新・ほろ酔い気分

酔っているような気分のまま、
愚にもつかない身辺雑記や俳句で遊んでおります。
お目に留めて下されば嬉しいです。

冴えない

2009年01月31日 07時07分35秒 | 身辺雑記

 昨日の朝、急ぐことがあって、東京駅から永田町までタクシーに乗った。中年ドライバー氏だった。

「今日は忙しいでしょうね。月末の金曜日で、しかも雨っ降りだから……」

 お愛想半分のつもりで、私は声をかけた。

「さあ、どうでしょうかねえ、とにかくお客さんの財布の紐が固くって!」

 いきなり財布の紐の話になった。ウンザリしているようなドライバー氏の言葉だ。

「私から見て、みなさんは金があるはずなんですよね。振り込め詐欺に何百万何千万と払っているんですから、金がないなんて思えませんよ!」

 まるで怒っているようなのドライバー氏だ。

「そうも言えるね」 朝から、私はタジタジ。

「不景気になるって宣伝するモンだから、財布の紐を締めちゃって!」 ドライバー氏の言葉は続く。

「でも、現実に仕事は減ってきているし、いつ解雇されるか分からないしね」 と、私。

「いや、若い人はそうでしょうが、今の年寄りは金持ちなんですよ。苦しかった時代を経験しているので、我慢強いから、財布の紐をキュッと締めちゃったんです。少しは後輩たちのために、金を使ってほしいですね。どうせ墓場には持って行けないんだから……」

 ドライバー氏の話は、どんどん辛辣になる。まるで年寄りに対する恨み節だ。

「あと、若い娘たちも金を持っているなあ」 急に話題が逸れた。

「どうして?」 そんなことはあるまいと、私は思ったのだ。

「中学生や高校生の女の子、とにかく金遣いが荒いですよ!錦糸町付近で乗り込んできて、渋谷へ行ってくれって言うんですから。何処から出ている金なのかなあ」

「親からもらうんじゃないの?」 私の素直な気持ちだ。

「まさか!親がそんなに金を渡すはずがないですよ!」

「それじゃあ、援交かい?」

「そうかもしれないなあ。あいつら、怖いものなしですからねえ」 

 このあたり、ドライバー氏の独り言めいていた。

 そのあと、自分の娘の携帯電話のほうへ話が移った。電話使用料が莫大なのだとか。

 私が降りるまで、ドライバー氏の独演会が続いた。怒り節だったり恨み節だったり……。

 それにしても、若い娘たちの豪勢な金遣いは、とても気になる話だった。

 ここのところ、冴えない話ばかり。どんどん不況へ向かっていることは確かなようだ。

 明るい話はないものか。

 今朝の雨は激しい。これから外出だ。

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マンサクに教えられた

2009年01月30日 08時02分01秒 | 写真・エッセー

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 市民の森の一角で、マンサクが咲き始めた。

 枯葉が落ちずにいて、花をいたわっているように見えた。

 過日のこと。

 朝から曇っていた。降ることもなかろうと思い、臘梅やマンサクを見に行った。

 今年に入ってから、臘梅は幾度も撮っていた。しかし、マンサクは撮っていなかった。

 マンサクは咲いていた。まだ満開とは言えない。

 コートを着た女性が、真剣に撮影していた。

「お早うございます。やっと咲きましたね」 私は声をかけた。

 女性は私の方を、ジロッと見た。不審者を見るような目つきだった。挨拶は返さない。

 (朝から、ヘンな婆さんに会っちゃったナー) 

 内心そんなことを思いながら、別な枝を探してレンズを向けた。

 (上の写真はその時に撮影)

 カラッとは晴れていなかった。だから、写真の中に空を入れたくなかった。しかし、ヘンな婆さんは動こうとしない。20分も30分も粘っている。

 諦めて、ほかのポイントへ移動した。その内に終わってくれるだろうと思った。

 臘梅や紅梅を撮った。

 大木のマンサクを、望遠レンズで撮った。

 リス小屋に入り、走り廻るリスを追っかけた。リスの撮影はなかなか難しい。

 かれこれ2時間ほど過ぎてから、朝のマンサクへ戻ってみた。

 先ほどのヘンな婆さんがいた。

 (ヘンな婆さんと言っても、私よりは若い。嫌なヤツだったので、あえてヘンな婆さんという)

 また、ジロッとやられた。同じ枝と睨めっこをしていたのだ。

 どうやら、その小枝に凄まじい執着があるようだ。

「たかがマンサク……」と思いながら、家路を急いだ。

 写真愛好家によく見かけるタイプだ。執着心は分かるが、譲る気持ちがないのは困る。

 (こんな婆さんの家では、嫁さんが苦労するだろうナ)

