新・ほろ酔い気分

酔っているような気分のまま、
愚にもつかない身辺雑記や俳句で遊んでおります。
お目に留めて下されば嬉しいです。

年逝かす

2009年12月30日 06時46分29秒 | 写真俳句・エッセー

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 残すところ、あと僅かな今年となりました。

 皆さまにとって、今年は如何なる一年でありましたでしょうか。

 あるお寺の坊さんは、今年を「新」と表現したそうです。

 私には、「新」が最適な言葉とは思えません。

 ひょっとしたら、「偽」とか「謀」の年であったかもしれません。

 偽物が何やかやと謀って、基礎のしっかりしない建物を造った感じ。

 もちろん私も、「真」であってほしいと、心底から願っております。

 気の遠くなるような「子供手当て」をもらっていた「ボクチャン」が、「納税義務」を怠って作った政権です。

 その「子供手当て」は、何に使ったのでしょうか。

 本来は砂上の楼閣めいています。存在を許せない建物です。

 もっとも、ほかに相応しい人物がいないのが悲劇ですね。

 来年こそはしっかり凝視して、判定をしたいと思います。

 写真はお風呂屋の煙突です。東京の下町に立っていました。

 無愛想ですが、実はなかなか温かい親父の顔なのです。

   煙突のぬうと突っ立ち年逝かす   鵯 一平

 これが今年最後の更新になると思います。

 お付き合い頂いた皆様には、身に余るご支援をありがとうございました。

 心よりお礼を申しあげます。

 どうか良い新年をお迎え下さいませ。

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年の暮

2009年12月28日 05時23分29秒 | 写真俳句・エッセー
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 日本の歴史について、国内ですら、スッキリとした統一的な解釈とはなっていない。

 いや、むしろ、歴史とはそのようなものかもしれない。

 古来から、歴史は征服者が書き替えてきた。

 日本の近代史についても、まださまざまな説や論評が飛び交っている。

 近隣他国の批判も姦しい。

 それが自由ということなのだろう。

 大東亜戦争についてもしかりだ。(太平洋戦争という呼び名が多い)

 A君がB君を殴って、喧嘩となった。

 A君が悪いに決まっている。

 しかし、「先に殴ったA君が悪い」だけて論じていいのだろうか。

 なぜA君は殴ったのだろうか?

 どのような背景や経緯があって、A君は殴ってしまったのだろうか。

 当時の周辺状況についても、公平に考察を加え、その上で、A君の「殴った」行為を評価することも必要ではないか。

 同じ言うな事態を避けるためには、一方的でない評価により、事実を記録しなければなるまい。

 太平洋戦争については、幾つかの歴史が示されている。

「東京裁判史観」、「皇国史観」、「自虐史観」などと評されるものもある。

 日本の行為が100点満点だったなどと、決して思ったりはしていない。

 だからと言って、勝者が敗者を裁いた「見せしめ裁判」の結果を、全てだとも思わない。

 私は、さまざまの立場で書かれて歴史や論評を、今も飽かずに読んでいる。

 過ちを繰り返さないために。

 そして、誇りある日本を語り継ぐために。

 今年も幾つかの書籍を手にした。

   年の暮昭和戦史を読みきれず   鵯 一平

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しばらくは極楽

2009年12月27日 06時14分00秒 | 身辺雑記

 今日はこれから、孫を迎えに行ってきます。

 孫がくれば、老骨はギシギシと音を立てるはずです。

 そのギシギシは、悲鳴ではなく歓喜の音です。

 いや、そのはずです。そのつもりです。

 母親と死別した孫を引き取ったのは、まだ生まれて七ヶ月でした。

 俄に子育てを始めたとき、戸惑いはありました。途方にも暮れました。

 ほぼ一年後から、息子と孫の父子家庭が始まりました。

 偉い息子だと思いました。

 しかし、保育園をはじめ、社会の皆さんのお世話になれたからできたことです。

 それからというもの、「私たちの土曜日」が始まりました。

 つまり、毎土曜日、父子家庭訪問をすることにしたのです。

 私は孫の遊び相手です。もちろん、息子と意見交換もありました。

 一緒にお昼を食べて、私たちは家に戻りました。

 もちろん、お盆、ゴールデンウイーク、暮れ正月は家に戻ってきます。

 家には仏様がおります。仏様も、首を長くして待っていることでしょう。

 長いようで短い月日でした。

 今年もまた、孫がやってきます。

 しばらくは極楽です。

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総理が納税義務違反を認めた?

