アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

最悪

2007-08-23 17:58:04 | 
『最悪』 奥田英朗   ☆☆☆★

 出張で飛行機の中で読むために文庫本を持っていった。再読。一気読みするのに最適。

 一種の群像劇である。主人公は三人、町工場の経営者のおじさん、銀行のOL、無職の不良少年。この三人が、それぞれの境遇の中でどんどんドツボにはまっていく。こういう群像劇の常道として、三人はお互いに面識はないがその生活はちょっとだけリンクしている。OLの同僚の男が工場のおじさんと融資の話をしていたり、不良少年のつきあっている娘がOLの妹だったり。しかしそれぞれがとことんどん底まで落ちた時、三人の運命は交錯し、一緒に逃亡することになる、という話。

 伊坂幸太郎の『ラッシュライフ』と似た趣向だが、全員がとにかくどんどん悪い方へ悪い方へ転がっていく、という分かりやすい構成でこっちの方がインパクトはあると思う。

 どんな風に悪い方へ転がっていくかというと、町工場のおじさんは景気が悪く安い単価で注文先からこきつかわれている、というもともとかわいそうな境遇だが、近所のマンションの住民から音がうるさいので週末は作業をするな、と抗議を受ける。これに応じないでいると抗議はどんどんエスカレートする。一方、注文先のプッシュで高価な機械を入れることになり、銀行に融資を頼む。融資の条件で別の銀行を解約したり親から金を借りたり奔走する傍ら、従業員や不良品でも問題が起き、そして…。
 銀行のOLは会社の研修旅行に行った夜、上司にセクハラ、というかレイプ寸前の痴漢行為を受ける。銀行をやめようと思うが仕事が見つからない。親友に勧められて上司に相談すると、かえって自分が悪いみたいに責められ、さらに派閥抗争に利用されそうになり…。
 不良少年は仲間とトルエンの盗みをやるが、目撃者がいてヤクザに迷惑をかけたといってボコボコにされる。詫び料の金を作れといわれ、今度は金庫を盗んで金をなんとかすると、今度は…。

 面白いが、クライム・ノヴェルというにはちょっと違和感がある。最後はクライムにいたるわけだが、そこまでの過程、つまりそれぞれの日常の中でドツボにはまっていく過程がこの本のメインだと思う。「うわ~、嫌だな~」という胃が痛くなる感じ、これこそが本書の醍醐味だ。この作者は他の作品、『イン・ザ・プール』など伊良部医師もの、『マドンナ』みたいな会社員ものでもやっぱりそういう生活の中でのストレスが題材になっていて、小説のジャンルは違うものの意外と似ている。こういうのが得意なんだろう。

 それからまた、社会のヒエラルキーへの言及が多いのも特徴。工場のおじさんは大会社の孫請けの立場にあり、発注者の更に上の発注者はもう天上人である。彼が電機メーカーの社員と直接会うことは一生ないだろう、なんて慨嘆するくだりもある。OLのエピソードでも銀行内のヒエラルキーが強調してあり、会社に属していない不良少年のエピソードでも、ヤクザ組織内のヒエラルキーをうかがわせるセリフが出てくる。銀行のエリートが工場地帯の人々を馬鹿にした発言をするなんてシーンもある。ストレス小説の味付けとしては面白いが、後味はあまり良くない。

 三人がそれぞれ転がり落ちていく過程は面白いが、三人の運命が交錯して行動をともにするようになる終盤はボルテージが落ちる。まあこういう話の落としどころは難しいと思うが、展開があまりに不自然で、作為的になる。それまで「こういうのありそうだなあ」というリアリズムで支えられていたのが、完全なドタバタ劇になってしまい、ちょっと白ける。けれどもまあ、なんとかうまいことオチをつけたなという感じで小説は終わる。

 こういう小説なので爽快感はあまりないが、娯楽小説としては一気読みさせてくれる程度に面白い。しかしまあ、なんか読み終えたあとぐったりしてしまう。


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