Model 107

1985年の107
じっくり時間をかけてお気に入りの一台に仕上げます。

また歩いてきましたよ、橋巡り-07

2012-02-29 | Weblog
 「西深川橋」のほうで時間が掛かってしまって(ブログ書くのに時間が掛かったということですよ)まだこんな処か…
「大富橋」に到着です。

欄干が「波」をデザインしたみたいなウェービーな容が特徴です。



親柱はモダンなデザインで欄干のラインを引き継いでいるような…でも、印象も薄めでした。

商売をやっている方には「ありがたい」名前ではないでしょうか?



近くには高層の建物がそびえていて、どの位高いのかな~なんて思って画面に入るまで(18mm~のレンズで、です。…この日は橋を撮るので広めのレンズを持ってきたのですが、超広角ズーム10mm~のレンズに交換するのが面倒で…「何のために持ってきたんだ?」と、突っ込まれそうです。 かといって、歩きでカメラ2台ぶら下げて歩くのも大変そうだし)引いてみたらこんなところまで来てしまいました。



「新高橋」です。
名前の割にはそれなりに年季の入った威容ですよ。
門柱のように両脇にデザインされた親柱?…かなり力が入っているように思えます。



もちろん、こちらも赤矢印部分を見てください…「しんたかばし」と濁点読みです。




車輌の往来が少ないので、道路の中央からも撮っちゃいました。
前方に見える車両は、路駐ならぬ橋駐車ですからね。
のどかで良い感じでしたよ。



「新高橋」から護岸を歩いていくと…なんと!川の交差点に出ました。

小名木川と大横川の交差点?です。



さしずめこれは、交差点の信号機みたいなものでしょうか?

対岸へ行くには…



矢印のところに見える「猿江橋」まで行かなくてはなりません。
「面倒臭いなぁ~」
ぶつぶつ言いながら歩きます。

しかし…
川の交差点ってどういうことなのでしょうか?
ふつう水は高いところから低いところへと流れるものでしょ?
90度に分かれても良いのか?

何となく釈然としないな~



スカイツリーもだいぶ近くに見えてきたような気がします。



「新扇橋」とその先には扇橋閘門が見えてきました。



「新」と付く割にはここも年季の入った橋ですよ。
アーチの錆具合?もなかなか雰囲気を出しています。



扇を模った「いかにも」なオブジェが良いです。



ペンキの「やれ具合」が独特の雰囲気を出しています。
もちろん偏見なんですけれど、「工業地帯」をイメージしてしまいます。



所々錆が浮いてきていますし、ペンキも白っぽくなってしまっています。
水分の抜けてしまったカサカサ肌みたいです。



扇橋閘門です。
千葉のガレージ近くの利根川と黒部川の水路にもこうしたゲートがあるのを見たことがあります。
親戚の船に乗せてもらって通ったことがありますが、装置がデカ過ぎてちょっとビビッた記憶があります。

水位の異なる水路に船舶を通すための装置…ということです。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

予想外…

2012-02-29 | Weblog
 雪の予報は承知していたのですが、早朝に外を見たときには大して積雪が無かったので「あ~ぁ、良かった」なんて思っていました。
が、通勤時間帯になって予想外の降雪となりました。

