ふうるふうる・たらのあんなことこんなこと

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愛とご飯に関する考察

2006-08-12 23:28:04 | 本や言葉の紹介
 ちょっと大げさなタイトルですかね。内田樹さんと三砂ちづるさんの対談集「身体知」での内田さん発言をご紹介します。(同じようなことは他の著作にも載っていますが)


内田 家族というのは基本的に「会食する集団」でしょう。デートというのも基本的に「いっしょにご飯を食べに行くこと」ですよね。どうしていっしょにごはんを食べるかっていえば、ごはんを食べているときに、美味しいかどうかで、その人といて楽しいか楽しくないかがわかるからですよ。家族でごはんを食べるのは仲がいいから食べるんじゃない。その逆です。「いつごはんがまずくなるか」をチェックするために、いっしょにごはんを食べる。僕はそう思っているんです。ごはんを食べていてまずくなったら、それは家族の危険信号なんです。(中略)
セックスするまでもなく、男と女はいっしょにごはんを食べるだけで、いっしょにいられる人かどうかはわかるんです。うまくゆかない相手だと、ごはんの味がしないから。「味がしない」というのは、「この人といっしょにいても、あなたの心身のパフォーマンスは上がらないです」って身体がシグナルを送ってきているわけですから。いくら頭が「いっしょにいるほうがいい」というメッセージを送っても、消化器のほうが「いやだ」って言ってる。だから、食事の時にたわいないことをしゃべっていても、やたら食が進んで、「お変わり」と言えるときは、身体が「この人とは相性がいいよ」って教えてくれているんです。


 これで思い出したのが、美味しいものを食べたときに「これを○○に食べさせてあげたい」と思ったら、その人のことが好きなんだということば。誰かの小説の中にこんな意味のことが書いてあって、納得した覚えがあります。あなたはどう思いますか?

 内田さんは、家族でごはんを食べても美味しくなくなったら巣立ちの時であるというようなことも言ってます。

 しっかし、からださんってすごいですよね。

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