 よけいなことまで考えた。

 この執着心は、他人事ではない。現に私にもあったのだ。だから腹を立てている。

 そしてまた、貪ってもいけない。ほどほどがいいようだ。

 何事も、貪ってはいけません。

 その朝、ヘンな婆さんに、何かを教えてもらった。

 いや、マンサクに教えられたようなものだ。マンサクに感謝だ。

Simg_0467t

 上の写真は、別な大木で撮ったマンサク。

 この枝からは、すでに枯葉が落ちていた。陽当たりがいいからだろうか。

 なかなか器量よしのマンサクだ。 

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政治のサボタージュ

2009年01月29日 07時14分07秒 | 写真・エッセー

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 写真は市民の森にある「リスの家」で撮影。

 暖かいせいか、リスの動きは素早い。カメラで追うのは大変だった。

 日本の政界にこれを望んでも、とても無理のよう。

日本の政治は、いかにも遅い。課題が山積しているのに、この停滞はなんとしたことか。

 障碍があって停滞しているのではない。結果は承知の上で、動きを遅くしている。これは緩慢や鈍重ではなく、政治のサボタージュだ。

 定額給付金を盛り込んだ第二次補正予算は、定めにより、両院協議会に持ち込まれた。与党が多い衆院では可決しても、野党が多い参院では通らなかったからだ。

 その食い違いを調整し、政治の停滞を防ぐための両院協議会ではなかったのか。その両院協議会で、協議がスムーズに運ばれなかった。

 両院協議会の議長は、籤引きで決めるのだそうだ。たまたま民主党が籤を引き当てたので、深夜になって協議を打ち切ったのだそうだ。

 翌日再開の協議会で与党議員が議長になったことで、協議が決着したのだという。

 もともよ衆院と参院の意見が異なったから設置した両院協議会ではなかったか。そこで意見調整ができるはずがない。そんな度量も知恵も期待していない。淡々と事務的に処理すればいいのだ。にもかかわらず、単に時間を空費した。税金の無駄遣いも甚だしい。

 定額給付金の支給に拘る与党と、定額給付金を切り離したい野党との、いつものような茶番劇だったのだ。

 そんな茶番劇は、常に選挙を意識してのこと。まったくやりきれない。

 オバマ大統領は、新しい施策を打ち出し、具体的に動き出している。

 日本は低次元のお粗末な茶番劇で終始。

 国際政治からも置き去りにされている。

 グダグダと愚にもつかない分かり切った議論。先が見えているのに動かない政治。これはサボタージュだ。

 政治家と国民の認識の差を、今もまた痛感している。

 昨日は首相の施政方針演説があった。

 興味がなかったので、聞いていない。

 我が国の政治の遅れに、もう呆れてしまった。当面、期待はしないことにする。

 写真は一昨日に撮影したリス。ちょこまかちょこまかと素早い動きをするので、とても撮りにくい被写体だ。

 政治家たちに、リスの爪の垢を煎じて飲ませたい。

 すこし品位のない表現になってしまいました。ご免なさい。

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燗の酒

2009年01月28日 07時32分15秒 | 写真俳句・エッセー

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遙けきは母の温める燗の酒

 過日、実家を継いだ弟から、母親の50回忌について連絡があった。

 もう50年も経ったのだ。「50年も経ったのか」というより、「へーえ、ずいぶん昔だったんだよなァ」との思いだ。

 50年前と言えば、社会人としての2年目だった。あの頃の感懐は、すでに淡いものとなっている。

 私の父は、生来の下戸だった。お猪口一杯でまっ赤になる。それ以上は飲めない。

 そのDNAを受けていたからか、学生時代の私は、アルコールが大の苦手だった。ビール一杯でも飲もうものなら、大変なことになる。小間物屋を開いてしまったりする。

 母親はそんな私の体質を、密かに心配していたようだ。

 実家に戻るたび、父親に隠れるようにして、私に酒を勧めた。

 しかし私は、銚子1本の酒が飲めなかった。半分も飲めなかった。

「少しは飲めなくてはネ」

 母親はよくそんなことを言った。父親の苦労を知っていたのだ。

 いつの間にか、私も酒のみの片隅に入っていた。もちろん母親が他界してからだ。母親の兄や弟は酒豪だった。その血筋のわずかが、私を育てたのかもしれない。

    遙けきは母の温める燗の酒    鵯 一平

 母親とのことは、もはや思い出を超えた。遠い時代の歴史的な事柄のようだ。

 50回忌の先は、何回忌となるのだろうか。

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大言壮語のバチ

2009年01月27日 07時18分24秒 | 身辺雑記

「毎日更新したい」と大言壮語したトタン、昨日は朝からスベッタリコロンダリ。

 わが家の照明関係の調子が悪く、早く直さなければならなくなった。

 一日延ばしをしていた。しかし、もう待てない。一念発起して取りかかることにした。

 設備の取り替えが必要なので、電器屋へ行って部品の調達。

 だが、この段階から頭の中は混乱状態となった。遠い頃の知識やこの頃得た情報が、こんがらかって頭の中を駈けめぐった。

 まずは電器屋へ。

 量販店だった。品種が多く、ここでまた混乱。

 それでも強引に自分を納得させ、一応は準備オーケーとなった。

 このような書き方をすれば、「なかなかやるじゃないか!」と思われそう。だが、現実はそんな甘くはなかった。

 夜になって、やっと終了。しかし、残念ながら目的の20パーセントの出来だった。

 具体的な表現は避けたい。とても恥ずかしい話なのだ。

 しかし、カミさんから見えるところは、ほぼ大丈夫だ。だからカミさんは満足げだ。

 混乱の原因は分かっている。同時にほかのこともやろうとするからだ。この歳になれば、一つひとつを、丹念に消化するに限る。焦りは禁物なのだ。

 以前なら、同時に複数を処理できた。もはや今はそんな訳にはいかない。

 それでいて、能書きは言える。能書きと実行は、脳の場所が違うのだろうか。

 老いるとはかくなる次第か。しみじみと実感した昨日であった。

 大言壮語のバチが当たった。やはり分相応がいいらしい。

 骨折り損の草臥れ儲け。いや、20パーセントの成果はあった。それで満足としよう。

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