新・ほろ酔い気分

酔っているような気分のまま、
愚にもつかない身辺雑記や俳句で遊んでおります。
お目に留めて下されば嬉しいです。

自足の思い

2008年12月31日 07時13分18秒 | 写真俳句・エッセー

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身の丈に適ひし年の惜しむなり  

   昨夜来の大風が、今朝も少し残っている。

 今日は大晦日。今年も残すところ、あと僅かな時間となった。

 この1年、様々なことがあった。

  国際的に見ても、国内に限って見ても、大変だった年。

 百年に一度と言われている大不況は、これからが苦悩の本番を迎えるのかもしれない。

 日本国内も大混乱。政治も経済も、ニッチモサッチモ行かない。手だては立てているのだろうが、滑り出しすらできていない。

 私自身については、果たしてどうだったのだろうか。

 昨年から今年にかけての暮れ正月は、手術の合間を縫っての仮出所だった。

 だから、なぜか冴えなかった。無理に元気を装っていたようなところがあった。

 昨年12月31日の俳句。

   点滴の悔ひを刻みて年の内   鵯 一平

 当時の心の内側が、そっくり出ていたようだ。

 弱虫な自分が、むき出しだった。情けないことだが、それが心情だったのだ。

 後輩たちから「喝」を入れられたのも、むべなるかな。

 あれから1年が経った。なるものはなったし、ならないものはならなかった。当然の帰結と言っていい。

 病気は順調に回復中。これは上出来だ。

 つまり、おおむねは予想通り。希望通りではなかったにしても、こんな相場だったのではなかろうか。

 すべて満足ろはいかなかったが、だいたいは納得だ。こんなところで自足すべきかもしれない。

 幼友達との久闊を楽しめた。これは嬉しかったな。

 振り返ってみれば、むしろ、別れがたい1年であった。

   身の丈に適ひし年の惜しむなり   鵯 一平

 私の実力では、こんなところがせいぜいだった。出来すぎだったとも言える。

 欲を言えばキリがないのだ。

 さらなる前進は、来年の楽しみに残しておこう。

 写真は、生まれ在所の鎮守様。来年もお参りに行きたいものだ。

 最後は神頼み?それもまあ、自足の思いにつながるというものではないか。

 ブログ友のみなさん、今年もありがとうございました。

 どうか良い新年をお迎えくださいませ。

 来年もまた、ご好誼のほどをお願い申し上げます。

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歳末のある日

2008年12月30日 07時17分11秒 | 写真・エッセー

 先日、東京下町のさる商店街をぶらついた。

 特別の目的があったわけではなかった。

 しいて言えば、歳末の雑踏を撮影したかった。

 しかし、そのような風景は撮影できなかった。人間の顔を写すには抵抗感があった。

 難しい「肖像権」やら「プライバシー」の侵害を云々する前に、私の気持ちの中に遠慮が芽生えてしまった。

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 したがって、写したものと言えば、上のような「縫いぐるみ人形」くらいなもの。

 やはり私は、報道する側には立てない人間らしい。どうしても生身の人間は撮れない。

 断りを入れて承諾してもらえばいいのだが、許可をくれる人はあまりいない。「いいですよ」と気軽に応じてくれた人もいたが、すぐさま被写体になってしまうので、自然体は写せないのだ。

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 可愛い赤ちゃんを撮りたかったが、「ちょっと忙しいものですから……」の理由で、体よく断られてしまった。 

 つまるところ、自然体で応じてくれたのはペットくらいだった。

 世知辛い世の中、まして人相風体の怪しい私では、これも至極当然かもしれない。

 今日と明日は、とても貴重な二日間。大事に使いたい。

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ソマリア沖に思う

2008年12月29日 06時15分33秒 | コラム・エッセー

 アフリカのソマリア沖では、海賊が出没していて大変なようだ。

 この種の話が出るたび、日本は恥ずかしい国情を世界にさらけ出してしまう。

 あの海峡は、我が国の石油確保にとって、もっとも重要なルートのはず。

 憲法や自衛隊法の定めによって、十分な警戒活動ができないとか。

 ことが起きるたび、憲法問題をはじめとする現行法律の不備が取り沙汰される。

「集団的自衛権については、自然権として我が国も保有しているが、憲法上は行使できない」

 こんな妙な憲法解釈をしたまま、長年放置しっぱなしの日本。

 EUの警備艇が、海賊船を撃退した話があった。

 一方中国艦隊は、国際的な義務を果たすとして、ソマリア沖へ出航したそうだ。

 拉致された国民ですら救出できない日本、海賊に襲われている自国の商船を守れない日本、お互いを援助し合うことが出来ない日本。

 ただただ空疎な議論だけをして、時間を浪費している。

 こんな状態では、領土はおろか国民の生命・財産をすら守ることはできない。そんな国は、もはや独立国とは言えまい。

「名誉ある独立国でなくても、生きてさえいられればいい」

 もしもそのように思っているのであれば、今の国際社会で、日本は生き残れない。

 それを覚悟の上でなければ、「ダメなものはダメ!」 とは言えないのではないか。

 どんなに力んでみても、ソマリア沖問題で起きた「海自派遣」の論議は、いずれウヤムヤの内に消えてしまうに違いない。

 選挙のことしか考えない政治家と、事なかれの現行維持主義の官僚では、きっと議論は進まないはずだ。

 戦争後におけるGHQから受けた不当な洗脳によって、国民の側にも、大きな痼りが残ってしまった。だから議論は進まない。

「日本は悪かった、悪かった、悪かった。だから武力は悪だ。もう軍備はいらない」

 こんな呪縛から抜け出せない日本。反省を楽しんでいる国の未来はどうなるか?

