身につけ、ひいては社会が発展した、ということになるのではないかとおもいます」、また「〔漢人入植者の圧迫によってチャハルの牧畜と社会が崩壊にさらされているという〕通説を検討してみますと、けっきょく、漢人によってもたらされたものは、チャハル牧民にとってよいことのほうがおおかったのであります」(156頁)とする。

 漢人との接触がひとつの動機となって、チャハル自身が近代へと転換しつつあるということではないでしょうか。よりたかい文化との接触がもたらす転換とかんがえれば、こうした過程は世界のいたるところに共通する現象であるとおもわれます。 (156頁)

(中央公論社 1990年10月)