アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

虹の女神 Rainbow Song

2015-05-20 21:39:38 | 映画
『虹の女神 Rainbow Song』 熊澤尚人監督   ☆☆☆☆

 日本版DVDで鑑賞。主演は市原隼人と上野樹里。上野樹里が「のだめ」の女優さんということは知っていたが、ちゃんと顔を見るのは今回初めてだ。で、すっかりファンになってしまった。このサバサバした自然体な感じが実にいいなあ。媚びない感じが爽やかで、目ヂカラがあり、顔はしっかり美人顔。が、一説によればこのイメージは「のだめ」とは全然違うらしい。

 一応、恋愛映画である。が、劇的な事件があったりドロドロしたりという類ではなく、学生時代を一緒に過ごした仲間のさらっとした空気感と、その中で恋愛なのか友情なのかという微妙な関係性を維持する男女を描いた映画だ。だから主人公である市原隼人と上野樹里はきわめて自然なさりげない演技で一貫していて、学生時代のモラトリアムな雰囲気がリアルに表現されている。ちなみに、彼らが仲間とともに打ち込むのは自主制作映画である。とりたててコミカルでもなく、とりたててドラマティックでもなく、ごくごく自然な学生の毎日。将来どうなるのか分からないまま、自分が純粋に好きなことに費やすことができる時間。私も学生時代、勉強そっちのけでバンドに熱中していたので、実に良く分かる。

 そんな日々の中で、岸田(市原隼人)とあおい(上野樹里)はいつも近くにいる。あおいは自主制作映画の監督で、岸田は主演男優。仲は良いが、恋人感覚はない。周囲の人間から「付き合ってるんじゃないの?」と言われたりすると、「全然違う」と言って笑う。そんな関係である。

 恋なのかも知れない、友情なのかも知れない。そんな曖昧な異性関係には「恋人同士」という明確な関係にはない甘酸っぱさと、どこかはかない美しさがある。大勢の人間にとって何かしら心当たりがあるに違いないこの美しさは、しかし非常に淡く、壊れやすいものである。当人達が気付かないまま消滅してしまうことが大半だろう。特にドラマもなく、事件もなく。涙が流されることもなく。

 だからこの映画の監督(もしくは脚本家)は、この掴みがたい淡さとはかなさを、あおいの死という劇的な事件とそれに伴う回想の額縁に入れ込むことによって、ピン止めする。そうすることで、その淡さの中に隠れている美しさをあぶりだし、取り出し、可視化してみせる。あおいが飛行機事故で死んだ後、ようやく岸田は自分が失ったものの大きさに気づく。

 あんなに近くにいたのに。

 この一言に、この物語のせつなさと美しさのすべてが集約されていると思う。映画の終盤、あおいの手紙を読んで岸田は泣く。あおいの自分に対する気持ちを知ったからであり、同時に、自分の彼女に対する気持ちを知ったからである。この場面はお涙頂戴と言われても仕方がないだろうが、しかし、この物語においてはもうちょっと違う意味がある。そこには愛する人の死という悲しみだけではなく、愛し合っていたにもかかわらず、それに気づかないまま年月を重ねてしまったという後悔がある。それに気づかずに、しかしあれほど近くで過ごしていたかつての自分たちに対する、胸を焦がすようなノスタルジーがある。要するに、あおいの死によって惹き起こされたこの強烈な感情が過去を照射して、淡くはかない関係の中にひそんでいた美しさをあぶりだす仕掛けになっているのだ。その時、それまでのさりげない日常描写の数々が圧倒的な美しさとともに立ち上がってくる。これが本作の、映画としてのストラクチャーである。

 失われて初めて気づく、大切なもの。その喪失感と、「何も気付かずに近くにいた」過去の何物にもかえがたい美しさ。この二つが本作のポエジーの柱だが、この企ては見事に成功している、と言っていいと思う。

 そこにもう一つ、学生時代の夢のような浮遊感を付け加えてもいいかも知れない。先に書いたように私自身似たような大学時代を送っていたこともあって、甘酸っぱい記憶で胸が締め付けられた。まあ、個人的な感傷だ。が、この映画の中であおいが言うセリフ、「10年後の私たちは何をしているんだろう?」はこの浮遊感を表現して秀逸だと思う。こんなセリフが出てくるのは学生時代だけだ。おとなになってからは、もうこんな疑問を抱くこともなくなってしまう。

 主演ふたりの自然な演技が実にイイが、特に上野樹里が素晴らしい。まっすぐでひたむきな目と、毅然とした意志を感じさせる表情が魅力的だ。脇役では、佐々木蔵之助のテキトーな上司が良かった。要領ばかりよくて、いざという時にはあまり頼りにならないタイプだが、こういう上司はなぜか人に好かれるのである。あおいの盲目の妹を演じた蒼井優は、もはや貫禄の演技力。アブない女を演じた相田翔子は、よく分からない。

 脚本は小説家の桜井亜美と岩井俊二の手によるもので、映画にもちょっと岩井俊二テイストを感じる。但しあそこまでの耽美性はない。また、演出のあちこちにまだ若い監督の青さを感じるところがある。役者はとても自然な芝居をしているのに、演出がそれをぎこちなくしている部分があって、たとえばあおいと岸田が虹を見上げてずっと手をつないだままになるところなどがそうだ。

 それから、あおいが岸田に向かって半ば自分の気持ちを告白する場面があるが、あれはあそこまで言わせない方が良かった。あそこで引き止めることも出来た、と後悔のダメ押しをしたかったのだろうが、不要である。この映画からは、メロドラマティックな場面はむしろ極力排除するべきだ。

 傑作と断言するにはどこか脆弱さがあるが、それも学生時代のふわふわした浮遊感とリンクしているようで、不思議な愛おしさを感じさせるフィルムである。とりあえず、上野樹里ファンは必見でしょう。



最新の画像もっと見る

コメントを投稿