新・ほろ酔い気分

酔っているような気分のまま、
愚にもつかない身辺雑記や俳句で遊んでおります。
お目に留めて下されば嬉しいです。

それぞれの考え

2007年08月31日 15時28分44秒 | 日記・エッセイ・コラム

 産経新聞の投書欄に、朝青龍騒動に関し、二つの意見が載っていた。

 一つは82歳の男性。
「骨折を理由に巡業に行かず、モンゴルでサッカーに興じていた。相撲協会の処分に対し、説明も弁明もせずにダンマリ。最後はモンゴルへ帰ってしまった。横綱の権威と責任を放棄し、相撲協会と親方を手玉にとった。これでは相撲の世界から去るしかない。相撲協会も親方も、反省すべきである」、といった内容。

 もう一方は30歳の女性看護師。
「大人たちがここぞとばかり朝青龍を非難している。恥ずかしくないのか。巡業に参加せず、モンゴルでサッカーをしていたのは、横綱の地位にあるまじき行為だとは思う。処分は分かるが、それでいいのではないか。日本国民の好き勝手な発言は、集団いじめのなにものでもない。子供たちに恥ずかしくない大人であってほしい」、という内容であった。

 この問題を一つとっても、人さまざまを伺わせる。いろいろな意見があっていいのだと思う。新聞社も、一方の意見では公平を欠くので、両論を載せたのに違いない。

 私は30歳女性の意見には、異論はある。

 多数の意見が、多数という理由で、少数の意見に遠慮してはならない。意見の開陳は自由だ。民主主義はその自由の上に成り立っている。
 もちろん一定の節度と抑制がなければならない。

 今回の場合、果たして抑制が利いていたかという点では、多少疑問もある。マスコミの
この喧噪は何なのか。多くの報道陣が、モンゴルに押しかけるほどの問題か。
 こんなに金をかけてまで、なぜ取材するのだろうか。個人的には疑問も感じる。しかしマスコミとしても、読者や視聴者のニーズに応えたいための取材活動なのだろう。
 とすれば、みっともないことだが、マスコミの動きも必然。
   
 読者や視聴者のニーズが、つまりみんなが興味を抱くことが、いじめの根源なのか。
 そうとも言えまい。横綱はすでに「公人」的な存在。知りたいと思うのは、やむを得ないし、知りたい欲望に対応するのは、報道機関相互の競争としてマスコミの動きも避けられない。
 どこまで抑制するかが、きっと大きな問題。

 つまり、抑制すべき点はあるにしても、多くの人が意見を言うのは、いじめではない。
 これをいじめとしたら、多数決はありえない。

 朝青龍騒動には、騒がれる幾つかの問題があった。
 公益法人相撲協会の横綱として、多くの人(極端に言えば、かなりの日本人)の期待を裏切った。
  日頃からの言動が、この際に上乗せされて、一点集中的に攻撃された。

  「骨折」という診断書が、本当に存在しているのか。サッカーが出来ているのに、巡業が出来ないほどの「骨折」だったのか。

 相撲協会の処分が出されたが、「公益法人」の相撲協会として、代表者がキチンと公表したのか。
 朝青龍に対し、十分に説明したのか。

「公人」としての朝青龍は、なぜ実情なり心情なりを説明しないのか。
 いきなり「ストレスなんとやら」の病気では、さっぱりわけが分からない。病人相手では、質問も詰問も出来ず、上手いところに逃げ込んだとしか思えない。

「公益法人」の相撲協会は、税金が免除になっているはず。 
 その立場をふまえた上、相撲協会は朝青龍に対し、横綱としての自分のあり方を教育しておくべきであった。

 批判や非難はやむを得ないことだ。協会、親方、横綱それぞれが、も大いに反省すべきである。

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里の秋

2007年08月30日 20時01分22秒 | 日記・エッセイ・コラム

 明日で8月は終わり。
 今日は雨模様だったせいか、少し涼しくなってきた感じだ。もっとも気象庁によると、このまま涼しくなっていくわけではないらしい。

 でも本物の秋は、もうそこまで来ている。

 好きな童謡に、「里の秋」がある。「静かな 静かな 里の秋」と歌い出すあの歌だ。

 この童謡は、昭和20年12月に発表された。復員してくる元将兵を励ます歌として、NHKラジオから流された歌だ。

  静かな 静かな 里の秋
  お背戸に 木の実の落ちる夜は
  ああ 母さんとただふたり
  クリの実 煮てます 囲炉裏端(いろりばた)