 現状のままでは、いずれ日本国は消滅する。

 もう私はなかば諦めている。「不作為」が民族の滅亡を招くことは承知しているのだが。

 これも国民の選択の結果なら、納得せざるをえない。

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不思議な私

2008年12月28日 08時57分40秒 | コラム・エッセー

 冬になると思うことがある。

 昭和天皇が崩御されたのは、昭和64年1月7日であった。

 あまり形にこだわりたくない私だったが、暮れの31日、皇居前の「記帳所」へ行って病気平癒を祈願した。この私には、あり得ないほど珍しい行動だった。そのときの心境を、今も不思議に思っている。

 当時は港区西麻布に住んでいたので、皇居までの道のりを徒歩で行った。タクシーや電車を利用したのでは、「効き目がない」と思ったのだ。所要時間は1時間程度だった。

 報道の内容から、厳しい病状であることは知っていた。

「ああ、これでかの人ともお別れだな」 そんな思いがあった。

 それでいながら、「病気平癒」の記帳はおかしい。だが、なんらかの形を表したかった。

 そのような当時の行動を、カミさんは知っていた。ほかの誰にも話してはいなかった。ずっと今日まで、胸の中に隠しておいた。つまり大袈裟に言えば、「19年目の真実」だ。

 先の大戦中、私たちの世代は、「天皇の御ために死ぬ」と思い込まされていた。しかし終戦直後から、そんな思いは消し飛んでしまった。

 大人になるにつれ、戦争指導者の欺瞞を知ったが、特に恨む気持ちはなかった。踊らされていた多くの国民も、反省すべきことがあるように思っていた。

「戦後民主主義」は、私を木っ葉微塵にはしなかったらしい。むしろ、「へー、そんなもんかねー」という思いが強かった。どうしてそんな気持ちでいたのか、当時の詳しい心境は忘れている。

 そんな私だったのだが、「人間天皇」宣言もあっさり受け入れたし、「象徴天皇」にも抵抗感はなかった。それだけ幼かったのかもしれない。

 その私が、どんな風の吹き回しか、「皇居記帳所」へ行って記帳したのだ。

「かの人も大変だったのだよなあ」 そんな思いだったのかもしれない。

 今でも当時の自分を、とても不思議に思っている。分析できていない。いずれしっかり考えなければならない。

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鬼瓦

2008年12月27日 06時27分34秒 | 写真俳句・エッセー

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極月や何見据ゑてか鬼瓦

 あと幾日かで今年も終わる。

 今日から休暇に入る人もいるかもしれない。

 もちろん、大晦日まで頑張る人もいる。

 アメリカ発の金融不安がきっかけで、世界中が大不況になってしまった。

 つい先ごろまで、「好景気の連続は有史以来」 と報じられていたが、今や、「100年に一度の大不況」 と言われている。とんでもない事態となってしまった。

 来年3月の新卒者にとって、夏頃まではウハウハの就職戦線だった。

 しかし、もはや「派遣切り捨て」や「内定取り消し」がまかり通っている。ぬるま湯と言われていた「終身雇用」が見直され、成果主義による人事考課時代にもなった。

 企業自体の生き残りのため、「終身雇用は日本企業の美徳」などと言っていられなくなった。派遣労働や期間労働によって、人件費の削減を図る時代になってしまった。

 雇用される側の一部には、「労働の自由」を喜ぶ風潮があった。企業に縛られることを嫌う若者がいたことは確かだ。

「つい先年度までは好決算をしていた会社が、いち早く人件費カットを打ち出していいのか?企業の社会的な責任はどう考えればいいのか!」 

 そんな指摘もあるようだ。だが、空疎に怒鳴っているだけ。

 この議論は難しい。

 企業とは誰のものか?そんな議論にぶち当たったことがあったっけ。

「企業とは株主のものだ!」 その主張が大きな声になっていた。

 その声が主流に思えた時期もあったのだ。今もそうかもしれない。

「お客さまがおり、社員があっての企業ではないか!」 その声もまだまだ健在だ。 

 こんどの金融崩壊不況が、われわれに何を残してくれるだろうか。

 われわれは何を学ぶことができるだろうか。

 社会の動向を注目していきたい。

 私個人の意見を言えば、お客さまや社員を尊重する企業を歓迎したい!

 儲かれば売り、損をすれば売るような風土には、なかなか愛社精神も生まれない。

 アメリカ的な「株主資本主義」は、日本の風土に馴染まないように思えてならない。

 私は古いのかなあ。

        極月や何見据ゑてか鬼瓦   鵯 一平

 これからお姫様を迎えに行ってくる。わが家の年中行事だ。

 楽しい喧噪の時間を送ることになる。スタミナに気をつけ、心して対処しよう!

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