アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

うなぎ

2008-04-20 12:51:16 | 映画
『うなぎ』 今村昌平監督   ☆☆☆☆

 写真は日本のDVDだが、米国版のDVD『The Eel』で再見。古いDVDなのでワイドスクリーンで見ると映像が一回り小さくなり、まわりに黒いスペースが出てしまう。ちょっと悲しい。

 最初観たのはこの映画がカンヌでパルムドールをとった直後だったと思うが、今村昌平の映画は初めてだったのでこのアクの強さは衝撃的だった。Amazonの紹介文によるとこれでも従来の今村作品よりアクの強さは薄れているという。びっくりである。従来の作品というのは『楢山節考』とか『復讐するは我にあり』とかだと思うが、どっちもいつか観たいと思いながら未見だ。

 とにかく独特の雰囲気。『うなぎ』というタイトルそのまま、つかみどころのない軟体動物のような映画だ。冒頭、役所広司のサラリーマンが妻の浮気の現場を押さえ、出刃包丁で殺す。この殺害シーンはかなりえぐい。カメラに血しぶきが飛んで画面が赤く染まる。裸の妻を、主人公は何度も何度も刺す。全身血まみれになった妻をカメラはじっくり映し出す。そして主人公は小鳥がさえずる中(時刻は早朝である)、自転車に乗って血まみれの服のまま警察署に行き、ごく普通の口調で「今、妻を殺しました。これが凶器です」と自首する。ここまでがプロローグ。実もふたもないような残酷さだが、自転車に乗って走る役所広司が「夜霧よ今夜もありがとう」を鼻歌で歌ったり、妙に淡々とした描写が奇妙なアイロニーと狂気を漂わせている。

 そして8年後、主人公の山下が出所するところから本格的に物語が始まる。山下が保護司と歩く時真後ろに並んでしまう、列を作って走る集団を見ると自分も一緒についていってしまう等ユーモラスなシーンも多く、笑える。この映画は残酷さ、哀しさ、怖さなどもたっぷり盛り込まれていてつかみどころがないが、基本はコメディと言ってもいいと思う。相当にブラックなコメディだが。山下はへんぴな場所に理髪店を開く。うなぎの餌を取りに行った時、睡眠薬を飲んで自殺をはかった女・桂子を助ける。山下は嫌がるが、保護司のすすめで桂子は山下の理髪店で働き始める。

 山下は人間不信になってうなぎだけを話相手として暮らしているが、そのわりに隣の船大工、スポーツカーに乗ったサングラスのあんちゃん、UFOに呼びかける若者など、わりとスピーディーに人間の輪が出来ていく。けれども本当に山下のような人間嫌いがいたら友達なんてなかなかできないだろう。桂子があんなところに来て自殺を図るのもそうだが、この映画は明らかにリアリズムではなく、今村昌平の人工的な演劇世界である。奇妙な出来事が連鎖する。それは映像表現もそうで、赤く染まる電灯、水槽の中に入っていく山下など、ポイントポイントでシュールな描写が入る。それらがあいまって、ユーモラスで奇妙で残酷で、オブセッションみなぎる今村昌平の世界を形作っていく。

 山下が船大工とうなぎ釣りに行ったりUFO信者の青年と話したりするあたりで、ははあ、こういう連中とのハートウォーミングな交流を描く映画になるのかと思うとそうではなく、同じ刑務所にいた前科者の高崎や桂子の不倫相手などが登場して、ハラハラするような剣呑なオーラを映画に持ち込む。とくに柄本明演じる高崎のいやらしさはたまらんものがあり、夜道で桂子をレイプしようとしたり怪文書を貼り紙したり、とことんやってくれる。他にも桂子の母が心を病んでいたり「邪魔なら死んでやる」と言って手首を切ったり、強烈なシーンが連続する。結構コワい。山下も夜うなぎに話しかける時はどことなく狂気を感じさせるし、そんなこんなで映画全体をねっとりした不安感、微妙な狂気が包み込む。それから桂子を演じる清水美砂は相当な体当たり演技で、不倫相手から布団の中でバイブレータで責められるなんてすごいシーンもある。

 最後は桂子の不倫相手が理髪店に乗り込んできて乱闘になり、その結果山下が桂子に心を開いてハッピーエンドになるという、意外に娯楽映画的な決着を見る。これはこれでカタルシスが感じられて悪くない。わりと爽やかな結末だ。山下は最後に飼っていたうなぎを川に放すが、これによって彼の心が癒えたことが分かる。が、最後にいきなり水の中から高崎が現れて哄笑したり(この場面はかなり怖い)、妙な不安感やオブセッションがきれいさっぱりなくなったわけでもない。

 かなりアクが強く、奇妙な息苦しさを持った表現主義的な映画だが、今村昌平監督の演出や作劇は柔軟でしなやか、滑稽さと怖さが絶妙にブレンドされた作風は達人の芸を感じさせる。


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