アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

パースの城

2010-10-04 19:08:58 | 
『パースの城』 ブラウリオ・アレナス   ☆☆☆☆

 「文学の冒険」シリーズの一つ『パースの城』を再読。ブラウリオ・アレナスはチリの作家。

 タイトルに「城」とあることからも分かるように、本書にはロマンス、妖精、亡霊、騎士、斬首、拷問、戦争などあらゆるゴシック物語の意匠が盛り込まれているが、純然たるゴシック譚やファンタジーではなく、シュルレアリスム小説である。ジャンル小説の匂いはまったくと言っていいほどない。帯には「恋と冒険、予言と魔法、陰謀と復讐の物語」なんて書いてあるが、これはそういうハラハラドキドキの熱い物語ではなく、むしろ不思議な静謐感と、茫洋とした舞台劇のような憂愁が全体を支配する作品だ。あとがきによれば、作者のアレナスは夢と覚醒がもはや矛盾とは感じられなくなる一点=至高点を追い求めた作家らしいが、それはこの『パースの城』でもよく分かる。本書にはジュリアン・グラックとまではいかないまでも、同じ種類のシュルレアリスティックなメランコリーが感じられる。私としてはもちろん、その方が好みなのである。

 冒頭のプロローグで本書の主人公ダゴベルトと、幼なじみの少女ベアトリスの淡い関係がてみじかに描かれる。大人になったダゴベルトはベアトリスの死亡記事を読む。その夜、ダゴベルトのもとに不思議な娘が現れ、彼は娘に誘われるままに舟に乗り、幻のような城を訪れる…。

 この冒険は最初から、すべてがダゴベルトの夢であるという仄めかしとともに始まる。そしてこの仄めかし、暗示は、その後物語が進んでいく中でも絶えず行われる。つまり作者はこの話をリアルに感じさせようとしていないだけでなく、非現実感を増すためにあらゆる努力を払っているのである。話の筋そのものも、夢であるがゆえの過剰なご都合主義、論理の破綻、矛盾に満ち満ちているし、ある場面では登場人物の動きがスローモーションになったり、場面が暗転したりというビジュアル上のギミックも駆使される。登場人物たちの言動も不可解で、急激に不自然な感情の変化が起きる。たとえば母親が憎しみのあまりわが娘を殺そうとした次の瞬間、愛に目覚めて涙ながらに救おうとしたりする。

 そしてこうしたことのすべてが、ダゴベルトが幼い頃恋した少女ベアトリスの死亡記事にどこかで結びついている。つまり登場人物の言動や物語の背後に、常にベアトリスの死が透けて見えるのである。

 こうしたシュールな物語や夢物語は下手するとなんでもありの、作者の妄想を垂れ流しただけのマスターベーションになってしまう場合もあるが、本書では非現実感を漂わせつつも比較的ちゃんとした筋があるし、それぞれの場面も意味不明ではなく、色んな冒険物語や御伽噺の場面をひっぱってきて組み合わせたような感じで、わりと読みやすい。訳者はあとがきで「夢のもつ不条理さを条理の立つように描こうとした点、多少の無理があるように思われるが…」と書いているが、夢ということでとめどなくシュールに走るのではなく、コントロールされた奇妙なパントマイム劇、ゴシック・ロマン風のバレエといった趣きにまとめたところが、私はかえって面白い味になっているように感じた。

 シュルレアリスム小説が好きなら一読の価値あり、でしょう。


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