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アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

赤い右手

2006-12-21 23:26:10 | 
『赤い右手』 ジョエル・タウンズリー・ロジャーズ   ☆☆☆★

 国書刊行会発行のカルト・ミステリ。カルトだけあってかなり異様なミステリである。帯には「探偵小説におけるコペルニクス的転回ともいうべきカルト的名作」とある。コペルニクス的転回というのが気になって買ってしまったのだが、読んでみるとまあ、なるほどねという感じだ。私はそれほど熱心なフーダニット系ミステリの読者ではないので、マニアが読むともっと感動があるのかも知れない。

 あとがきにも書いてあるが、はっきり言ってアンフェアである。フェアかアンフェアかで論議を呼んだ最も有名なミステリは『アクロイド殺人』だろうが、『アクロイド』の場合はそれまでの「常識」をひっくり返してみせたという驚きがあるが、この『赤い右手』のアンフェアさというのは、「なんじゃそら!」という、まさにイカサマにあったような複雑な読後感である。まあ、まともに作者と読者が「知恵比べ」をするようなミステリではないことだけは確かだ。

 ネタバレしないようにさわりだけ紹介すると、とある田舎で新婚カップルがヒッチハイカーを拾い、男が殺される。ヒッチハイカーは赤い目に裂けた耳、犬のように尖った歯、栓抜きのようなよじれた脚という不気味な風体だ。女は逃げるが、ヒッチハイカーはぐったりした男を助手席に乗せたまま田舎道を爆走し、わざと犬をひき殺し、人間までひき殺す。それを大勢の人間が目撃するが、この小説の語り手=リドル医師だけが、道の途中にいたにもかかわらず見ていない。それどころか、絶対に誰も通っていないと断言する。やがて新郎の死体が見つかるが、なぜかその右手は手首から先が切断されている。そして不審なことに、不気味なヒッチハイカーは声がリドル医師にそっくりで、かつ容貌も似ているらしい。背が低いこと、全体に薄汚れていることをのぞけば…。

 このあらすじを読んだだけで、多くの人が『ジキル博士とハイド氏』を連想すると思う。私も読みながらそうだった。犯人がどう考えてもリドル医師の邪悪な分身としか思えなくなる話の展開もそうだが、全体を包む禍々しい、非現実的かつ悪夢的ムードが良く似ている。もちろん、こう書いてもネタバレにはなっていないのでご心配なく。

 事件の叙述も、時系列が意図的にシャッフルされているせいで全体像が掴みづらい。おまけにリドル医師の語り口が妙に思わせぶりだったり、見たと書いた後で見なかったかも知れないと書いたり、非常に曖昧で混乱している。全体に、アンチ・リアリズムの幻想的ミステリと言っていいと思う。実際、これもあとがきに書かれているが、本書のプロットにはさまざまな問題点があり、不自然な部分が多い。だからリアリズムのロジカルなミステリが好きな人にはお薦めできない。しかし人工的な幻想ミステリだと思って読めば、独特の奇妙な魅力があることも否定できない。カルトと呼ばれる所以だろう。


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