♪ラジオ放送・文字版「世の光」

   1952年以来、キリスト教会が協力して全国民放ラジオで放送して72年、
PBA『世の光』を文字で 

■訓練を受ける

2010年04月22日 | Weblog
2010/4/22放送

 世の光の時間です。 いかがお過ごしでしょうか? 福井 誠です。 今日のバイブルメッセージは「訓練を受ける」です。 それでは聖書の中のヘブル人への手紙12章11節から読んでみましょう。

 「すべての懲らしめは、そのときは喜ばしいものではなく、かえって悲しく思われるものですが、後になると、これによって訓練された人々に平安な義の実を結ばせます。」(ヘブル人への手紙 12章11節)
 「訓練と思って耐え忍びなさい。」(ヘブル人への手紙 12章7節)

 信仰というのは一生かけたものです。 つまりそこには様々な試練が付きもので、信仰を持てば何もかもうまくいくなどというのは幻想に過ぎません。 人間、生きていれば何かしら喜ばしいことばかりではなく、悲しく思われることもあるものですねえ。 そして一難去ってまた一難、と次から次へと新しい試練に晒(さら)されると思うこともあるでしょう。 それは神様が私たちをいじめておられるのではなく、私たちの信仰の成熟のために訓練をレベルアップしていくためなのです。 初級編、中級編、上級編と物事が進んでいくように、私たちの信仰もステップアップしていく必要があるのです。 しかし多くの人はそこで、これはたまらん、とアップはアップでもアップアップしているのが現実ではないでしょうか。

 これは何が問題か。 一つは姿勢の問題です。 ヘブル(書)の著者が言うように、神は訓練を与えられるお方である、懲らしめを与えられるお方である、と様々な試練を神からの訓練としっかり受けとめる姿勢が出来ているか、の問題です。

 腹さえ決まっていれば物事に動ぜずに訓練と思って耐え忍べるものです。 しかし大方の人は腹が決まっておらず、こんな筈じゃなかった、とあたふたしてしまうのですね。 

 二つめに、「これによって訓練された人々に平安な義の実を結ばせます。」とあるように、この訓練によって結ぶ実がある、としっかりとした信仰を持つことです。 私たちの苦しみは決して無駄にはならない、必ず豊かな実りを得るのだ、と目に見えない先を望み見る信仰に立つことですね。

 人間は歳とともに経験が深まるものでしょう。 試練が深まるのも当然のことです。 しかし一生をかけた訓練によって私たちの信仰は完成されていきます。 淡々と神からの訓練をこなしていく泰然自若(たいぜんじじゃく:ゆったりと落ち着いて平常と変わらないさま)の人生を歩んでまいりたいものですね。 

  ( PBA制作「世の光」2010.4.22放送でのお話より )

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 さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書
通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくは
PBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのはお勧め。こっ
そり覗きたければ一人で。それとも友だちをけしかけてつるんでもいいし。日曜日は大
抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。予約なし
でもちょっとのぞかせてくださいと言えばいいでしょう。PBAに聞くと近くの教会を紹
介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。

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