お昼の時間帯になっても雪は止む気配が無く、嫌々?食事に出掛けたのですが、珍しく山手線の先頭車両が「雪国仕様」になっていたのが可愛らしくて、写真撮ってみました。

「白い点」みたいに見えるのは「雪」ですよ。

山手線が雪化粧なんてめったに見られませんね。




  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

また歩いてきましたよ、橋巡り-06

2012-02-27 | Weblog
 赤矢印のところ…高橋からブログ、スタートです。
引っ張っているわけでもないのですが、なかなか進みませんね。



振り返ると、小名木川水門が見えます。
ちょっと狭い護岸沿いの遊歩道には、桜の木(多分)の枝が見えます。
桜のシーズンには多くの人で賑わうのでしょうね。



前方には「高橋」が見えてきました。
赤矢印の標識…「引き波禁止」標ですね。
最近、橋巡りをしていて覚えました。

船舶が高速度で航行すると「引き波」が発生して、他の船舶や周辺の施設などに対して危険だからでしょうかね。
初めてこの標識を見た時には「???」でしたよ。



「高橋」は“たかばし”と濁音なんですね。
「橋の読み」で濁音で読ませるのは珍しくありませんか?
たいがい「○○はし」って読ませますものね。



ほら、商店街の名前も「たかばし」でしたよ。



なんかね、親柱のプレートも、ここだけ見ていると個人のお宅の表札みたいに見えます。



「西深川橋」です。
親柱の近くには、巨大な魚のオブジェが展示されていました。
「シーラカンス」らしいです…

松本哲哉さんという方の作品だそうです。
なぜ西深川橋に展示されているのかは、リサーチが不足でよく分かりませんでした。

追記:
先ほど「江東区役所観光推進係り」というところに電話でお尋ねしました。

昭和60年からの橋梁景観整備事業の一環として、ここに作品を展示したそうです。
「なぜシーラカンスなのでしょう?」と、しつこく食い下がりました。
ここを訪れる近隣の住民の方々や子供たちに「安らぎ」を与え…というようなお話でしたが、
かなり迫力のある作品ですので、「安らぎ」というより「ビックリ」しちゃいますよね~なんて馬鹿な話をしちゃいました。

「江東区役所観光推進係」のご担当者様、お忙しいところ、レベルの低い質問にも丁寧にお答えいただき、本当にありがとうございました。





この向こう側の親柱のところにも…



小さなシーラカンスの作品が展示されていました。
力強く荒々しい彫刻の作品で、魚の命のオーラが伝わってきました。
井上猛雄さんという方の作品だそうです。



親柱のプレート…強い陽射しのシャドーで、明暗…真っ二つになってしまいました。





ちょっと離れて護岸から振り返って見てみました。
なかなか綺麗な橋ですね。



「西深川橋」の次が「東深川橋!」です。
「西」に比べて「東」の方は特徴のつかみ難い橋で、デザインも「今風」です。

昭和53年(1978年)に架け替えられたということですから、まだ比較的新しい橋ですね。
架け替えられる前の姿を見てみたいものです。



親柱も不思議な…サイコロを積んだようなデザインです。
何を表しているのかは分かりませんでした。





  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

また歩いてきましたよ、橋巡り-05

2012-02-26 | Weblog
 かなり引っ張ってしまいましたが、ようやく本来の目的川?…小名木川に到着です。



まずは「萬年橋」の観賞です。
アーチを通して向こうには小名木川水門が見えています。



隅田川テラスから見ると、ほら赤矢印のところ…(小さくて見えないか)芭蕉さんの座像があってモーター駆動で方向が変わるって、神田川クルーズの時のガイドさんが教えてくれました。
確か最近は節電で動いてはいないとも言っていました。



親柱の名板の隣に住所表示のプレートが貼られています。
分かりやすいですが、デザイン的にはど~なんでしょうね。



「萬年橋!」ってど~んと書かれています。
一目瞭然で潔くて良いです。



橋が小ぶりなせいか、アーチを形作る鋼材のカーブが「カクカク」していますね。



親柱の近くには「清州橋」の事について書かれたプレートがありました。
萬年橋なのにね…



ガイドさんの話を聞いた時からぜひ見てみたかったのが、モーター駆動の芭蕉さん像です。
台座の部分は「石材」ではなく「鋼材」で出来ていて叩くと「ボワーン」って音がしました。



赤矢印が示す案内のプレートには…



この芭蕉庵跡石板ですね。
橋から約20mほどの所にありました。
裏にはゴルフ練習場があるみたいで時折、インパクトの音が聞こえていました。




道の向かい側には、「昭文社」の制作部がありました。
北海道や九州旅行では大変お世話になっているので「へぇ~ここで創られているのか…」って、感慨深かったです。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

また歩いてきましたよ、橋巡り-04

2012-02-25 | Weblog
 永代橋とペアーの「清州橋」が見えてきました。

川面と青空とに挟まれて、シャープなラインの清州橋が美しく映えています。

この写真、なんか変だと思いませんか?
分かりますか?



