新・ほろ酔い気分

酔っているような気分のまま、
愚にもつかない身辺雑記や俳句で遊んでおります。
お目に留めて下されば嬉しいです。

父祖の地へ

2009年10月31日 05時48分25秒 | 身辺雑記

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 一昨日は旧友H.I君の案内で、茨城県北部地域の海岸を巡った。

 上の写真は、鮟鱇漁で知られている平潟港。

 父親の出身地なので、子供の頃は、頻繁に来ていた。

 午前中だったが、幾隻かの漁船が停泊していた。

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 上の写真は、五浦海岸の六角堂。

 1885年、画家の岡倉天心が建てた。

 夜は二つ島で旧友たちとイッパイ。

 幼友達のS.K君が、従来から考えていたことを決断した。

 その勇をを讃え、激励しようという名目で、幾人かが集まった。

 実のところ、「激励しよう」などの口実はまさに名目。イッパイそのものが目的みたいなものになってしまった。

 とにかくワイワイガヤガヤ。

 挙げ句の果てはカラオケだ。

 女性たちには、迷惑至極だったに違いない。今になっては、ひたすら詫びるしかない。 

 狭い地域内の同級生たちなので、話題は戦争の頃に遡って行ったが、内容は次の機会に触れることとしたい。

 昨日は朝日を撮った。

 イメージ通りの写真とはならなかった。やはりウデの問題だ。反省することしきり。

 今日は恒例の外出日。

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帰心矢の如し

2009年10月29日 06時20分59秒 | 写真俳句・エッセー

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 何かがあると、それがキッカケで、故郷がたまらなく恋しくなる。

