2010/4/27放送
世の光の時間です。 お元気でお過ごしでしょうか。 関根弘興です。 今日も一日爽やかに過ごしていきたいですね。
「かけがえのない」ということばは、「これはとても大切なもの」という意味ですよねえ。 先日、ある本を読んでいましたら、この「かけがえ」ということばが説明されていました。 この「かけがえ」ということばが最初に記録されたのは室町時代だそうです。 その意味は、「他のものと掛け替える」すなわち「取り替える」という意味だけのことばだったそうです。 ま、この壁にこの絵を掛け替えましょう、この額に取替えましょう、というような単純な意味ですよね。 何かのものをただ取り替えるという意味で用いられたのが「かけがえ」だそうです。 しかしこれが江戸時代になると「かけがえのない」という表現が定着するようになり、それと共に意味も「非常に大切な、すなわち他のものでは代用が効かない」という意味になっていったのだそうです。 「欠けたら他のものでは代用できない唯一の価値あるもの」、それが「かけがえのない」という意味なんですね。
私が私でならなければならない理由は何でしょう。 あなたがあなたでなければならない理由は何でしょう。 それは、一人ひとりが「かけがえのない」存在だ、ということです。 要するに、他のものでは代用が効かない大切な大切な存在なのだ、ということなんですね。
まあ私たちは時々、失敗そして挫折そして失望が襲うとね、自分なんかいてもいなくてもどうでもいい、そんな投げやりな気持ちになることがあります。 自分なんて他のものと幾らでも代用・取替えが効くではないか、と考えてしまうことがあるかもしれません。 でも、あなたという存在は「かけがえのない」あなたなのですね。
なぜそう言えるのでしょう。 それは天地を創造された神様があなたに命を与え、あなたはどこを探しても世界中でたった一人の存在だからなんです。 あなたでなければいけないんです。 代用が効かない大切な存在なんですね。
イエス・キリストはある時、迷い出た羊を懸命に探し出す羊飼いのお話をなさいました。 谷底にくだり、命の危険を顧みず、必死になって迷子の羊を探すんです。 その羊飼いの姿こそイエス・キリスト御自身の姿でもあるんですねえ。
あなたは人生に迷っていませんか? 自分なんてどうでもいいと投げやりになって生きていませんか? イエス様は、かけがえのないあなたを捜し出して救おうと今も働いておられるんです。 「あなたのためにいのちを捨てても惜しくない」と言われる大きな大きなイエス様の愛で愛されていることを知ってください。 あなたは、かけがえのないあなた、なのですから。
(PBA制作「世の光」2010.4.27放送でのお話しより)
***
さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのはお勧め。こっそり覗きたければ一人で。それとも友だちをけしかけてつるんでもいいし。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。予約なしでもちょっとのぞかせてくださいと言えばいいでしょう。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。
***
このサイトは URL名として
http://yonohikari.biblical.jp
が使えます。携帯からもこのURLでどうぞ。
世の光の時間です。 お元気でお過ごしでしょうか。 関根弘興です。 今日も一日爽やかに過ごしていきたいですね。
「かけがえのない」ということばは、「これはとても大切なもの」という意味ですよねえ。 先日、ある本を読んでいましたら、この「かけがえ」ということばが説明されていました。 この「かけがえ」ということばが最初に記録されたのは室町時代だそうです。 その意味は、「他のものと掛け替える」すなわち「取り替える」という意味だけのことばだったそうです。 ま、この壁にこの絵を掛け替えましょう、この額に取替えましょう、というような単純な意味ですよね。 何かのものをただ取り替えるという意味で用いられたのが「かけがえ」だそうです。 しかしこれが江戸時代になると「かけがえのない」という表現が定着するようになり、それと共に意味も「非常に大切な、すなわち他のものでは代用が効かない」という意味になっていったのだそうです。 「欠けたら他のものでは代用できない唯一の価値あるもの」、それが「かけがえのない」という意味なんですね。
私が私でならなければならない理由は何でしょう。 あなたがあなたでなければならない理由は何でしょう。 それは、一人ひとりが「かけがえのない」存在だ、ということです。 要するに、他のものでは代用が効かない大切な大切な存在なのだ、ということなんですね。
まあ私たちは時々、失敗そして挫折そして失望が襲うとね、自分なんかいてもいなくてもどうでもいい、そんな投げやりな気持ちになることがあります。 自分なんて他のものと幾らでも代用・取替えが効くではないか、と考えてしまうことがあるかもしれません。 でも、あなたという存在は「かけがえのない」あなたなのですね。
なぜそう言えるのでしょう。 それは天地を創造された神様があなたに命を与え、あなたはどこを探しても世界中でたった一人の存在だからなんです。 あなたでなければいけないんです。 代用が効かない大切な存在なんですね。
イエス・キリストはある時、迷い出た羊を懸命に探し出す羊飼いのお話をなさいました。 谷底にくだり、命の危険を顧みず、必死になって迷子の羊を探すんです。 その羊飼いの姿こそイエス・キリスト御自身の姿でもあるんですねえ。
あなたは人生に迷っていませんか? 自分なんてどうでもいいと投げやりになって生きていませんか? イエス様は、かけがえのないあなたを捜し出して救おうと今も働いておられるんです。 「あなたのためにいのちを捨てても惜しくない」と言われる大きな大きなイエス様の愛で愛されていることを知ってください。 あなたは、かけがえのないあなた、なのですから。
(PBA制作「世の光」2010.4.27放送でのお話しより)
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さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのはお勧め。こっそり覗きたければ一人で。それとも友だちをけしかけてつるんでもいいし。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。予約なしでもちょっとのぞかせてくださいと言えばいいでしょう。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。
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このサイトは URL名として
http://yonohikari.biblical.jp
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