アブソリュート・エゴ・レビュー

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パラダイス・シアター

2012-06-13 23:24:59 | 音楽
『パラダイス・シアター』 スティクス   ☆☆☆★

 アメリカのプログレ・ハードのバンド、スティクスが1987年に発表したアルバムで、大体においてこれが彼らの代表作とされている。要するに一番売れたということだ。

 スティクスとは神話に出てくる「三途の川」のことだが、このバンド名からも分かるようにもともとはプログレッシヴ・ロック的な志向があり、ハードロックながらどこか耽美的な作風だった。イエスやクリムゾンみたいな本格派プログレとまではいかないまでも、組曲をやったりコンセプト・アルバムを作ったりしていたが、前作『コーナーストーン』から「ベイブ」というパワーバラード系のヒットを飛ばし、音楽性もコマーシャルに洗練され、めでたく産業ロックの仲間入りをした。といっても、キャッチーでメロディアスなハードロックの中にもともとのプログレ志向は微妙に残っていて、それがこのバンドの持ち味になっている。

 バンド構成上の特徴は、ソングライター兼ヴォーカリストが三人いるということだ。一番メロディアスな曲を書きはりのある中性的な声で歌う、バンドの看板であり当時のリーダーでもあるデニス・デ・ヤング(「ベイブ」も彼の曲)、爽やか系のキャッチーかつほどほどにハードな曲を書いて歌うトミー・ショウ、ヘビメタっぽい曲を書きヘビメタっぽく歌うジェームス・ヤングの三人である。三人ヴォーカルがいてしかも三人ともハイトーンで歌えるので、キャッチーなメロディに加え華やかなコーラス・ワークが可能、また三人のソングライターがバラエティに富んだ色んなタイプの曲を提供するのもまた、このバンドの魅力になっている。

 ちなみに私は、昔デニス・デ・ヤングとエア・サプライのラッセル・ヒッチコックの声が区別できなかった。

 というようなこのバンドの魅力が一番良い形で現れたのが、この『パラダイス・シアター』ということになるだろう。まず全体が緩いコンセプト・アルバム形式になっていて、かつて栄華を誇ったパラダイス・シアターの歴史を甘美なノスタルジーとともに回想する、という体裁になっている。最初と中盤、そして最後にデニス・デ・ヤングが歌う哀愁漂うメロディが出てきて、これが本作『パラダイス・シアター』におけるテーマ旋律となっている(ヒット曲「ベスト・オブ・タイムス」の冒頭部分のメロディでもある)。その間に三人のコンポーザーが書くさまざまな曲が配置されているが、どの曲もキャッチーで、バラエティに富んでいて飽きさせず、かつ華やかなアレンジとコーラスで彩られたスティクスらしい曲ばかりで、リスナーへのサービス精神たっぷりだ。

 この「栄華を誇った劇場の歴史」というコンセプトはデニス・デ・ヤングのアイデアらしいが、もともとスティクスのプログレ志向というのは実は「演劇志向」と言うべきもので、思想性や実験性みたいなものとはほぼ無縁であり、ミュージカル的な娯楽物語を志向している。これは多分デニス・デ・ヤングの個人的な趣味なんじゃないかと思う。ちなみに私は最初ニューヨークでミュージカル「オペラ座の怪人」を観た時、怪人役の俳優の声と歌い方がデニス・デ・ヤングそっくりなのに驚いた。というか、他にも何本かミュージカルを観て分かったのだが、デニス・デ・ヤングの歌い方がつまりミュージカルっぽい歌い方なのである。朗々と艶のある声を張り上げ、しっかりヴィブラートをかける。彼は昔からロックのふりして実はミュージカルをやっていたのだ。だからこの『パラダイス・シアター』がぴったりはまって大売れしたのも、これで味を占めて次のアルバムでもミュージカル路線を突き進もうとして(今度は三人のヴォーカルに役をつけてミニ・フィルムまで作ってしまう)見事にコケてしまったのも、当然の帰結というものかも知れない。

 何はともあれ、本作はスティクスのグッド・メロディ、キャッチーさ、華やかなコーラス、艶のあるヴォーカルがたっぷりつまった好盤である。プログレ四天王みたいな思想性や音楽的冒険は皆無だけれども、エンタータインメントとして良質な音楽がアソートメントのようににぎやかに詰まっている。


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