
『文豪怪談傑作選 芥川龍之介集 妖婆』 芥川龍之介 ☆☆☆★
芥川龍之介が書いた怪談を集めた選集。スタイリストであり奇想の作家でもある芥川の怪談とはどんなものだろうかと思って買ったのだが、実際に読んでみると、短い寓話風のものや長目のもの、エッセー風の作品や中国怪談の抜粋など色々なものがごっちゃに収録されており、アンソロジーとしてはいささか散漫なのが残念だった。
個々の作品の出来や手法にもばらつきが激しい。最初の方にとても短い寓話風の怪談がいくつか収録されているが、芥川龍之介のスタイルにはこうしたものが一番合うように思う。タイトルだけは知っていた「アグニの神」や「黒衣聖母」などがそれに当たり、特にジェイコブズの「猿の手」にも似た禍々しさを感じさせる「黒衣聖母」はなかなか良かった。しかしショートショートといってもいいぐらい短いので、読み応えという点ではちょっと物足りない。
タイトル作の「妖婆」は長くてディテールに富んだ作品だが、途中でもしやと思った通り、「アグニの神」を引き伸ばしたものだった。引き伸ばしたことで面白くなっているとも思えず、個人的にはイマイチだった。芥川龍之介らしくもない不器用さだ。短い「アグニの神」の方が良い。
怪談といえるかどうか微妙なものも収録されているが、それはそれで悪くない。欲をいましめる「魔術」は「杜子春」の別バージョンのようで、オチがある話。「春の夜」は不思議な掌編で、かなり気に入った。個人的にはこういうオチのない話の方がいい。「幻燈」は稲垣足穂が書きそうな幻想的なメルヘンで、「死後」は内田百間が書きそうな夢幻的な掌編。どちらも面白い。
モデルを殺した夢を見た画家が主人公で、あれは現実ではなかったかと不安になる「夢」も秀逸。しかしこうやって読んでいると、芥川龍之介自身の神経症的な妄想やオブセッションがあちこちに顔を出していることに気づく。この「夢」にも、絨毯の裏の色が気になるのにめくるのが怖いとか、牛の目つきに穏やかな圧迫感を感じるなんて記述があるし、他の作品にも細かいことが気にかかったり気分が滅入る描写がある。ドッペルゲンガーがテーマの作品も複数あるが、芥川龍之介は自分のドッペルゲンガーを見たことがあるという説は本当だろうか。
まあ何にしろ、こんなことをいちいち気に病んでいたら生きていくのは大変だと思う。最後は自殺してしまったのが無理もないと思えて来る。ちなみに、こういう作家自身の病的な部分が小説のスパイスになると考える人がいるかも知れないが、私は懐疑的である。そうなるにしても、作家自身が一度それを突き放して客観視することが必要だと思う。モーパッサンの晩年の作品にも書き手の狂気がそのまま顕れているような異様なものがあるが、いい作品とは思えない。この怪談集を読んで、そんなことも考えた。
芥川龍之介が書いた怪談を集めた選集。スタイリストであり奇想の作家でもある芥川の怪談とはどんなものだろうかと思って買ったのだが、実際に読んでみると、短い寓話風のものや長目のもの、エッセー風の作品や中国怪談の抜粋など色々なものがごっちゃに収録されており、アンソロジーとしてはいささか散漫なのが残念だった。
個々の作品の出来や手法にもばらつきが激しい。最初の方にとても短い寓話風の怪談がいくつか収録されているが、芥川龍之介のスタイルにはこうしたものが一番合うように思う。タイトルだけは知っていた「アグニの神」や「黒衣聖母」などがそれに当たり、特にジェイコブズの「猿の手」にも似た禍々しさを感じさせる「黒衣聖母」はなかなか良かった。しかしショートショートといってもいいぐらい短いので、読み応えという点ではちょっと物足りない。
タイトル作の「妖婆」は長くてディテールに富んだ作品だが、途中でもしやと思った通り、「アグニの神」を引き伸ばしたものだった。引き伸ばしたことで面白くなっているとも思えず、個人的にはイマイチだった。芥川龍之介らしくもない不器用さだ。短い「アグニの神」の方が良い。
怪談といえるかどうか微妙なものも収録されているが、それはそれで悪くない。欲をいましめる「魔術」は「杜子春」の別バージョンのようで、オチがある話。「春の夜」は不思議な掌編で、かなり気に入った。個人的にはこういうオチのない話の方がいい。「幻燈」は稲垣足穂が書きそうな幻想的なメルヘンで、「死後」は内田百間が書きそうな夢幻的な掌編。どちらも面白い。
モデルを殺した夢を見た画家が主人公で、あれは現実ではなかったかと不安になる「夢」も秀逸。しかしこうやって読んでいると、芥川龍之介自身の神経症的な妄想やオブセッションがあちこちに顔を出していることに気づく。この「夢」にも、絨毯の裏の色が気になるのにめくるのが怖いとか、牛の目つきに穏やかな圧迫感を感じるなんて記述があるし、他の作品にも細かいことが気にかかったり気分が滅入る描写がある。ドッペルゲンガーがテーマの作品も複数あるが、芥川龍之介は自分のドッペルゲンガーを見たことがあるという説は本当だろうか。
まあ何にしろ、こんなことをいちいち気に病んでいたら生きていくのは大変だと思う。最後は自殺してしまったのが無理もないと思えて来る。ちなみに、こういう作家自身の病的な部分が小説のスパイスになると考える人がいるかも知れないが、私は懐疑的である。そうなるにしても、作家自身が一度それを突き放して客観視することが必要だと思う。モーパッサンの晩年の作品にも書き手の狂気がそのまま顕れているような異様なものがあるが、いい作品とは思えない。この怪談集を読んで、そんなことも考えた。
漱石も胃潰瘍になってます。
龍之介は漱石の門下生ですね。
晩年の作品はあまり読んだことがないですが、やはりそうですか。この本の作品でもところどころそういう神経症的なところがあって、個人的には微妙です。
>はるこさん
『坊ちゃん』も確かに単なる痛快な小説ではないですね。結局は悪が栄えるという救いのなさがあります。『こころ』などと比べるとずっと明るいですが。