このゲートみたいな部分、主塔って言うのかな?
骨太な、なんて男らしい造形美なのでしょうね。
引き締ったアスリートのような力強い美しさで、惚れ惚れとしますよ。




いや~カッチョ良いな。
ヨーロッパの都市みたいに見えませんか?
ライン川に架かる橋をモデルにしたって、ガイドさんが言っていたけれど、それにしても大正期にこれを容にしたってのは凄いことだな~。



ヨーロッパデザイン…としか言いようのない形状の橋の灯り…これも日を改めてライトアップされている時に見に来ないとなりませんね。









  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

また歩いてきましたよ、橋巡り-03

2012-02-24 | Weblog
 おお…これが永代橋か!
昔、クルマで走っていたときには「橋を愛でる」なんて思ってもみなかったから、歩いて永代橋を渡るなんて初めてだと思います。

このリベットの列を見ているとSLを思い出します。



橋の欄干部にはこの様に「帝都を飾るツイン・ゲート」と記された土木遺産のプレートと永代橋と清洲橋の復興イメージの説明パネルが設置されています。

「筋骨隆々の男性的イメージの永代橋」「優美な下垂曲線を描く女性的なイメージの清洲橋」とありますが、オジサン的イメージでは「柔らかく優しい曲線の永代橋」「先鋭的でシャープなイメージの清洲橋」って逆に感じました。



こんなパネルも見つけました。
大正15年「復興局」の表示が関東大震災を表しています。



すごく綺麗なカーブを描くアーチです。
夜のライトアップも見てみたいです。

ランニングや犬の散歩に、人々が柔らかい陽射しの中を歩いて行きます。





これは「親柱」と呼んでも良いのでしょうか?
橋の雄大さに見合う様な立派なプレートです。
この親柱には…



こんな素敵な街燈が設置されています。




テラスに下りて下から「永代橋」を鑑賞してみます。
テラスのフェンスのデザインもお洒落です。



美しい大正生まれの橋とその背景には近代的なビル郡が見えます。綺麗な青空にしっかり溶け込んで違和感はありませんね。



テラスから正面に見える日本橋川第一橋梁の「豊海橋」です。
あそこが「日本橋川」の河口になるのですね。



テラスを歩いていくと、永代橋の歴史について記された大きな板碑が護岸の壁に埋設されています。
幕府の命により深川の渡しに替わる木橋がどうやらこの辺に架けられたということらしいですね。
鉄橋に架け替えられたのは元の橋から150mほど下流と書かれているので、きっと「元の木橋」はこの辺に掛かっていたのでしょうね。
「ここだ!」ってストレートに書けばよいのに…。



夜半は寒かったのでしょうね…最近都内では珍しい「霜柱」が板碑の下に見えました。



広々と真っ直ぐな隅田川のテラス…正面には「スカイツリー」が青空に突き刺さるように見えています。

そして、その下には…「清洲橋」を見ることが出来ます。

ケルン市のライン川に架けられた吊橋をモデルにしているそうです。
この前の神田川クルーズのときに、ガイドさんがそう言っていたのを思い出しました。
モデルになったケルン市の吊橋はもう無いとか…


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

また歩いてきましたよ、橋巡り-02

2012-02-23 | Weblog
赤い矢印の「豊海橋」です。
この橋の地図、ホントに役に立ちますよ。
ラミネート加工して持ち歩いています。


 

「日本銀行創業の地」の碑を後に緩やかな坂道を200mほど歩いて右に曲がると「豊海橋」に到着です。



クルマの往来が少ないのを良いことに、道路の中ほどで撮影してみました。

特徴的な構造を見せる「豊海橋」…フィレンデール橋というのだそうですが、あの超有名な映画のワンシーン、空母の格納庫を思い出しました。(ドッグ・タグを海に投げるシーンです。)





