新・ほろ酔い気分

酔っているような気分のまま、
愚にもつかない身辺雑記や俳句で遊んでおります。
お目に留めて下されば嬉しいです。

お祭り済んで

2012年08月15日 10時25分42秒 | 身辺雑記

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 喧噪を極めた五輪も、やっと終幕した。

 日本選手団の活躍に対し、多くのメデイアは、「過去最高のメダル数38コ!」と絶賛している。

 果たしてそうだったのか?

 金銀銅の総数で言えばそうかもしれないが、騒ぐほどの成果があったのだろうか。

 金メダルの数で言えば、今回は7個に終わったが、東京、アテネでは16個を獲得していたし、メキシコの時は13個、ロスでは10個だった。

 選手たちは確かに頑張った。多くの物語りもあった。だからと言って、「過去最高!」という言葉で、総括することはあるまい。むしろ、「参加することに意義があった」とでも言ったほうがいい。

 それよりも、気になる言葉があった。

 これは今回の五輪に限ったことではなく、過去にもあったことだったのだが、「震災に遭って苦しんでいる人たちに勇気と希望を与えたい」と、選手たちはよく言っていた。

 それはなんだ!そんな傲慢な言葉があっていいのか!

 これは今回の五輪に限らないことだった。何かの折りにマイクを向けられると、選手たちはそんな言葉を口にしていた。

 もちろん、若い選手たちにさしたる落ち度はない。他意もない。しかし私には、「希望を与える、元気を与える」と言う無神経さに、彼らの幼さを感じていた。

 つまり、周囲の指導者の問題なのだ。

 多くを期待されながら、当初はつまづき、最後にいたって相応の結果を残すことができたある選手に注目していた。

 はじめの競技で、金メダルを得られず銀メダルとなったとき、「金メダル以外は頭になかったので、銀メダルを取れたからといって、特別の感想はない」といった意味の言葉を吐いていた。自らの失敗に対し、よほど許せなかったのに違いない。

 その彼が、競技にも言葉にも次第に落ち着きを取り戻し、その後の競技で金と銀を得た。

 その際のコメントは、「元気や希望を感じていただければありがたい」というものであった。

 すがすがしい彼の競技とコメントに、私の涙腺はすっかりゆるんでしまった。やはり「機会」は人を育てるのだ。周囲の暖かい支えがあったのかもしれない。

 五輪は閉幕した。しかし日本のメデイアは、メダルを下げて凱旋してきた選手たちに群がっている。苦労を重ねつつも結果を出せなかった選手たちには目もくれない。

 一方では、竹島や尖閣諸島の問題が、無様な進行を見せている。

 そんな様子を見ながら、無為の日を送っているわが身を、つくづく情けなく思う。

    怠りて日の暮るるなり敗戦日   鵯 一平

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浮き書彫りと竹細工

2012年08月13日 13時37分57秒 | 身辺雑記

 いささか日数の過ぎた話。

 先月の七月七日、品川駅前において、第三十九回の大汐会があった。大汐会とは、約四十年ほど前に同じ仕事場にいた仲間の集まりだ。

 当時は数十名の大所帯だったが、他界したり健康を害したりなどの理由もあって、ここのところ数年は、年に一度、二十名ほどが集まって酒を呑んでいる。

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 多くは元の仕事場から離れ、悠々自適。もちろん、請われて他の仕事場で働いてい者もあり、それぞれ充実した日々を送っている様子だ。

 大汐会ではY君を永年幹事としていり、(いつの間にか、そんな感じになってしまったのだが)、K君とM君は幹事の助っ人役となっている。

 その永年幹事のY君は、ここのところ「浮き書彫り」とかに取り組んでいる。夫婦そろっての趣味らしいので、きっと長続きするに違いない。

 大汐会の席上、そのY君の処女作品を私が頂くことになってしまった。

 上の写真は、頂いた作品である。

 直径十数センチの孟宗竹を三十センチほどに切り、皮をを剥いだり熱を加えたい……。

 その上に絵(浮き書絵)を描くのであるから、かなり手間がかかってしまうものらしい。

 絵は童男童女を題材としており、思わずほのぼのとさせられる世界だ。

 Y君の一層の精進を期待したい。

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 上の写真は、お馴染みM君の竹細工。

 大汐会の席上、来年の干支が「巳」なので、M君から巳年の出席者限定として、上のような蛇の竹細工を贈られた。私は巳年ではなかったのだが、会長の特権として、特別に頂くことができた。

 M君は盆栽の作家でもあり、今年の春、さつき盆栽で神奈川県知事賞を受賞したとのこと。

 以前にも受賞していたので、幾度目かの受賞ということになる。

 今年も酷暑の夏だ。寝苦しい上にロンドン五輪の開催にぶつかって、すっかり睡眠不足。

 しかし早いもので、暦の上では立秋が過ぎた。

 まもなく敗戦記念日もやってくる。

   老い二人素足ならべて無口なり   鵯 一平

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鬼の方便

2012年08月07日 15時23分04秒 | インポート

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 昭和20年の夏、われわれはとんでもない日常を送っていた。

 もちろん、年代によって、住んでいた地域によって、置かれていた環境などによって、「とんでもない日常」はさまざまだった。

 当時の私は、国民学校(今の小学校)5年生。日本の国の実情など、深くはしらない。

 私どころか、両親にしても町の指導者層にしても、戦況の悪さはうすうす感じてはいたはずだ。沖縄が悲惨な状況に置かれていることも、おぼろげながら知っていた。だから、「いずれ太平洋沿岸から、鬼畜のごときアメリカ軍が上陸してくる」という危機感は持っていた。私たちの住んでいた田舎町ですら空襲に遭ったのだから、そのように思うのは当然だった。

 そんなある日、広島の原爆投下を知った。新聞やラジオでは、「広島市に新型爆弾が投下」と報じていた。

「悲惨な戦争を早く終わらせるため、原子爆弾の投下はやむをえなかった!」

 平和主義者ヅラのアメリカ人が、今でも平気でそんなことを言っている。

 チャンチャラ可笑しくって聞いていられない。手前勝手な言い訳に過ぎない!

 もっとも、世の中の正義とはそんなもの。今さら怒っても仕方がないか……。

 広島と長崎の原爆投下に慌てたソ連が、宣戦布告なしで日本に総攻撃をしかけて来た。これにもそれなりの論理があったに違いない。きっと「日露戦争」を持ち出すはずだ。

 私は小賢しい平和論を信じない。あのようなものは、「国益」という「怪物」によって、いかようにでも解釈できる。

 いずれにしても、私はトルーマンを許さない! 私はスターリンを許さない! 

   正義とは鬼の方便原爆忌    鵯 一平

 「学べば学ぶほど……」なんぞと下を向いて言い訳していたくせに、今頃になって、チョロチョロと永田町に出没している「お子様」も目障りでならぬ。

 「小便を済ませて早く寝ろ!」

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