二羽の鴨が、ゆったりと浮かんでいた。
即かず離れずの間合いがとてもいい。
特別に気遣うふうもなく、もちろん、お互いを無視しているわけではない。
見えていない水面下のみずかきによって、すべてが決まっているのだナ。
二羽の鴨が、ゆったりと浮かんでいた。
即かず離れずの間合いがとてもいい。
特別に気遣うふうもなく、もちろん、お互いを無視しているわけではない。
見えていない水面下のみずかきによって、すべてが決まっているのだナ。
ここのところ、カラオケに興じる時間がかなり減少した。体調が悪いわけではない。
理由の一つとして、ゴルフの練習に力を入れたことがあったかもしれない。
しかし、それだけでカラオケの時間が減ったのではない。
「ひとりカラオケ」に興じる時、「採点」をセットして、マシンに採点をしてもらったりしている。
歌い終われば直ちに、その曲の全国平均点と私の採点結果が示される。
私の場合、平均点を上回ることが一つの目標。
マグレなのかマシンの誤動作なのか知らないが、高得点が出ることがあり、そんな時は大満足だ。
この頃、その得点が良くない。意欲減退の理由の一つかも。
いや、聴いてくれる人がいないことに、そろそろ飽き足らなくなったのかも知れぬ。
歌に自信が出たのだという意味ではない。誤解のないように!
やはり、年頃ソコソコの女性に聴いて貰えれば、それは最高ですよねェ。
と、これはまた、ひどく不躾な願望だこと。
不躾なおのれなりけり新松子 ひよどり 一平
その筋のベテラン女性から聞いた話二題。
① 「純情なんだか朴念仁なんだか、とんだ分からず屋でさァ」
銀座裏のバアのマダムの話だ。
「この頃箱根に行っていないのよねぇ、行って見たいわァ~」
40代の男性客に言ったそうだ。
もちろん、そう言われれば、40代紳士に否も応もない。
週末にその幸運紳士のマイカーで二人は箱根へ。
「そいつ、強羅温泉あたりで、あたしに『お風呂に入る?』って訊きやがんの。
あたし、当然、『入るわ』って言ったのよ」
迷惑なのろけ話なのだが、義理半分、興味半分で聞いていた。
「そいつ、なんて言ったと思う?『オレ、車で待っているから……』だってさ。
恥を掻かすなってんだよね。あんた、どう思う?」
なるほど、マダムが怒るのは無理もない。
ライバルが一人消えたので、私としては、内心ホッとした話だった。
② 次は、小さな料亭の女将の話だ。
「月に一度か二度は来てくれるお客さんだったのよねぇ。
その人にウチの女の子が惚れちゃって」
こんな話を聞かされるのは好きではないが、拝聴することにした。
「お客さんが帰るとき、その子をその子のマンションまで送って貰ったの。
男だったら何か気付くはずよねぇ」
ところが、そのお客はまったく気付かなかった。
幾夜も幾夜も、女の子をマンションの前で降ろして、さーっと帰って行ったとか。
「可哀想に、その子、ウチを辞めちゃったわ。絶望したのかしらねぇ」
この二つの話、平均的(?)男性の私としては、勿体ないなァと思わぬでもない。
しかし、そのような折りの女性の気持ちなんぞ、なかなか分かりにくい。
私だったらどうするだろうか。
おそらくこの男たちと同じような行動をとったに違いない。
本当のところ、男は女の気持ちが分からない。
いや、単に男は臆病なのです。
半月ほど重篤状態にあった福島県在住の叔父が他界。
行ったり来たりで、少しばかり疲労が重なってしまいました。
2~3日ほど、ブログから遠ざかっております。
ご容赦下さい。
26日の閣議で、高市総務相から、昨年に実施された国勢調査の速報値が報告された。
その結果、日本の総人口は1億2711万人。前回の22年調査より97万7千人ほど減少した。
大正9年(1920年)の調査以来初めての人口減少なのだそうだ。
国際的に言えば、人口の上位20カ国のうち、減少したのは日本だけ。
危機感を感じ、国政レベルや地方レベルて対応策を講じているが、特効薬はなかなかない。
原因はいろいろあるのだろう。
われわれ世代が、子供たちや後輩たちに、結婚や子育ての苦労を見せ過ぎたのだろうか。
だから子供たちが、結婚することや出産・育児することを躊躇っているのだろうか。
現実的・経済的に、結婚・出産・育児が成り立たないのだろうか。
私の若いころ、「一人口は食えないが、二人口は食えるもの」という話を、よく聞かされていた。
つまり、「結婚すりゃァ何とかなるもんさ」ということだったと思う。
「好きな女がいたら、結婚しちゃえよ!」といった気合いだった。
一部の学者は、「男性の性に関する染色体が弱くなった」という説を言っていたが………。
もちろん、どこかの国のように、人口が多ければいいというわけではあるまい。
その上で、結婚しない若者が殖えているという実態を、どのように考えればいいのか。
やはり「経済が問題」なのだろうか。経済だけの問題なのか。
私が若かった頃、つまり中学や高校の頃、友人を「あの子」なんぞとは言わなかった。
「アイツ」とか、「カレ」と呼んでいた。時には、「あのヤロウ」なんぞと呼んでいた。
今の時代は、社会人になっても、友人を「あの子」と言っている。
質問に答え、「あの子、中学の頃は………」なんぞと答えている映像を見たりする。
なんとも幼い。「まだまだ大人になりきっていないなァ」と感じるのは、老人の考え過ぎか?
経済的な対策を考えるだけで、コトは解決するのだろうか?
男たちよ、もっとガムシャラに行け!
そのように言いたいのだが。
言うまでもないことだが、心や身体のかかわりもあり、全ての人に言ってはいない。