2009年12月26日 06時52分00秒 | コラム・エッセー

 鳩山総理が、秘書の不適切な処理を認めましたね。

 しかも、納税義務を怠っていたことも、あっさりと認めました。

 このような行為は、脱税とは言わないのですね。

 さかのぼって6億円。納めるべきだった税金です。これから納税するのだそうです。

 検察が入らなければ、納税せずに済んでしまうところでした。

 政治とは、煎じ詰めれば、「税金の集め方」と「税金の使い方」を決める仕事です。

 納税義務に従っていなかった人が、「税金の集め方」を論議するのです。

 信頼していいものでしょうか。

 政権交代を望んだのは国民でした。

 しかし、まさかそんな人が党首とは思っていなかった。国民が甘かったのでしょうね。

 実は、もうウンザリです。

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ひよどり草紙「3億円は寄付」

2009年12月25日 07時27分23秒 | 草紙

 3億円が当たる宝くじを買ってしまった。まさに大失敗であった。

 買う気になったのは、いつもの思いつき。同じ買うなら、ハズレくじにしておけばよかった。

 黙っていれば、まだよかったのだが、迂闊な私は、そのことをこのブログに書いてしまった。

 しかも運悪く、R沙がその記事を読んでしまったのだ。

 それからが大騒ぎ。

 当然、「はんぶんこ」の話になった。(12月18日『ひよどり草紙「はんぶんこ」』)

 R沙が知れば、S代に知れるのは必然だった。これは読み筋どおり。

 なぜかカミさんの耳に入ってしまった。「危ないなあ」と思っていたことが現実となった。

 3億円の処分にからみ、R沙とS代と私で相談していたことが、誰かの地獄耳に引っかかってしまったのだ。

 しかも、そこからカミさんの耳へ。

 カミさんがすっかり怒ってしまった。

 カミさんにしてみれば、「二人の女をとるか私をとるか」であり、「二人の女に金を渡すため、当たりくじを買ったのではないか」、という論の展開になる。

 私にとって、いくら二人が若いとしても、もカミさんのほう大切だ。これは言うまでもないこと。

 私はそのことを、切々と訴えた。

 どうやら半分程度は納得できたらしい。もともとカミさんだって、私を信じていたい。

 最後は、何によってそれを証明するか、という話になった。

 私の胸の中を開き、曇りのないことを見せればいいのだが、それもできない。

「当たりくじを燃してしまえば、今度のことは納得するわ」

 これがカミさんの条件となった。

 私にとって選択の余地はない。考えるまでもなく、当たりくじを燃やすことにした。

 ここで考えた。燃やしてしまえば、誰がトクをするのだろうか。

「歳末助け合い運動」へ寄付をすることにした。

 7等賞(300円)の当たりくじの2枚も、ひと思いに寄付をした。

 とんだ大騒ぎだったが、収まるところへ収まった。

 大晦日の抽選会には、もはや興味がなくなった。よかった、よかった。

 げに恐ろしきは女と金であった。

 R沙とS代には、まだ説明していない。

 もう宝くじは買わない。買うとしても、ハズレだけを買うことにしたい。

 鳩山家なら、このような下品な揉め事にならないに違いない。

 首相を勤める60代男が、

「ママからお金をもらっていたなんて知らなかった」、と言っている。

 贈与税を納税しなければいけなかったことも、頓着していなかった。

 そんなボクチャンに、日本丸の舵取りを任せていいのでしょうか。

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