アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

天使の囀り

2008-03-31 18:49:07 | 
『天使の囀り』 貴志祐介   ☆☆☆☆

 再読。最初読んだ時は二度と読むまいと思ったのだが、つい読み返してしまった。でもさすがに二度目となると心の準備ができているせいか、最初読んだ時ほどおぞましくはなかった。

 はっきり言って、メチャメチャ気持ち悪い小説である。美しげな表紙やタイトルに騙されてはいけない。私はこれ以上気持ち悪い小説は読んだことがない。そもそもキモイ系は苦手なのである。クーンツやキングなどのホラー小説で時々気持ち悪いシーンはあるが、そんなもんじゃない。だから気持ち悪い小説は苦手です、という方にはお薦めしない。というか、読んじゃだめです。

 どんな風に気持ち悪いかって? それは言えない、ネタバレになってしまう。この小説はネタバレしたからって楽しめない小説ではないと思うが、作者自身が後ろのページからめくってしまう読者を警戒して、参考文献の名前をいっさいあげていない。だから作者の意向を尊重し、いっさいネタバレなしでいきたいと思う。

 解説で瀬名英明が書いているように、この小説はなかなかどういうジャンルの話かが分からないようになっている。最初に、アマゾンに派遣された調査団に属する高梨から、その恋人であり本編の主人公である早苗に宛てたメールが紹介される。そこで調査団メンバーのこと、アマゾンのこと、研究内容、現地の部族のことなどが語られる。メールは調査団が「穢れた」という理由で現地の部族に追い出されたところでふっつり途切れ、高梨は突然帰国して早苗を驚かせる。しかしもっと早苗を驚かせ、やがて恐怖させたのは、彼の変わりようだった。繊細で陰りがあった彼は別人のように明るくなり、ものすごい食欲、そして異常な性欲を見せるようになる。高梨はたちまち面影をとどめないほどに肥満し、そのことをまったく意に介さず、あんなに恐れていた死に異常な関心を示すようになる。彼は鳥の羽ばたき、そして囀りのような音が頭の中で聞こえるという。そして結果的に、彼は自殺する。ここまでが序章である。その後、他の調査団隊員も次々と異常な自殺をとげ、さらにこの異常な自殺は調査団とは関係のない人々にまで広がっていく。

 最初はあんまり怖くないし、気持ち悪くもない。どんな話なのか、つまり悪霊なのか呪いなのかモンスターなのか病原菌なのかSFなのか麻薬なのか、さっぱり分からないからだ。でも自殺の方法がだんだんエグくなってくる。普通の人間なら絶対そんな方法で自殺しないだろというような、苦痛を伴う恐ろしい自殺の仕方をするのである。これは一体何なの? という状態が続き、ようやくその原因、つまり本書のネタが明かされるのはちょうど半分くらいになってからだ。

 このネタは最初から想像つく人もいるだろうが、私は分からなかった。けれどもこの「種明かし」をされても、自殺者が天使の羽ばたきや囀りを聞くのはなぜかとか、自らあんな死に方をするのはなぜかなどミステリーがあり、早苗がそれらをさまざまな協力者とともに発見していく過程は読者をひきつけて離さない。が、その途中にもおぞましいシーンは律儀に定期的に挿入されるので要注意だ。特に、被害者となるオタク青年が途中でXXを喰っちゃうシーンは個人的におぞましさのきわみだった。あー思い出したくない。
 
 そしてクライマックス。おそらく自分がその場にいたらあまりのグロさに発狂するだろうと思えるシーンでこの物語はピークを迎える。セミナーハウスの大浴場、最後の段階に達した被害者達(被害者達は必ず自殺するわけではないのである)、ほとんど人間外の存在と化した人々の集団。おぞましい。とこう書くと、ははー、これはモンスターものだなと思うかも知れないが、違うのである。はっはっはっ。

 貴志祐介らしく、ディテールがとても緻密でしっかりしている。学者や医学関係者の講釈がたくさん出てくるが、どれも膨大な調査量の裏づけがあるのが良く分かる。やっぱりこの人はうまい。そして、主人公の早苗はホスピスで終末患者を看取るという辛い仕事をしているのだが、エピローグでそこにも話がつながっていくなど、芸の細かさもちゃんと発揮されている。面白い小説だ、それは間違いない。しかし、やっぱり一言でこの小説を表現するならば……気持ち悪い。


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