アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

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殺しのドレス

2008-04-02 20:36:25 | 映画
『殺しのドレス』 ブライアン・デ・パルマ監督   ☆☆☆☆

 DVDで再見。B級サスペンスっぽい雰囲気を随所に漂わせながら、実は私の偏愛の一篇である。

 映画が始まると甘い音楽とともにいきなりのシャワーシーン。スローモーションで嘗め回すように裸体を映し出すカメラ。『キャリー』そっくりだ。実際この映画はこの冒頭シーンといい、びっくりさせて夢オチで終わるエンディングといい、『キャリー』と双生児的な構成になっている。ラストシーンなんて俳優を入れ替えればまったく同じだ。しかし甘酸っぱい青春映画でもあった『キャリー』と違い、こちらは完全にアダルト18禁路線。とにかくエロい。

 もう一つ、シャワーシーンと言えば『サイコ』だが、この映画は露骨な『サイコ』へのオマージュになっている。カミソリで殺される女はもちろん、途中でヒロインが交代する構成も同じだし、前半の主役は年増の女性、後半は若い女というところも同じだ。その『サイコ』色はもうバレバレというか隠そうともしていないが、それでもしっかりデ・パルマの映画になっているのがえらい。例によって甘い音楽、スローモーション、ゆっくり移動していくカメラ、映像のエフェクトなど使いまくっていて、娯楽サスペンス映画なんだけれどもとてもスタイリッシュな絵作りがなされている。ちなみに音楽は『キャリー』と同じピノ・ドナジオが担当しているが、この人の甘くて時代がかった映画音楽はデ・パルマの映画に一番よく似合うと思う。

 さて、この映画で重要な意味を持つ小道具はカミソリ、そして鏡だが、両方とも最初のシーンに出ているのに今回気づいた。鏡の前に立ち、カミソリで髭をそる男。その向こうでシャワーを浴びているアンジー・ディッキンソン。この映画に出てくるカミソリは全部同じ外見で、鏡のように白く光り、取っ手と刃の境目が折れていて、やたらでかい。こんな恐ろしいカミソリはあんまり見たことないが、この映画の中では全部これだ。そして鏡。ドクター・エリオットが鏡を見るシーンが物語の上で重要な伏線になっている他、エレーベーターの中の鏡、窓に映る殺人犯、そしてもちろん、最後のびっくりシーンで巧妙な使い方をされる浴室の鏡など、あちこちで印象的な使い方をされている。

 鏡のモチーフが更に発展して分身のモチーフも効果的に使われている。ドクター・エリオットと犯人の関係もそうだが、物語のトリックとして重要な、犯人と女刑事のペアも、映画の文脈の中では分身以外の何物でもない。女刑事と犯人が同時に姿を現すクライマックス・シーンで、観客はまるで一人の人間が二人に分裂したかのような錯覚を起こし、混乱する。そして片方がもう一方を銃撃するにいたり、まるでポーの『ウィリアム・ウィルソン』か『ジキル博士とハイド氏』のような象徴的意味合いを感じずにはいられない。

 そういう意味では、この映画は精神分析的映画でもある。ドクター・エリオットの診察シーンが何度か出てくるという表面的な意味でもそうだし、三つ巴の象徴的分身が追跡し合うメイン・プロットもそう、更に、アンジー・ディッキンソン演じる女主人公が性に悩み、結果ナンパされるなんてあたりもそう。最終的にどんでん返しで明らかになる意外な真相も、『カリガリ博士』のような精神分析的映画の系譜を受け継いでいる。

 ところでアンジー・ディッキンソン演じるケイトがひとりでメトロポリタン美術館に行き、そこで中年男性にナンパされるシークエンスは実に見事だ。メイン・プロットに直接関係しないシーンとしては異様なほど長く、最初から妙な不安感が漂っている。そしてケイトが内面に秘めた欲望、葛藤が繊細に表現されている。最初彼女は腰かけて回りの人々を眺めているが、その彼女を絵の中の人物がじっと見つめている、その映像が繰り返しインサートされる。この「見つめられる」描写は更に彼女が男のアパートに行き、帰りのエレベーターの中で小さな女の子にじっと見つめられるシーンでも反復される。ここでは彼女の罪悪感を表現していると思ってもいいかも知れない。こういうところにも精神分析的映画を感じる。

 ところでケイトは美術館でナンパされ、タクシーに乗ってそのままくんずほぐれつのHシーンへと展開するが、このシーンが激エロ。タクシーの中でここまでやるかというのもあるが、下着をずり下ろされて悶えまくるところなんて立派なポルノだ。そしてエロ・シーンの後、男のアパートで女主人公がふと診断書を見つけ、男が性病持ちだと知るシーン。これが恐い。ひょっとしたらここが一番恐いかも知れない。それまで情事の余韻に浸ってハッピーだったケイトの顔が青ざめる。ロマンティックな情事と思っていたものが実はおぞましい体験だったことが分かる。この雰囲気の急変が実に映画的で素晴らしい。ロマンティックから不吉へ。そしてその直後、ケイトは待ち構えていた犯人に惨殺されることになる。

 後半はナンシー・アレンが引き継ぎ、クライマックス雷雨の診察室シーンでは黒いガーターベルト姿を披露、最後までエロにこだわる監督の姿勢を見せつけてくれる。ここでも雷の閃光の中、ナンシー・アレンが両手の血しぶきを見ながら立ちつくす姿など、スタイリッシュな映像が印象的。

 B級映画っぽいところも多々あるが(特のあの刑事役の俳優)、デ・パルマ監督の独特の絵作り、そして甘美な不安感を堪能できる佳作だと思う。それにしてもアンジー・ディッキンソン、この映画の撮影当時は40代で、顔を見ると皺とかあって充分おばさんのはずなのに、すごく色っぽい。まあ顔は美人でスタイルもいいということもあるが、あれは表情だと思う。表情がいいんだな、うん。


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