いつも感謝の説明パネルです…
「豊海橋」は「乙女橋」の別名があったのですね。

隅田川支流の河口部第一橋梁はそれぞれにデザインを変えて隅田川から帰港する船員に判別しやすくする配慮がこめられている…という説明もとても分かりやすくて為になります。

区民有形文化財に登録されているのですね。



橋のたもとの小さなスペースからは、「永代橋」の勇姿を観ることができます。
この場所はゴミも無く清潔に管理されていて、とても気持ちが良かったですよ。



とても立派な碑が建っています。
「豊海橋」の沿革とその下には日本橋川に架かる橋の地図が描かれています。



ちょっとビビリながら撮影しました。
護岸とフェンスの隙間に落ちてしまったら自力では這い上がれそうにありませんから…
そういう訳で護岸がちょっと目障りですが、青い空に「豊海橋」の白色が美しいです。
もうちょっと何とかならなかったかな…残念!




橋の下部、中央にはこんな立派なプレートが設置されています。
船舶で通行する人たちの為にですね。




落ち着いたブルーに塗られた「永代橋」が見えます。
水面の煌きが橋の容を引き立てているようです。
綺麗ですね~。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

また歩いてきましたよ、橋巡り。

2012-02-21 | Weblog
 前回は日本橋川を茅場橋まで歩いた模様をご紹介しました。

橋巡り…すごく楽しかったので先週の日曜日、お天気に誘われて、また歩いてきました。
前回の続き、地図の赤い矢印の「湊橋」からスタートなんですが…

まずは地下鉄で茅場町まで行きました。
茅場町駅は平日はビジネスマンで混雑しているのでしょうが、日曜日の午前中…広大な地下通路は歩いている人も無くひっそりとしています。
通路の蛍光灯は、節電で所々消灯されていて、駅の「ひっそり感」を盛り上げています。

茅場町駅から湊橋に行くのには、「亀島川」に掛かる霊岸橋を渡ります。



今回の目的の橋ではありませんが、せっかくですので親柱だけ撮影してきました。
なんかとても厳かな雰囲気の漂う「霊岸橋」ですが、この付近に「霊岸寺」というお寺があったのが名前の由来だそうです。
いかにもな名前ですものね。



日本橋川から分流した亀島川の最初の橋「霊岸橋」からはその分流地点にある「日本橋水門」を見ることが出来ます。



水路の構造上、ちょっと回り道をしましたが、「湊橋」に到着です。

こちらも歩く人も少なくひっそりとしています。
オジサンはこういう「閑散とした雰囲気」が、大好きです。
ですので、(繁盛店)とかは苦手ですね。



湊橋からは次の一橋、「豊海橋」が見えます。
ちょっとフライングですが…



高さはありませんが横に広がる、なかなか存在感のある親柱です。



この湊橋の見所は、こちらのサイドビューでしょうか。





タイル張りの橋脚に帆船をデザインした美しいオーナメントが施されています。

船でクルーズした時には正面にガッツリ見ることが出来たのですが、陸からは角度が制限されてしまいます。



湊橋にあった案内の看板には、付近に「高尾稲荷」と「日本銀行創業の地」の碑が紹介されていました。



いかにも地価の高い都内のお稲荷さんを象徴するような立地です。



この碑が立っているスペースだけって訳ではもちろんありませんが、それにしても「ここに日銀が?」と思うようなスペースではありました。

銅版に現わすように、コンパクトな建物だったようです。



  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

10月6日 梅小路蒸気機関車館 D51 1

2012-02-17 | Weblog
C62 1号機の後ろにいるのはD51 1号機でした。

「ほー…これが栄光のD51 1号機か」なんて見ていました。
最近発刊されたディアゴスティーニのクラフトマガジンの6号だったかの記事にD51 14号機が紹介されていました。

千葉県の流山市に保存されているSL君です。
ガレージが千葉にあるというのに、千葉のSL君達全てに会いに行ってはいないんです。
いつでも行かれるって安心感があるからでしょうか?




