アブソリュート・エゴ・レビュー

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Public Pressure

2013-04-10 23:21:46 | 音楽
『Public Pressure - 公的抑圧 -』 Yellow Magic Orchestra   ☆☆☆☆

 YMO初期のライヴ盤。世界デビューとなったロンドン、ニューヨークのギグの模様が収められている。といってもこの演奏からは渡辺香津美のギターがそっくり削除され、ギター・ソロは坂本龍一のシンセサイザー・ソロに置き換えられていて、他にも色々と修正されているらしい。つまり、ニセライヴである。これらのギグの実際のライヴの模様は、後にリリースされた『FAKER HOLIC』で聴くことができる。

 ギター差し替えは渡辺香津美氏のライセンスの関係だったようで、これが「Public Pressure」のタイトルの由来というのは有名な話だ。が、YMOの三人はこの差し替えを肯定的に捉えていて、インタビューでも結果オーライだ、結果的に実際のライヴよりYMOらしい音になった、などと言っている。どうやら彼らはジャズっぽい渡辺香津美のギターが気に入らなかったようで、ギターソロが始まると「ああ、ジャズになっちゃってるな」と思いながら聴いていた、という発言もある。確かに『FAKER HOLIC』を聴くと、テクニカルな早弾きギターのせいでかなりフュージョンっぽい印象を受ける。それに比べると、ギターがなくなってシンセサイザーが付け足されたこの『Public Pressure』はよりニューウェーヴ的で、もともとYMOの三人が目指した音に近いと思われる。

 だからニセライヴといっても侮ってはいけない。実際、YMOが残したライヴ盤の中で純粋に音だけ聴けばこのディスクが最高だし、初期の一番熱かった頃のYMOの音という意味でも貴重だ。加えて、渡辺香津美のギターの代わりに追加された坂本龍一のシンセサイザー・ソロが、実に良いのである。

 一曲目は名刺代わりの「ライディーン」だけれども、スタジオ・バージョンのキラキラした華やかさは後退し、その代わりより骨太でワイルドな音になっている。高橋幸宏と矢野顕子のヴォーカルが印象的な「SOLID STATE SURVIVOR」を経て、本作のハイライトの一つである「TONG POO -東風-」に続く。これもスタジオ・バージョンよりフュージョン色が薄れていて、坂本龍一の流麗な差し替えシンセサイザー・ソロが耳に残る。

 そして次の「THE END OF ASIA」が、個人的には本アルバムのベスト・トラック。これはもともとYMOではなく坂本龍一のソロ曲だけれども、スタジオ・バージョンよりずっと良くなっている。可愛らしいレゲエのリズムに乗って、繊細な笛のようなキーボードの音色が優雅なメロディを奏でる。そしてこれも坂本龍一の差し替えシンセサイザー・ソロの登場となるが、このソロがなんとも素晴らしいんである。Amazonのカスタマーレビューに誰かが「涙が出るほど感動する」と書いていたが、まったく同感だ。YMOが残したすべてのトラックからベストを選べといわれたら、私は悩みに悩んだ挙句これを選ぶんじゃないかと思う。音色、メロディ、アレンジ、ソロ、すべてが美しい。当然ながら、本来のライヴ音源である『FAKER HOLIC』バージョンよりこっちの方がいい。

 続く「COSMIC SURFIN'」がまたスタジオ盤から大きく変化している。リズムが8ビートになっていて、そのせいでいささか神経質だったスタジオ・バージョンよりはるかにアグレッシヴに、かっこよくなった。それから「DAY TRIPPER」ではテクノ風ビートルズを聴かせるが、私はこのイントロを何度聴いてもどこがアタマか分からない。わけがわからなくなってしまう。そしてポップなヴォーカル曲「RADIO JUNK」を経て、高橋幸宏が書いた代表曲の一つ「LA FEMME CHINOISE -中国女-」でエンドとなる。

 ちなみに最後の「BACK IN TOKIO」は曲の演奏ではなく、洒落である。ヴォコーダーで加工した、死にかけた幽霊みたいな声が「イエロー・マジック・オーケストラ・デ・ゴザイマス…」と言ってメンバー紹介をする。かなり笑える。アルバム全体としては「RYDEEN」から「THE END OF ASIA」まで4曲がロンドン、「COSMIC SURFIN'」から「LA FEMME CHINOISE -中国女-」まで4曲がニューヨーク、そして最後の「BACK IN TOKIO」で東京に戻ってくる、という構成になっている。

 こうやって聴き通すと、YMOのライブ演奏はスタジオ盤と違ってかなりアグレッシヴで、肉感的といってもいい印象を与えることに驚く。テクノという語感を裏切るような生々しさがある。おそらく、これは高橋ユキヒロのドラムに負うところが大きい(もちろんヴォーカル入りの曲では、その声にも)。彼の身体が叩き出すビートがYMOの音楽の根底にあり、それがYMOの音楽を無機質なテクノやラウンジ・ミュージックから差別化している。つまり、ピコピコ・サウンドといわれた当時の音が古くなってもYMOの音楽が古びないのは、彼らの音楽を支える確かなミュージシャン・シップによるものであり、YMOのテクノが実は大事なところはテクノロジーに依存していなかった証左である、と思う。



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