  あかるい あかるい 星の空
  なきなき 夜鴨(よがも)の 渡る夜は
  ああ 父さんの あの笑顔
  クリの実 たべては 思い出す

  さよなら さよなら 椰子(やし)の島
  ふねにゆられて 帰られる
  ああ 父さんよ ごぶじでと
  今夜も 母さんと 祈ります

 静かな美しいメロデイーの曲だ。
「音羽ゆりかご会」の童謡歌手、川田正子さんが唄った。

 まだ小学生5年生(実は国民学校5年生)だった私は、心が洗われるような、すーっと引き込まれるような感じで聞いていた。その時の状況を、今もかすかに覚えている。
 なぜか切ない調べだ。
 軍歌中心だった軍国少年にとって、衝撃があったに違いない。

 ポツダム宣言を受諾した年の暮、「復員将兵を待つ家族を励ます会」で発表された歌なので、「ああ父さんのあの笑顔」は、復員船の中の父さんだとばかり思っていた。

 「母さんとわたしが待ってます、元気で帰ってきてください」。

 そのように感じて、私は胸をふるわせて聞き、そして唄っていた。

 しかしあとで知ったことによると、作詞者の海沼実の元の詩は、戦地の兵隊さんを励ます歌として、作詞されていたのだそうだ。
 戦地の将兵の志気を鼓舞するための詩は、作曲される時間もなく終戦を迎え、復員船の元将兵を待つ歌に変わって発表された。
 
 元の詩は、次のとおり。

  きれいな きれいな 椰子の島
  しっかり 護って下さいと
  ああ 父さんの ご武運を
  今夜も ひとりで 祈ります

  大きく 大きく なったなら
  兵隊さんだよ うれしいな
  ねえ 母さんよ 僕だって
  必ず お国を 護ります

 戦争中の私は、このような元歌通りの軍国少年だった。きっと戦時中であれば、違和感もなく元歌を歌ったに違いない。当然のことながら、元気な曲がつけられたろう。

 そんな私も、12月の川田正子さんの歌声を、「父さん」の帰りを待つ女の子の気持ちで聞き、心ふるえていたのだ。
 
 やはり、時代が作り出す「空気」は恐ろしい。 

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伝統の重さ

2007年08月29日 14時44分24秒 | 社会・世相

 病気というほどのことではないのだが、時折り何もしたくなくなる。
 何をするのも億劫。考えても頭の中がまとまらない。

 どこかが痛いわけでもなく、痒いわけでもない。
 倦怠感とでも言うのか。

 そうそういい言葉があったっけ。「不定愁訴」

 朝から曇り空で、少しは雨がパラついた。

 朝青龍が帰国することになった。高松親方と協会の医師が、一緒にモンゴルへ行くのだそうだが、ご苦労なことだ。監視役なのだろう。
 
 それにしても最後まで、朝青龍からは、明解な説明も反省の弁もなかった。高松親方と医師が廊下トンビをやって、やっと帰国の運びとなった。
 朝青龍の身勝手な我が儘に、相撲協会もフアンもすっかり振り回された。

 一部の報道によれば、モンゴルでのビジネスが云々されているとか。

 相撲協会や親方をはじめとする関係者には、いい反省のキッカケになればいいと思っている。
 とくに高松親方には、猛省を促したい。
 端っからの教育がなってなかった。親方自身、分かっていたのかしら。

 大相撲は日本の大切な伝統的文化だ。中には滑稽なほど硬直的な仕来たりもあるが、それも一つの文化なのだ。変えなければいけないものは勇気をもって変えるべきだが、基本には、伝統を守る気概がなければならない。

 朝青龍の相撲に、強い者の謙虚さといたわりの姿があったろうか。強いことがすべてだという奢りや慢心が、随所に見え隠れしていたように思う。

 この度の騒動も、奢りと慢心が根底にあった。
 強ければ何をやってもいいと思っていなかったか。

 

 横綱一人ではなく、高松親方にも言えることだ。朝青龍の姿が、現役時代の朝潮関にダブって見えることもあった。
 高松親方自身、伝統の厳しさを理解できていたろうか。

 モンゴルでの日常がどのようなものになるのか、予測もつかない。
 一件落着でもいいではないか。
 モンゴルの人々の不興を買うかもしれないが、説明や教育が不足していたのだから、日本人も甘受せざるをえない。

 文化や伝統は、にこにこ笑っていただけでは守れない。
 大相撲には日本古来の文化と伝統が詰まっている。携わる人々の確固たる信念と実行に向けた強い意思が必要だ。

 今回の騒動は、本来、起きてはならないものだが、起きてしまった場合、高松親方が横綱を破門すべきであった。大関以下ならそのようにすべきだったろう。
 横綱は更に上の存在なので、相撲協会扱いとなるのかもしれないが。

 身体が大きくて力持ちというだけで、入門をさせないほうがいい。
 いい教訓になってくれればと思う。

 スポーツの相撲競技と大相撲は違います!