その記事に…D51 14号機が実質の初号機みたいな事が書かれていました。
川崎車輌には1号機~13号機が発注され、汽車製造には14号機~23号機が発注されたそうです。

1936年2月29日、汽車製造が第一号機のD51 14号機を完成させ、
川崎車輌のD51 1号機はそれから遅れること約1ヶ月後の3月22日に完成したのだそうです。

完成順からすると、汽車製造のD51 14号機が最初のD51となるんですね。

なるほどね…こんどガレージの帰り道に見に行ってみるかな。







色々な経緯はあるにしても、やっぱナンバープレートの“1”は圧倒的な魅力ですよね。






  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

10月6日 梅小路蒸気機関車館 C62 1

2012-02-16 | Weblog


先のC62 2号機スワロー・エンジェルに続きましてのC62であります。

こちらは、立ち入り禁止区域に置かれているので間近で観察することは出来ませんでした。
太陽も傾き始めてきて、画面にレンズのフレアーが入ってしまってあまり綺麗に撮影することが出来ませんでした。
いづれまた行かなくてはなりませんね。






迫力の動輪は相変わらずです。
高速旅客輸送の象徴みたいに見えます。
繋がっているのだろうな…今の新幹線技術に。



やっぱね、C62 デカイですよ。巨大だな。
車庫の中で見ると一段と大きく見えます。



製造されたのは49両と少な目ですが戦後の混乱期に貨物輸送のD52から改造されたC62…高速旅客輸送に活躍したそうですね。
梅小路ではその1号機と2号機を同時に見ることが出来るわけです。

やっぱ、2号機スワロー・エンジェルの人気は納得です。






  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

10月6日 梅小路蒸気機関車館 C53 45

2012-02-14 | Weblog
暫くぶりのSL(蒸機)ネタです。

それにしても引っ張りましたね~
っていうか、結構真剣に編集作業をしていても、なかなか進みませんね…時間が掛かります。

どこまで書いたか忘れちゃいます…

ナンバープレートの色はぶっ飛んじゃって黄色くなってしまってますが、本当は次の写真の、Cと5のあたりの色が本物に近いかな…



C53 45 でした…
ピカピカに磨き上げられたナンバープレート。
キラキラしています。

こちらは国産蒸機唯一の3シリンダー機なんだそうであります。

全部で97両が製造されたそうですが、現存しているのはこの梅小路のC53 45号機のみだそうです。
おそらく複雑な構造のためにメンテナンスが大変で、その割には効率が良くなかったのだと思います。

奇数のシリンダーって感覚的に、乗り物には合わないような(勝手な思い込みですが)気がします。

例えが極端かもしれませんが、憧れのフェラーリ12気筒のボクサーエンジンが11気筒や13気筒だったらど~でしょう?
変ですよね…
なんかスムースに回らないような気がします。


煙室扉のハンドル…なんともお洒落で素敵な形状ではありませんか?



いつもの連結装置です。



誇らしげに取り付けられているメーカープレート。
クラウンの形をしているのかな?



圧巻はこの足回りですね。
すごいカッチョ良いです。



タイヤの厚さを見てください…
サンマルくらいの超扁平に見えませんか?
こんなに薄いタイヤ見たの初めてだな…
単に磨耗しているだけだったり。



ホイールも超カッチョ良いです。
優美で力強く躍動感に満ちています。
良いな~






やはりテンダー後部にはこうして説明プレートが設置されています。








  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

お手軽メンテだけれど…

2012-02-13 | Weblog
 ガレージに行く用事がありまして、そのついで?にSL君のお手軽メンテナンスをやってきました。
先のSL君の車検の時に、オートプライドさんで撮っていただいた写真を見て…あれ?っと思ったところがありました。

矢印の部分ですね、気になったのは。



カーペットを剥ぐって見てみますと、確かにフロア部分に赤錆が…
ドライバー側は良くメンテナンスをして錆退治をしたのですが、そう言えば、パッセンジャー側はトーボードを剥ぐっただけでした。

