アブソリュート・エゴ・レビュー

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Silver Pony

2011-10-29 19:55:39 | 音楽
『Silver Pony』 カサンドラ・ウィルソン   ☆☆☆☆☆

 最近ジャズ系で気に入っているアーティスト、カサンドラ・ウィルソンをご紹介したい。といっても新人さんではなく、1990年頃から活躍してグラミー賞も獲っているベテランである。私が知らなかっただけ。ミシシッピ州出身の女性ジャズ・ヴォーカリストで、ブルージーな低音の歌唱を特徴とし、ジャズに限らずポップソングのカバーなどもやっている。

 この『Silver Pony』は2010年のアルバムで、今のところ最新作。私が最初に聴いたのもこれだ。たちまち魅了され、他のアルバムもいくつか聴いたが、やっぱり私はこれが一番好きだ。90年代にブルーノートから出した『Blue Light 'Til Dawn』『New Moon Daughter』あたりの評価がすごく高いが、非常にブルージーで、あまりブルースが好きでない私にとって繰り返し聴くのはつらい。この頃の特徴としてはサウンドがアコースティックで、ギター中心ということだろう。確かにカサンドラ・ウィルソンの黒々とした低音にはブルースがよく似合う。また歌に説得力があるだけでなく、アレンジも斬新で、サウンドには独特の緊張感がある。

 それに比べると、この『Silver Pony』はもっとリラックスした感じだ。構成がちょっと変わっていて、ライヴとスタジオ録音のミックスになっている。ライブ音源のあとにスタジオ録音が数曲入っている、というのではなく、ライブとスタジオ録音がごっちゃになっている。スタジオ音源がフェードアウトしていくのと同時に観客の拍手がフェードインし、ライブ演奏が始まったりする。カサンドラ・ウィルソンのMCも聴ける。フレンドリーな雰囲気のライブで、それもこのアルバム全体のカラーに影響しているに違いない。カサンドラ・ウィルソンの歌唱も『New Moon Daughter』みたいな深刻さは控えめで、愉しげだ。エレガントな軽やかさがある。といってももちろん、独特のブルージーなセンスがなくなっているわけではない。

 もう一つの特徴は楽器演奏の充実振り。ヴォーカリストのアルバムであるにもかかわらず、素晴らしく聴き応えのある演奏が繰り広げられる。長々とインストが続く部分もあり、はっきりとそういう意図のもとに制作されている。楽器の構成はドラム、パーカッション、エレクトリックだったりアコースティックだったりするベース、エレクトリック・ギター、キーボード(ピアノ、エレピなど)。曲によってサックスが入る。スタジオ録音の方ではストリングス入りの曲もある。

 ソロよりもアンサンブルで聴かせる演奏で、アレンジは自由かつ斬新、演奏も奔放、闊達でありながら非常に繊細だ。特筆すべきなのはリズムの躍動感で、一曲目の「Lover Come Back to Me」の素晴らしいドラミングを初めとして全篇にパーカッション、ギターのカッティングが満ち溢れ、それらが渾然一体となってなんともいえないきめ細かなグルーヴを生み出している。非常に快感である。しかもそのきめ細かなグルーヴがロックのように力ずくでないため、実に繊細で、表情豊かだ。インスト曲「A Night In Seville」から「Beneath a Silver Moon」への流れなど、もう最高である。

 ジャズ・ヴォーカルもののCDというと、静かなピアノをバックにムーディーな歌唱を聴かせるというパターンがありがちで、デートのBGMには重宝されるのかも知れないが、私はああいうのを聴くと退屈してしまう。その点、このアルバムはいい。見事なヴォーカルと見事な演奏の融合。リラックスしながらも、創造力に溢れる音楽を堪能できるのである。


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