新・ほろ酔い気分

酔っているような気分のまま、
愚にもつかない身辺雑記や俳句で遊んでおります。
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ギャンブル依存症対策を急げ

2018年07月30日 00時47分36秒 | コラム・エッセー

 カジノを含む統合型リゾート施設(IR)実施法が、通常国会で成立してしまった。なんたることか。

 パチンコ依存性が300万人以上はいるらしいという日本に、統合型リゾート施設(IR)を造ったら、果たしてどんなことになるだろうか。

 パチンコが悪いことは誰でも知っている。知っていて止められないのがパチンコ依存なのだ。

 確固たるパチンコ依存症対策すら持たない日本が、統合型リゾート施設を作ったらどんなことになるだろうか。心配でならない。

 心配で、心配で、今夜は俳句を作る気分にはなれなかった。

 私如きが國の心配をしても詮ないことなのだが、少なくとも家族や友人をギャンブル依存症から守らなければならないではないか。

 早急に國の対策強化と一人一人の意識改革を図って欲しいものだ。

 

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南シナ海が波立った

2015年10月29日 08時11分56秒 | コラム・エッセー

 南シナ海の中国人工島問題で、アメリカ海軍のイージス駆逐艦「ラッセン」が、人工島の12カイリ内を航行した。

 アメリカがあっと重い腰を上げた。

 このたびのイージス艦派遣には、「航行の自由作戦」と銘打っているとのこと。

 アメリカ国防総省は、今後も同様の作戦を継続する意向を示している。

 これに対して中国外務省報道局長は、定例記者会見において、「中国の主権と安全上の利益を脅かす」とし、譲歩しない姿勢を示している。

 外遊中の安倍首相は、訪問先のカザフスタンにおいて記者団に、「開かれた自由で平和な海を守るため、アメリカをはじめ国際社会と連携していく」と強調した。

 アメリカ、中国ともに、事態を深刻化させる強硬な行動には出ないだろうが、どちらも引けない問題であるだけに、当面は緊張が続くに違いない。

 日本としては連携すると言いつつも、安保法案は施行されておらず、直ちに自衛隊が作戦に加わるようなことにはならないらしい。

 いずれにしても、当分の間、南シナ海は軍事的な緊張が継続すると思われる。

 海洋国家を目指す中国は、かねてアメリカに対し、「太平洋をハンブンコしよう」と言っていた。また、「核心的利益」という表現もしていた。決して退くことはなさそうだ。

 アメリカも当面は退くことはあるまい。

 戦争状態に入るとは思わないが、かなりの綱引きとなりそうだ。

 もはやヨーロッパは期待できない。もちろん、ロシアも期待できない。

 海洋国家でもある日本としては、南シナ海は重要な交通路だ。国家の覚悟を問われに違いない。

 南シナ海の処理は、尖閣諸島の領有問題にもつながり、大陸棚の資源掘削問題にもつながっているのだ。

 中国は厄介な隣人なのだ。

 

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東京大空襲

2011年03月10日 19時02分05秒 | コラム・エッセー

 今日は東京大空襲に遭った日だ。

 昭和20年(1945年)3月10日の未明、東京の下町が、325機のB29の爆撃を受けた。

 死亡 8万3793人、負傷 4万918人、被災者 100万8005人。被災した家屋が26万8400戸だったそうだ。

 それまでにも、東京は幾度も大空襲を受けていた。しかし、3月10日の規模がもっとも大きかったので、通常はこの日の空襲を「東京大空襲」と呼ぶらしい。

 下町を狙ったのだから、非戦闘員が対象であったことは確かだ。しかしアメリカは、「町工場が軍需産業の生産拠点」と言って憚らない。

 もっとも、8月6日の広島、8月9日の長崎に原子爆弾を落としたのだから、もはや無差別殺戮になっていたのだろう。

 もはや「戦争」の概念は変わっていたのだ。

 私の生まれ在所も焼夷弾爆撃を受けた。7月19日であった。

 私は、あの戦争を忘れない。日本にもよくないことはあったろう。しかし、アメリカの正義面の前に、何も言えないこの国が歯がゆくてならない。

    この國に雄ごころありや寒椿  鵯 一平

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「老」について

2011年01月28日 06時40分02秒 | コラム・エッセー

「老」という言葉を考えてみた。

 言うまでもなく、「幼」に対する言葉で、「老」は老いたこと。

「老人」、「老女」、「老骨」、「老妻」、「老嬢」などは、老いた人を表す言葉だ。

 転じて、「老醜」、「老衰」、「老耄」、「老残」、「老眼」など、老いたことによる身体的、精神的な状態を表す言葉に使用されている。仕方がないことだが、どう考えてもマイナスイメージだ。

