アブソリュート・エゴ・レビュー

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構想の死角

2007-12-05 18:11:02 | 刑事コロンボ
『構想の死角』 ☆☆☆★

 コロンボTVシリーズ第一作目。コロンボ作品としては『殺人処方箋』『死者の身代金』に続く三作目だが、『殺人処方箋』は単発作品、『死者の身代金』はパイロット版ということで、シリーズ作品としてはこれが最初ということになる。

 とにかく、このエピソードの今となっての最大のウリはあのスティーヴン・スピルバーグ監督作品ということだろう。もちろんまだ無名時代、スピルバーグも20代の青年だった。『激突』を撮る前だ。そして単にスピルバーグが撮ったというだけでなく、実際に非常に特色ある映像になっている。シリーズの中でもはっきりとこれだけ違う感触がある。クールで、ダークな映像なのだ。

 オープニングからしてユニーク。部屋の中でタイプライターを打っている男。そしてタイプの音だけをバックに、道路から駐車場に入ってくる車、車から降り立つ男、と映像が進行する。物語が始まってからも、映像の特色は明らか。特に目立つのはアップの多用。ただアップにするのではなく、画面の手前に誰かのアップがあり、遠景にもう一人いる、という構図が好んで用いられる。たとえば手前にフェリス夫人の顔、遠くに立つコロンボ。あるいは手前に電話をかけるジム・フェリス、部屋の奥にケン・フランクリン。手前にジム・フェリスの死体、部屋の奥にひとり乾杯するケン・フランクリン、などなど。画面が平面的でなく、とても立体的に使われている。あるいは会話をするコロンボとケン・フランクリンの顔が大きくアップになる、脅迫するラ・サンカ夫人とケン・フランクリンの顔が大きくアップになる、など大胆なアップも多用される。そしてそれによって、画面に一種独特の緊迫感がみなぎっている。この緊迫感はこのエピソード全篇を通して流れていて、他のエピソードには見られないダークでノワールな空気をもたらしている。これは明らかにスピルバーグの持ち味だ。

 ケン・フランクリンとジム・フェリスは売れっ子のミステリ作家チームだが、実際はジムが全部執筆し、ケンは交渉やTV出演担当。ジムがコンビを解散して純文学をやりたいと言い出したので、ケンはジムを殺す。動機は作家としてのメンツを保つためと、ジムにかけていた保険金。凝ったトリックを使い、完璧なアリバイを準備し、殺人をマフィアのせいに見せかける。彼のファンである雑貨屋の女主人、ラ・サンカ夫人が彼を脅迫してきたので、彼女も殺す。コロンボは彼を怪しむが、物証は何もない。いかにしてコロンボはケン・フランクリンを追つめるのか。

 ラ・サンカ夫人が強烈である。はっきり言って恐い。ケン・フランクリンのファンで、本をプレゼントされると「本より作家の方が欲しいわ」などと媚態を示しながら言う。そしてケンの犯罪を立証する事実を目撃すると、ケンをゆするその一方で、「二人のロマンスに乾杯」などと言って迫ってくる。異常人格者だ。出っ歯で長い顔のルックスも非常にインパクトがある。
 彼女が最初にケンをゆすりに来るシーンが非常に恐い。劇場のロビーにいるラ・サンカ夫人。そこへケンが美女と連れ立ってやってくる。「ミスタ・フランクリン!」と大声を出すラ・サンカ夫人。ケンが挨拶して別れようとすると「一杯飲みに行かない?」「いや、残念だが約束があるので」するとラ・サンカ夫人、妙に媚を含んだ気持ちの悪い笑顔を見せながら言うのである。「そっちは断ったらどうかしら」
 恐い。しかもこのシーンを、例の緊迫したアップの多用、しかも濃い陰影をつけた映像でやるのである。この後二人でレストランに行き、金の話をし、二人で表面上だけ笑いあうのだが、ラ・サンカ夫人の気持ち悪い媚態とケンの腹黒さが絡み合って、最高に不気味なシーンとなっている。犯人が目撃者に恐喝されるというプロットは他のエピソードでもたびたび出てくるが、このラ・サンカ夫人のインパクトと迫力がダントツ一等賞である。

 それから今回の犯人のケン・フランクリン、シリーズ一作目ということもあって典型的な犯人像を描き出している。傲慢、利己的、エリート意識と虚栄心の固まり、ずる賢い。そしてコロンボをあからさまに見下す。まあとにかく嫌な奴である。

 という風に映像や雰囲気、キャラクターはとても特色あるいい作品なのだが、肝心のミステリ部分が残念ながら弱い。コロンボがケンに突っ込むポイントも大したことないし、何といっても逮捕の決め手が弱い。あくまで状況証拠でしかなく、ケンの犯行の証明には全然なっていない。最初観た時は、なんであれでケンが諦めてしまうんだろうと不思議だった。

 そういうわけで、傑作の誉れ高いエピソードであるが、私の評価はまあまあレベルだ。しかし先に書いたように独特のムードと高級感が漂うエピソードである。


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