Model 107

1985年の107
じっくり時間をかけてお気に入りの一台に仕上げます。

木古内町郷土資料館 いかりん館 8月27日 2017年

2018-01-05 | Weblog
昨年はハズしてしまった「木古内町郷土資料館 いかりん館」にやってきました。

昨年は思い切り「休館日」でしたが本日は「日曜日」であります。

2016年「いかりん館」の記事はこちらから。

門柱には「鶴岡小学校」のプレートが残されています。

立派な建物は昭和62年に建築された鶴岡小学校校舎であります。

学童の減少により平成23年に閉校となり、施設再利用として平成27年に木古内町郷土資料館「いかりん館」として開館しました。

木古内町にまつわる産業や町内62ヶ所の遺跡から出土した縄文時代の資料などを中心に展示されていますが…

もちろん、私のお目当ては2014年に惜しまれつつ廃止された「江差線」の展示資料であります。



昨年は「閉館」というプレートに愕然としましたが、本日は「開館中」であります。

*時間が早いので若干心配しておりました。

入り口のガラスドアーには例によってオジサンのシルエットが映っています。



木材がふんだんに使われた暖かな印象の玄関。

ここを「鴨居」と呼んでよいのでしょうか?「志高気清」の書が掲げられています。

垢にまみれ汚れた心のオジサンでも何となく意味は分かります。

*小学校の学童への言葉ですからね…心清らかな子供達へのメッセージでしょう。

「高く大きな目標を決め、その実現に向かって、清らかな気持ちで活動して下さい」という意味らしいです。

こんな言葉もあるらしいですよ…『志高清遠』(しこうせいえん) といって高い志を待ち、清らかな心を持って生きるという意味らしいです。

いずれにしても、オジサンの生き方とは無縁のようです。

また、肥薩線矢岳第一トンネルに掲げられた扁額に、それぞれ山縣伊三郎の揮毫で「天險若夷」(てんけんじゃくい)と後藤新平の揮毫で「引重致遠」(いんじゅうちえん)という言葉が残っております。

当時の鉄道事業偉業を賞賛した言葉であり私なりに感動した言葉でもあります。

肥薩線観光列車に「いさぶろう・いんぺい号」としてその名が今も残っています。

実際にその扁額をこの目で見てみたいと観光協会に尋ねたのですが、一般道からアクセスする方法は無く、しかも危険動物も出現するとのことで諦めました。

どうしても見たいのであれば列車の最前部に乗車してトンネルを往復するのが最善の方法だそうです。



入り口で入館の記帳を済ませると、学芸員の方が館内を案内してくださいます。

資料館ホールの一等地には木古内町沖合2kmから引き上げられた「咸臨丸」のものと推定される錨が展示されています。

「いかりん館」のシンボル的存在であります。

一応、江差線資料目当てのレール・ファンであることを告げ、鉄道資料に集中して観賞させていただきました。



こちらが「いかりん館」パンフレットであります。



おなじく「いかりん館」展示資料の配置と内容を説明してあります。



さて…ようやくお目当ての江差線展示コーナーです。

正面にはヘッドマークとサボが展示されています。

廃止されて間もない鉄道ですから、プレートも真新しいです。

国鉄時代に廃止された資料館のような「重さ」はあまり感じさせません。



列車の運転席計器とか…犬釘、枕木を持ち上げる木材トングなどがまとめて展示してあります。



渡島鶴岡駅、吉堀駅などの駅名標が展示されています。

駅ホームがあったその場所に展示されている駅名標も素晴らしいですが、やはり歴史的史料として後世に残していくにはこうした展示が最善なのでしょうね。



北海道の鉄道資料館ではよくお目に掛かる「乗車券箱」

使用感も薄くとても綺麗な状態で展示されています。





入館記念の硬券

改札鋏を使って自身で入鋏します。

自動改札が当たり前の今日、小さな子供達は何のことやら分からないでしょうね。



自身が興味のある江差線の展示ですから、見応えもあり大満足です。

これで入場無料ですから。

出来れば、江差線や北海道の廃線について語るような学芸員の方が常駐されているともっと楽しいかも…です。

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