「これはいけない!」と慌てて錆退治です。



色々な錆グッズ?を試しましたが、今はこれがお気に入りです。

なんと言っても「後処理」の水洗いとか乾燥とかが入らないのが、不精なオジサンにはぴったりです。
効果の程もまあまあで充分です。



赤錆部分を除去していて「サービスホール」かと思っていたら、10円玉でした。
ラッキー・マネーですが、どうせなら500円玉が良かったな~。



削り取った赤錆をクリーナで吸い取って、「Rust Converter」を塗布します。



チャチャっと乾燥させて…



カーペットを戻して「終了!」です。

いかにもお手軽な…わざわざご紹介するほどのことでもないのですが、昨年の「ボジョレ・ヌーボー」の日に椅子から落下して肩を負傷してしまって、この程度の作業でも結構辛いです。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

今度は…陸からだよ-追記

2012-02-10 | Weblog
 昨日、昼休みに(超長い…)「一石橋」の親柱を再度撮影しに、散歩してきました。

JR神田駅から陽射しの中を線路に沿ってプラプラ歩きます。
程なく「新常盤橋」交差点に出ます。

せっかくですので「常磐橋」を見ていきます。

相変わらず工事中で通行止めです。

暖かな陽射しの中…鳩が丸くなって日向ぼっこしています。

対岸では建機でなにやら作業中でした。
石垣の修復中のように見えます。



「常盤橋」を渡って通行止め中の「常磐橋」対岸の様子を見に行きます。

フェンスで覆われていて、「常磐橋」の様子は見えませんが、たまたまフェンスの一部が開いているところがあったのでそこから中をのぞいてみました。

写真のように「石垣」にナンバリングをしてあります。
修復後に正確に元に戻す準備のようでした。

見た感じ…このあたりは修復工事後は小さな公園に整備されそうな雰囲気でした。

楽しみです。



本日はこれが目的でした。

「一石橋」の親柱です。

これで目的は達成です。

それにしても、ど~なんでしょうね?
この青空の色は…



日本橋まで歩いて、「日本橋」を見てきました。
カメラを持った人が何人もいましたよ。(その中の一人だけれど)

ほら、このプレートを読むと、「日本橋」の親柱の文字を揮毫したのは、「最後の将軍 徳川慶喜公」とあり、道路元標の文字を揮毫したのは「佐藤栄作」氏だと説明しています。



せっかくなので、道路元標のレプリカをもう一度撮ってきました。



橋を往来する人は相変わらずの賑わいですが、クルーズの乗船場はひっそりとしていました。




  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

今度は…陸からだよ-06

2012-02-08 | Weblog
 ふぅ~
ようやく日本橋に到着です。

さすがに親柱のプレートも堂々たるものです。

長かったですね。
ブログのアップが…ですよ。

実際、後楽橋からはおよそ4時間くらいの行程でした。



日本橋が他の橋と決定的に異なるのは…ここが日本の道路の起点になるということ。
その「道路元票」が橋の中央に埋め込まれているのです。



道路の分離帯の中央にこうして設置されています。
この日はクルマの通行が多くて、ちょっと危ないので…



こちらの写真は以前「道路元票」を見に行ったときのものです。
日曜日の午前中、まだクルマの通行量も少ない時に信号のタイミングを見計らって道路の中央から撮りました。



こちらは、歩道の一画に設置されている「レプリカ」ですが、こうして本物と比べると「迫力」が全然違いますね。
ほら、SLのナンバー・プレートの「本物」と「レプリカ」の違いに通ずるものがあります。



「道路元標」の真上には首都高に跨るように地点表示が設置されています。



この地点表示は首都高の上下線に4本の足を踏ん張っているように見えますが、実は片側2本脚で固定されていて、反対側の2本脚は「デザイン的にバランスを取る為の「レプリカ」なんですよ。
ほら、「隙間」が開いているのが分かるでしょ?





