「若い根っこの会」会長の加藤日出男さんが去る12月22日に亡くなった。90歳であった。若いときの写真しか見たことがなかったが、老いてもなお意気盛んだったのではないだろうか。左翼的なイデオロギーを振りかざすのではなく、分かりやすい言葉で若者と語り合った。加藤さん自身が秋田市出身の東北人であったこともあり、アットホームな運動を展開したのだった▼「美しい花を見て根っこを思う人は少ない。根っこを張ってがんばろう」というスローガンで始まったのである。昭和36年には川越市には拠点となる「根っこの家」が完成し、最盛期には会員が3万人を超えた。月刊「友情」という雑誌も出していた。学園騒動に明け暮れた団塊の世代の中にも、真面目に頑張った若者たちがいたのである▼加藤さんは額に汗して働く人たちの仲間であった。集団就職で東京に出てきても、友達をつくるのは大変だった。加藤さんが中心になって若者の交流の場が生まれたのだった。そこで知り合って結婚したカップルは2500組を超える。加藤さんの活動はある面では地味であった。革命家のような大言壮語をしなかったからだ。出会いの場をつくるというのは、社会運動の根本原則なのであり、だからこそ加藤さんは、多くの若者の心をつかんだのである。
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少なくとも議員たちは、親中派と思われたくない、親中派と思われたらまずいと感じたのだろう。そういう事情があった。かりに直接であれ間接であれ、中国から何らかの利益を得ていたとしても、ここで法案に反対して親中派のレッテルを張られた場合の不利益や有害性がむしろ、中国絡みの利益をはるかに上回り、あるいは致命的であったりする。そうした事情があったのではないかと思われる。
打算的なところは、イデオロギーに関係なく、米国の議員も日本共産党の政治家も共通しているわけだ。利害関係を天秤にかけて選択をするのは一種の本能である。中国共産党も然り。そもそも理念の共有も利益の共有も、永続的ではない。いざというときになれば、裏切られたりするものだ。(中略)
『Pick a side』(どちらの側につくのかを決める)の時代である。中立や中庸はない。」
(注:「2019/12/03 WEDGE Infinity・立花 聡」から)