 日程を差し繰って、帰郷の運びとなった。

 まさに、「帰心矢の如し」である。

 古川柳に、「ふるさとへ廻る六部は気の弱り」がある。

 まさにそのようなものなのかもしれない。

    ふるさとへ飛んで戻らん草の種  鵯 一平

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「場の空気」について

2009年10月28日 05時58分00秒 | 身辺雑記

「空気を読む」という表現に、しばしば出会うことがある。

 山本七平著「空気の研究」が出版されたのは、昭和52年の4月だった。

 日本人は「場の空気に支配される」、ということが書いてあった。

 具体的な事例として、戦艦大和の無謀な出撃が、「場の空気」によって決められたらしいと触れていた。

 確かに私たちは、日常、「空気を読む」ことで事態を判断し、行動するキライがある。

 ほとんどのことは、「場の空気」や「時代の空気」で判断する。

 選挙における投票行動だって、「時の空気」によって大いに左右されるのだ。

 会議の場で結論を出すにあたり、出席者は、結論を出すべき事案の良し悪しを考えるより、まずは「場の空気」を察知しようとする。

 私もそのような事態に、幾度も出会っている。

 A案とB案のどちらかを選択するにあたり、初めのころは真摯な議論もあるが、結論を出すべき時間が近づくと、出席者たちの思考は、「空気を読む」ことに専念する。

 会議の主宰者(たとえば社長)がどんな発言をしていたかを考え、そのような方向へ自分の考えをまとめて行く。

 たとえ多少は意見の違いがあっても、主宰者の意思が「場の空気」を作りだし、一気にその方向へ進むのである。

 主宰者たる者は、そのことを念頭に入れて置かなければなるまい。

 テレビのバラエテイ番組で、取り仕切っている人気者が、「空気を読め!」などと若いタレントを叱ったりすることがある。

 予め決められていた時間内で、予定の話題を処理するのだから、当然そのようになるのだろう。

「KY」という言葉も、ひょっとしたらそちらの業界から出たのかも知れない。

 空気を読めない人を、「KY」と呼ぶのだそうだ。

 しかし、政治の世界において、あるいは会社経営の場において、「場の空気」によって方向を決められてはたまらない。

 その点、今の鳩山内閣では、必ずしも意見の統一が図られていない。考えようによっては、健全とも言える。

 それとも、自分たちが作った「空気」に、まだ酔っているのだろうか。

 しばらくは様子を見ているしかない。

 ただ、外交・防衛問題のような根本について、甲論乙駁がありすぎても困る。

 対外的な信用失墜を起こしかねないからだ。

「政権交代」の「空気」が、いつまで続くのだろうか。

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竹細工の楽器

2009年10月27日 06時23分00秒 | 身辺雑記

 先般、昆虫の竹細工をUPしましたが、今日は楽器をご紹介します。

 後輩のT.M君による苦心作です。
 

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 楽器と奏者が、かなり精密に仕上がっております。

 このコントラバスは、楽器で2日、人形には1日の時間を要したそうです。

 私ならとっくに投げ出してしまいますが、T.M君は丹念にやっています。

 細かい神経の持ち主なので、このような細工には向いているのでしょうか。

 もっとも、さつきの盆栽で県知事賞を受賞したのですから、じっくりとものに取り組むタイプなのかもしれません。

 そのような積み重ねの結果、次のようなオーケストラが編成されました。

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 ここまで見せられれば、賞賛というより、驚嘆となります。

 よくやってますねえ。

 そのほか、昆虫や鳥類も見せてもらっておりますが、今回は楽器とオーケストラのみをUPすることにいたします。

 T.Mさん、ありがとう!!

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ふるさと自慢

2009年10月26日 08時07分41秒 | 写真俳句・エッセー

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 私の故郷は茨城県の最北端、北茨城市である。

 前面に太平洋が拡がり、背面に山を背負った地域だ。

 先日、中学校の同期会が行われた。

 真面目に出席していなかった私は、60年ぶりの友人たちと会うことができた。

 (幾人かの幼友達とは、時折は会っていたのだが)

 昨日、幼友達の一人、H.I君(私は日頃、Hちゃんと呼んでいる)から、写真が届いた。

 日の出の写真がほしいという私の話を受けて、送ってくれたのだ。

 Hちゃんは大人しい子共だった。私のようなガサツモノとは違っていた。

 長ずるに及んで、かなりの酒豪家になっていた。少し控えた方がいいのではないかと、内心では思っている。(本人は、控えていると思っているのだが)

 上の写真は、2007年11月4日の朝、6時ごろに撮ったもの。

 画面の左側は、二つ島。このあたりはこの島にちなんで、「二つ島」と呼ばれていた。

 童謡や民謡で有名な野口雨情は、われらが故郷が生んだ詩人である。

 沢山の作品を残した詩人だった。

 代表作としては、「七つの子」、「雨降りお月さん」、「青い目の人形」、「しゃぼん玉」、「あの町この町」、「船頭小唄」そのほか数多い。

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 上の俳句を載せた写真は、「通りゃんせの像」。

 この写真、なかなかの傑作だと思っている。子供たちのシルエットの彼方から、希望の朝日が顔を出した。

 波も穏やか。「今日はいい日になりそうだぞ!」そんなHちゃんの気合いが感じられる。

 この像は、二つ島に建立されている。

 野口雨情の「あの町この町」をイメージして創作されたようだが、いつのまにか、「通りゃんせの像」と呼ばれるようになったらしい。

 子供たちのポーズが、「通りゃんせ」を思い起こさせたのだろうか。

「あの町この町」の詩の一部。

   ♪  あの町  この町 

      日がくれる  日がくれる

      今来たこの道

      帰りゃんせ  帰りゃんせ   ♪ 

 ちなみに、わらべ唄の「通りゃんせ」は、野口雨情の作詞ではない。

 像の発想は、夕暮れとき。

 俳句も、 「秋夕日わが胸底へ通りゃんせ」としたいのだが、このあたりの太平洋に、日は沈まない。

 はからずもこの写真俳句は、Hちゃんとの合作となった。 

    秋日の出わが胸底へ通りゃんせ   鵯 一平

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