くじら図書館 いつかの読書日記

本の中 ふしぎな世界待っている

「ヨシアキは戦争で生まれ戦争で死んだ」面高直子 その1

2010-08-06 21:45:02 | エッセイ・ルポルタージュ
澤田美喜が、スティーブという名前に抱いた愛着と惜愁が、この作品に色を落としています。エリザベスサンダーホームの創始者である彼女の思いがこもっている。「四歳で入園してきた義明に、英語名を『スティーブ』と授けたのは澤田だった。学園名の聖ステパノの英語読みから取ったのだ。そしてその『ステパノ』は、戦時中に特攻で亡くした息子の洗礼名『スティーブ』から名付けられていた」。だから、澤田がどれほど義明を慈しんたかがよくわかります。父の国アメリカで、幸せになってほしい。そう思って、野球を教えに来てくれたロンに託したのでしょう。
ロンの養子となったスティーブ(義明)は、隣家のダンやその家族と親しみ、学校でも人気者になっていきます。スポーツ万能で控えめな彼は、野球、フットボール、バスケットなどで活躍。ガールフレンドもできて、楽しい高校生活を送るのでした。
しかし、プロムの夜、ガールフレンドの父親から罵声を浴びせられ、自分がアメリカ人として認められていないことに愕然とします。
メジャーリーグからのスカウトがあったにも関わらず、ダンの後を追うように軍隊に入ったスティーブは、ベトナム戦争で命を落としたのでした……。
面高直子「ヨシアキは戦争で生まれ戦争で死んだ」(講談社文庫)。ぐいぐいと読まされます。旅行に行っていたのですが、止まらなくなってしまって、暇を見つけては読みました。
面高さんが、この本を出版したのは、テレビのプロデューサーだったご主人が亡くなり、彼が追い掛けていたドキュメントを完成したいと思ったからだそうです。
このことを題材にしたテレビ番組は放送されたものの、まだまだ書き残したいものがある。しかし、構成原案までの段階でご主人が亡くなり、面高さんは、スティーブを巡る人々にあらためてお話を聞きながら執筆した。
スティーブが戦死したのは、一九六九年。もう四十年もの時が経っています。当然ながら面高さんは直接彼に会ったことはない訳です。しかし、ロンやダン、生母である次恵を始めとする人々の詳細な記憶が、この作品に結実しています。
数々の写真や義明の作文や詩も取り上げられ、彼の足跡が再構築されます。運命に導かれるように出会う関係者たち。スティーブの命が失われる瞬間に居合わせたという広報官が、後に失踪してしまうというショッキングな出来事もありますが、彼らはスティーブのことを大切に思っていて、その人生を何とか言葉で遺したいと考えたのではないか、と感じさせられました。
続きます。