生かされて

乳癌闘病記、エッセイ、詩、童話、小説を通して生かされている喜びを綴っていきます。 by土筆文香(つくしふみか)

今、生きていること

2014-10-14 21:10:21 | 教会
台風が駆け抜けていきました。
母は16日に退院できそうです。

12日の礼拝はパウロの最期について語られました。
囚人としてローマに着いたパウロは、家を与えられて伝道することを許されました。その時のパウロは61歳前後だったそうです。

聖書には「こうして、パウロは満2年の間、自費で借りた家に住み、たずねて来る人たちをみな迎えて、大胆に、少しも妨げられることなく、神の国を宣べ伝え、主イエス・キリストのことを教えた。(使徒28:30)」書かれていますが、その後パウロがどうなったのか書かれていません。
何故書かれなかったのか、色々な説があるそうです。伝説ではネロの迫害にあって殉教したそうです。

あえてルカはパウロの最期を書かなかったのかもしれません。
生きているとき何をしたかが大切で、最期は重要ではないからです。
わたしたちの最期はどのようなものでしょうか。病、災害、老衰、自死、事故などのいずれかでしょう……。

「どう生きたかに比べれば、どのように死んだかは重要ではありません」
と聞いて、その通りだなあと思いました。たいていの場合、自分の最期を自分の意志では決められないですから。

大切なことは、今、生きていること。限りある人生の中で、今何をすべきかを神様に問いかけながら歩んでいきたいです。



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