 一方、更に転じて、「老獪」、「老巧」となれば、永年の経験を巧みに活用するによって得た強かさを表しているようにも感じられる。これとて、あまり褒められた言葉とは言えない。

 言葉の好き嫌いを語ってはいられない。私はすでに「老人」であり、「老骨」であり「老眼」もかなり進んでいる。もちろん、きっと「老残」を晒しているに違いない。

「老」は避けられずに背負っている現実だ。「老獪」では困るが、「老練」とか「老巧」などの術を駆使して、迷惑をかけずに生きたいものだ。

 花や葉を落としても、なお悠々と美しい老い方なないものだろうか。

 たとえば、「老麗」などでもいいのだが。

 先日、次のような句を捻ってみた。

   裸木のこぶ悠々と老いゆけり   鵯 一平 

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2030年の日本

2011年01月12日 10時55分45秒 | コラム・エッセー

 先日、「二〇三〇年 日本」(産経新聞社会部)を読んだ。「不安の論点」という副題がついていた。

 まえがきには、「あなたの20年後を想像してください」とあった。20年後の日本を想像し、今、何をすべきかを考えるよすがにしようということらしい。

 20年後と言えば、私は96歳。すでにもういない。そんな私が、今さら読んでみても仕方がないが、子供や孫の世代に背負わせる苦労が気になったので、読んでみたのだ。

 日本は不況のどん底に喘いでいる。バブル崩壊の傷手から回復しない中、サブプライムローンで大怪我をし、その上にリーマンショックの大波が覆い被さってしまった。階段から落ちて肋骨を折ったあと、背中をバットでぶちのめされた感じだ。

 立ち上がる暇もなく、次々にショックを受けてしまった。

 高校、大学を卒業しても、なかなか就職ができない。正規社員が不正規社員になり、あるいは職を奪われている。もちろん、給与は減少されっぱなし。

 可処分所得が減少している上に、少子高齢化の進展によって内需は伸びない。子供手当てをもらっても、馬鹿な親はパチンコに使い、賢い親は貯蓄に廻しているとか。

 輸出に活路を見出そうとしても、中国をはじめとした新興国の台頭によって、それが思うにまかせない。しかもかなりの円高傾向だ。

 これでは明るい展望が描けないではないか。

 外国では「ジャパン・シンドローム」の研究が始まっているそうだ。「ジャパン・シンドローム」とは、急速に進展している少子高齢化によって、日本社会が衰退している病理現象のことらしい。

 そんな日本の現状と将来を予測・研究し、自国の今後に備えようということらしい。

 バブル崩壊の傷手はひどかった。サブプライムローンやリーマンショックも大きな波であった。

 しかし、少子高齢化の進展化がもっと緩やかであれば、これほど重苦しい閉塞感の中にいなくても済んだかもしれない。

 くどくどと書いてしまったが、やはり我が国は、どこかで間違えたようだ。

 いまさら「来し方」を悔やんでも仕方がない。「行く末」のために、「今やるべきことは何か」を考え、少しでもマシな未来を残すべきではないか。

「タイガーマスク 伊達直人」の話によって、久しぶりに心が温められた。その後も、「タイガーマスク現象」が続いている。まだまだ日本人は大丈夫なのだ。

 私も、「20年後は生きていないから・・・」なんぞとうそぶいたりせず、今やれることを考えたい。

 政治家のみなさんにも、10年後、20年後、50年後、100年後を見据えて、しっかり対応してほしいものだ。

 与野党ともに、次世代、次々世代のために、正しい政治を遅滞なく進めてほしい。

 そのためにも、使い古された旧人の退場は必須だ。

 ましてや、「政治とカネ」問題などは、手際よく処理すべきなのだ。答えは決まっているのだから。 

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