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いつまで不作為か

2007年08月28日 23時54分10秒 | 国際・政治

 戦後60年が経過した。

 しかし、外見は大きく様変わりしたが、真底の仕組みはなかなか変わってはいない。日本という国を意識するのは、スポーツのときだけ。
 独立自尊の気組みなどは、萎えきっている。
 もともと芽生えていなかったのかもしれない。

「満州事変」と「シナ事変」は、閉塞感に苛立っていた国内の気分に後押しされて、軍部の出先機関が突っ走った。天皇の懸念や政府の抑制があっても、軍部は勝手に独走した。突っ走ったのは出先機関だったのか、分からないところもあるように思う。

 昭和20年12月8日、米英との開戦だ。自衛だったのか侵略っだたのか、見解は分かれるところ。

 資源のない日本が、石油やゴムを止められたら、南方に進出して資源確保に努めたくもなろう。これなら、自衛戦争だ。

 そのころの欧米は、アジアに大挙して進出し、植民地化に大わらわ。
 遅れてはならじと日本が進展していっても、不思議はなかった。侵略と言えば侵略だったかもしれない。しかし、結果として、アジアを欧米の搾取から開放したことも事実だった。つまり、大東亜共栄圏への夢に向かって走ったとも言える。

 
 だが、アメリカやイギリスにとってはとんでもない話。日本は黄色い猿なのだから、対等ではありえない。

 日本は初戦はよかったが、もともと貧乏国なのだから、出先に補給も出来ないありさま。「アイシャル リターン」にやられてしまった。

 どんどん押し戻されて、サイパンを獲られては、ほとんど万事窮すだ。
 毎日のような本土空襲。京都と奈良を除き、ほとんどが焼け野原にされてしまった。

 それでも政府は、「本土決戦」とか「一億総玉砕」と言って、竹槍作戦を吹聴していたんだからもの凄い。

 最後は、広島と長崎の原爆投下だ。

 和平交渉はやっていたのに、聞く耳持たず、ヤルタ会談でソ連参戦を促しながら、ピカドンをやったのがアメリカだ。

 8月15日にポツダム宣言を受諾した。

 それから直ぐに、マッカーサーを先頭に、進駐軍がやってきた。

 空襲がなくなって喜んでいたが、GHQによる日本人洗脳作戦は着々と進められた。
 それ以来、「修身」もなくなったし、「歴史」が「社会科」の中に押し込められて、細々。
 つまり、日本文明や誇りが、「悪いこと」として葬り去られたってこと。

 そこへ「東京裁判」だ。
「平和に対する罪」とかで、いかにも日本だけが悪かったような仕打ちだ。喧嘩は両成敗ではなかったのか。

 インドのパール判事のみ頑張ってくれていた。しかし、所詮は多勢に無勢。
 7人が絞首刑となった。
 

 GHQと東京裁判が、日本人の心を押さえつけてしまった。
 もうみんなが、思考停止。

 お仕着せの憲法をありがたがり、「九条さま」と拝んでいる。

 この「思考停止状況」から抜け出さないと、この国は何処へ漂流していくか分からない。

 だからこそ安倍晋三だった。

 仕切り直しで、しっかりやってほしいものだ。

 

 

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なんとかならないか!

2007年08月27日 20時24分45秒 | 政治・経済

 安倍改造内閣が再出発する運びとなった。
 夕方、新閣僚が首相官邸に呼び込まれた。その後、与謝野新官房長官から閣僚名簿の発表があり、引き続いて閣僚の記者会見が行われた。 

 人心一新の名の元におこなわれた組閣だったが、果たして一新されたかどうか。

 記者会見の席では、いつものことだが、話題になっている件についての質問があった。某大新聞が出る閣僚ごとに、「政治とカネ」の質問をしていた。情けない風景だった。

「政治資金報告書を、8月中に修正しましたか」、「何か問題があったら、どのように対処しますか」などなどの質問。

「修正しておりません」、「疑念を持たれたら、説明責任を果たします」
 各閣僚は、そのように答えていた。

 私には、質問者の意図が分からない。回答は決まり切っているのだ。にもかかわらず、あえて質問しているのは、後々のための言質をとっているつもりだろうか。まったくアホらしいヤリトリだ。

 時には、時宜を得た質問を投げかけ、真摯に回答している場面もあった。
 その回答がどうだったかは別として、質問者の問題意識と新大臣の意識とが噛み合っていて、なぜかホッとする。

 どうせセレモニーなのだが、各大臣の問題意識をただす一つの機会なのだから、低次元の応酬では困るのだ。某新聞の取材姿勢ないしは政治に対する問題意識に、情けない思いを抱いた。
 もっともこれは、いつものことです。

 どうせ駆け出しの若い記者なのだろうが、勉強をしたうえで、見識を持って質問をしてほしい。

「靖国神社にはお詣りしますか」と聞いていた時代もあったが、本当におかしな新聞社だ。
 なんとかならないのかねえ。

 明日から、新しい陣容で政治が行われる.。

 このおかしな日本をなんとかならないものか。

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