新・ほろ酔い気分

酔っているような気分のまま、
愚にもつかない身辺雑記や俳句で遊んでおります。
お目に留めて下されば嬉しいです。

繁りと枯れ

2014年09月29日 13時34分56秒 | 身辺雑記

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  ゴルフの練習場へ。半年ぶりだろうか。

  「あらっ、お久しぶりですね」

  受付の若い女性が、歓声を上げてくれた。

  「身体が動いてくれるかどうか………」

  ブツブツブツと、なんとも情けない私のセリフ。

  「何をおっしゃるのですか、まだまだお若いですよッ」

  初っぱなからハッパをかけられた。

  若い女友だちからも、しょっちゅう言われていた。

  まずは準備運動。

     短いアイアンを使って、ボールをコロコロと転がした。

  少しづつ長めのアイアンに変えていった。

  とは言っても、20球ほどでイヤになった。

     身体より心が続かない。

  「もうお仕舞いなのですか?

     せっかくいらっしゃったのに………」

  受付嬢の笑顔に送られ、練習場をあとにした。

  10月、11月に、ゴルフコンペが控えている。

  身体ならしのラウンドもしなければなるまい。

  写真は先ほど撮影した柿の木。

  柿の実はまだ主役になっていない。

    葉っぱと実が競り合っていて, なんとも醜い。

  私……? さあ、枯れたとは思いたくありませんねえ。

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薄情な秋

2014年09月28日 19時30分49秒 | 身辺雑記

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  私は整理が大の苦手。きれいに片付けることができない。

  しかし、「ゴミ屋敷」のように、ゴミを捨てないわけではない。

  モノが乱雑に置かれているのだ。

  カミさんに言わせれば、「ゴミを散らかして………」と言うのだが、私の言い分としては、不要なモノを捨てられないでいるのとは異なる。ゴミは捨てているのだ。

  少なくても、私はそのように思っている。ゴミはその都度捨てている。

  私の部屋を占領しているものは、ほとんどが書籍だ。

  カレらには書棚などの本籍地があるのだが、私があえてそこへ戻さないのだ。

  急に読みたくなって持ち出して、読み終わっても戻さない。

  それを繰りかえしている内に、私の部屋はカレらに占領されてしまうのだ。

  そのような状態にあっても、私には書籍の所在をほとんど把握している。

  つまり、さしたる混乱はない。整理された混沌とでも言おうか。

  困るのは文房具の類い。眼鏡、ケイタイ、時計、サイフなども見失う。

  ケイタイをしながら、ケイタイを捜したり、眼鏡を掛けたままで眼鏡を捜したり…。

  カミさんは私の部屋には入らない。つまり、治外法権だ。これは都合が良い。

  「認知症になったのではないか?」

  カミさんは密かに疑っている。

  一度は無理矢理、診察を受けさせられた。

  「年齢を思わせない明瞭さですよ」  お医者のご仙度があった。

  「ゴミ屋敷」ではないにしても、乱雑を極めていることはたしかだ。

  行動に混乱や錯誤がないわけではない。自ら密かに認めている。

  強がりばかりを言ってはいられない。

  これでも不思議なことが起きる。

  孫がやって来るとなると、部屋が見違えるように片付くのだ。

  あるべきものがあるべき処に収まるようになっている。

  孫の霊験とでも言おうか。

     寝転べば秋薄情な雲流る   鵯 一平

 

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厄介な関係

2014年09月25日 20時59分16秒 | 身辺雑記

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  外交関係は難しい。

  日米、日ロ、日中、日韓など、いずれを考えても、面倒な要素を内蔵している。

  特に、日中関係や日韓関係は、冷え切り始めてから久しい。

  双方ともども、言い分はヤマほどある。

  歴史的な問題であるだけに、おいそれとは妥協できない。

  歴史認識に関しての安易な妥協は、正邪問題にかかることであり、末代までの恥辱となりかねない。

  かつての日本は、「この際だから、ここは一応、頭を下げておこう」的な軽率さがあった。

  「慰安婦問題」における「河野談話」などは、悪い例だ。

  あの時代のあのような妥協が、今日に大きな禍根を残してしまった。

  なかなかリカバリーができない。

  日常の人間関係でもそうではないか。

  一度齟齬があると、元に戻すのは難しい。

  戻そうとすることが、次の齟齬に繋がったりしかねない。

  悪くすれば、戦争に発展しかねないのだ。

  政治指導者は心して対応して欲しい。

  人間関係の場合?

  さあ、どうすればいいのかなァ。

  こだわりのない一歩が肝要なのだろうが、これが難しいのかもしれませんね。

 

 

 

 

 

 

 

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顔を変えたい!

2014年09月20日 19時24分12秒 | 身辺雑記

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  いささか時季遅れの話。

  8月下旬、二人の孫たちが帰って行った。

  彼女たちはほぼ一ヶ月の間、私の部屋の主として君臨していた。

  毎年のことなのだが、帰ったあとには、何枚かの手紙や絵が残されている。

  絵は私の顔がほとんど。

  まーるい顔。頭にはちょっぴりの毛髪。太い皺が4本。眼が細くなって笑っている。

  なるほどなァ~、孫たちに見せている顔はこんなだったのだ。

  然るに、現実の顔はどうか!

  頭髪の乏しさや額の皺はその通りだが、眼は笑っていない。

  しかも、眉間には太い縦皺。不機嫌を精いっぱいに演出している。

  孫に見せていた顔と日ごろの顔。

  孫に見せていた顔を日ごろの顔にしたい!

  写真は平成22年10月に撮影した川越の羅漢像。

  ここまでの悟り顔にはなれないが、せめて眉間の皺を減らしたいものである。

 

 

 

 

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トホホホ・・・

2014年09月18日 10時44分40秒 | インポート

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  あの人は、『器』が大きい。

  そんなことを言ったり、聞いたりすることがある。

  そのような使われかたの『器』は、『器量』のことで、能力や人徳のことだ。

  その『器』について考えてみた。

  人生を歩む上で、『器』は大切なもの。

  仕事を成し遂げるのも失敗するのも、『器』に左右されるのは当然だ。

  大きなことを言えば、国を発展されるか衰退させるかは、政治指導者の『器』次第。

  友人関係や恋人関係がスムーズに行くかどうかも、基本的には「相性がいいかどうか」によるが、それぞれの『器』によるところが大きい。

  家庭も然り。

  つくずく実感しているのだが、その『器』は、経年的に瘠せ細っていくらしい。

  『器』を大きくするためには、

  ①本を読む②体験をする③『器』の大きい人に接する④多くの人生に触れる⑤執着しない

  などがある。

  がしかし、一度蓄積すればいいのではなく、絶えず反復していないといけないようだ。

  『器』は瘠せる。狭くなる。ボロボロになる。劣化する。

  心していなければいけないのだが、そのために必要な執着心もまた瘠せ細る。

  『器』は不老長寿ではないのだ。

  絶えずトレーニングを要するらしい。

  それを「面倒くさい、厄介なこと」と思うかどうか。

  「丁寧に生きる」ことを、どのように実践するか?

  淡泊なことも生き方の一つ。

  写真は途方に暮れているチンパンジー。

  千葉動物園にて撮影。

 

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