首都高を走っていると、この地点表示の先端部を見ることが出来ます。




やはり日本橋川の橋の中にあってはダントツの存在感が漂います。
橋の造りはもちろんですが、欄干の装飾の絢爛さも圧倒的です。

先ごろ、オジサンも大好きな「ケルヒャー」のチームによって長年の垢を綺麗に洗い流し、現在この様な外観です。
しかし…なんか妙に美白っぽくて「イマイチ」感はあります。



少し日が延びてきたお陰で、まだ散策には充分な陽射しがあり、もう少し足を伸ばして次の「江戸橋」に行ってみます。

日本橋とは打って変わって観光やショッピングのお客さんは見当たらず、地元の方やビジネスマンの方たちの姿しかありません。

歩道は広く綺麗に整備されています。



ほら、市松模様の広々とした歩道…お洒落で良いですね。



巨大な親柱は「一石橋」の親柱にも近いものがあります。
何をモチーフにしているのかは不明でした。




「江戸橋」から更に「もう一橋」…ほら、お酒飲んでいて「じゃ、もう一杯」って言うでしょ?
橋巡りの時には、「じゃ、もう一橋」って言います…冗談ですけれど、それくらい日本橋川は「橋」が沢山架かっているって事ですね。





江戸橋から鎧橋を目指して歩いていると…「兜神社」の前を通りました。
なんだか出来すぎみたいですが。

「兜」に「鎧」か…suitっていうのかな?

ちょうど近くのビルが工事中で歩道が通行止めになっていて、神社の中には入れませんでしたが、お賽銭箱のマークがとても可愛らしかったので写真だけ撮ってきました。




「もう一橋」で来たのは「鎧橋」です。




親柱のデザインは…そう言われれば何となく…というような感じでした。

綺麗に花があしらわれた親柱は、本日始めての雰囲気です。
良い雰囲気ですね。




「鎧の渡し」はこの説明パネルを読んでいただくとして…「鎧」の数え方は、「一領」というんですね…知らなかった。




明治に架けられた橋の写真…凛々しい姿の橋ですね。
こういう写真が紹介されているのは嬉しいです。



さて、「もう一橋」…茅場橋までたどり着きました。




隅田川までは「あと二橋」を残すところです。

楽しい散策でした。
例の「橋の地図」を持って散歩に出掛けてみたらいかがですか?

船のクルーズは、歩いていては見ることの出来ない風景を堪能できますし、陸を歩けば、船からは見ることの出来ない風景を見ることが出来ます。
だいいち、徒歩なら乗船料金も掛からないし、時間の制約も無くてお手軽です。

船でのクルーズ、歩いて散策…どちらもお勧めです。



  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

今度は…陸からだよ-05

2012-02-08 | Weblog
 「一石橋」です。
やはりこちらも堂々の親柱ですね。
設置されている説明パネルを読みますとなかなか面白い橋の由来が分かります。



神田川クルーズの船がきました。
皆さんスタジアムコートを着込んで、それでも寒そうですね。
この前の「ジャングルクルーズ」はこんなものじゃなかったですよ…雨降りでしたから。

この船は、フルオープン状態で視界を遮るものが無いから、橋の観賞には良いな~






ほら、熱心に親柱を撮影している方がいますよ。


ですので、この位置からの撮影は遠慮しました。

ま、会社のすぐ近くですので、昼休みにでも出掛けて撮影してきます。(負け惜しみ的ですが…)




先ほどの方のフレームに入らないように、親柱の後ろから撮影しました。

先程の説明によると、どうやら1基残された親柱とはこれみたいですね。
確かに巨大でした。



その親柱の横に展示されているのが…「一石橋迷子しらせ石標」です。
東京都の有形文化財に指定されているようです。






この窪みに尋ねる人の特徴を書いた紙を貼るわけですか?
 
この様なシステムを町の人達がボランティアみたいに運営していたのですね。






こうして見ると、「橋」自体はモダンな造りの橋ですね。





「西河岸橋」です。
先程の「一石橋」に比べると小さくて地味な橋ですよ。








橋の手前には小さな公園…というか喫煙所…というか?スペースが設けられています。

この狭い道路…「日銀通り」という名前がついています。



今回観察した橋に設置された説明パネルの中では、飛び抜けて立派なパネルです。
パネル…というより、もう“碑”の領域ですかね。
ちょっとビックリです。

さて、次はいよいよ「日本橋」ですよ!














  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする