アブソリュート・エゴ・レビュー

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ドライヴ

2016-01-24 18:09:23 | 映画
『ドライヴ』 ニコラス・ウィンディング・レフン監督   ☆☆☆☆

 英語版ブルーレイで鑑賞。普通のアクションものかと思って観たら、かなり特徴のある、スタイリッシュなフィルムだった。物語そのもののスケールは小さい。アクションも派手というより地味、渋め。雰囲気はにぎやかではなく、むしろ静謐だ。主人公のドライバー(ライアン・ゴスリング)はものすごく無口で、ほとんど会話をしない。誰かと向き合っていてもただ黙っているという場面が多い。ヒロイン(キャリー・マリガン)といても無言だし、喋っても囁くような声だ。大体、名前がない。名無しの主人公である。

 編集のセンスも独特で、大胆な省略で観客をハッとさせる。たとえばヒロインの車が故障してドライバーが助ける場面。彼はスーパーの中で彼女を見かけても声をかけず、むしろ避ける。彼の用心深い、孤独な生活習慣を暗示している。場面が変わり、彼がスーパーの外に出てくる。自分の車にショッピングバッグを入れる。一瞬ためらった後、別の車に向かって歩き出す。すると、故障してボンネットが開いた車と、その横に立つヒロインと子供がカメラに入ってくる。彼は彼女たちに歩み寄る。声をかける、と観客が思った瞬間、場面が変わる。誰も、一言も発声しないまま。

 こうした独特の間と静謐感のあるシークエンスが続く中で、凄まじい暴力が突発的に噴出する。かなりえぐい、残酷な流血シーンもある。が、派手に見せびらかすというよりは、やはりクールな距離感を保っている。ドライバーが金槌をもって殴りこみに行き、男の手を潰す場面も強烈だがほんの一瞬だし、モーテルで襲撃される場面のアクションも、印象的なのはむしろその後の血だらけになったドライバーの顔のアップである。

 静謐感、大胆な編集のセンス、突発的なバイオレンス描写と、全体に北野映画と共通する要素が多いように思う。監督はデンマーク人らしいが、北野武の影響を受けていたとしても驚かない。

 物語のスケールは小さいと書いたが、もともと小さい町の小さい揉め事である。ギャングたちもトレーナー着てたり中華料理の店にたむろしていたり、小物感がいっぱいだ。が、だからこそ生々しい。アルマーニのスーツを着たロシアン・マフィアの幹部や凄腕のCIAエージェントなどは出てこないが、それでいいのだ。そもそも、この監督は凝ったストーリーを語る気はないんだと思う。ストーリーではなく、場面場面のテンションと美意識で見せようとしている。主人公が名無しの青年というのもそれを表している。

 そしてこの映画の土台を支えているのは、この主人公の独特の存在感である。車を操る天才で、無口だが、それ以外の素性がさっぱり分からない。過去も分からない、説明もない。ただその尋常ではない佇まいから、ずっと孤狼のような生き方をして来たのだろうと想像させるのみ。そしてただ寡黙でクールなだけでなく、アブナイ。エレベーターで刺客の頭を踏み潰すシーンなど唖然とするほどの凶暴さだ。あの凶暴さと孤独な佇まいは、ジャン=パトリック・マンシェットのノワール小説の主人公たち、たとえば『眠りなき狙撃者』の主人公を想起させる。ミステリアスで、不気味で、そして哀しい。

 「ドライヴ」というタイトルから派手なカーチェイスが売り物に違いないと思ってたら、これも外れた。強盗現場からの逃走シーンで一応カーチェイスはあるが、ハリウッドのアクション大作で見せるような盛りだくさんなカーチェイスではなく、やはり簡潔で切り詰められている。冒頭、主人公が仕事(強盗後の逃走サポート)をする場面があるが、そこもかなり抑制されている。派手なチェイスではない反面、独特の緊張感がある。ハリウッド映画のアクションシーンは観客の慣れに応じてどんどん大仕掛けになっていく傾向にあるが、大仕掛けを投入しなくても、センス一つでまだまだ新鮮なアクション場面を撮れるということが分かる。やはり、見せ方の問題なのだ。
 
 ハリウッド式の大作アクションものを期待する人向きではないが、独特のスタイルと乾いた叙情性を持った、忘れがたいノワール・アクションである。



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