アブソリュート・エゴ・レビュー

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ヘルマフロディテの体温

2010-01-22 16:27:04 | 
『ヘルマフロディテの体温』 小島てるみ   ☆☆☆

 新人作家のデビュー作らしいのだが、評判が良さそうだったので買ってみた。表紙イラストは山本タカト。お耽美系である。舞台はナポリ、主要なテーマは両性具有、去勢。さらにヘルマフロディテ、オデュッセウス、人魚などギリシャ神話からの引用多数。美声を維持するために去勢したというカストラートも重要なモチーフとして使われている。

 なかなか博識だし、雰囲気も悪くない。が、期待したほどではなかった。色んなエピソードの組み合わせで構成されているが、ストーリーそのものは微妙にエンタメがかっていて、軽めである。軽めというのはコクトーやヴィアンのような作家が軽やかというような意味ではなく、残念ながら深みとコクに欠けるという意味である。山尾悠子をもうちょっとエンタメ寄りにした感じだ。

 物語を入れ子にする手法は悪くない。この人は基本的に短編が得意なんじゃないかと思う。メイン・プロットはナポリの学生シルビオ=「僕」と両性具有である美貌のゼータ教授の関係で、そこにカストラートや人魚などの小さな物語がはめ込まれている。メインであるシルビオとゼータ教授の話というのは、ある理由で教授を憎んでいるシルビオが弱みを掴まれて脅され、いやいや協力しているうちにゼータ教授の理解者になる、というものだ。最後にはゼータ教授の、両性具有であるが故の痛ましい過去も明らかになる。ただし、どちらかというとはめ込まれている個々の物語の方に力が入っていて、シルビオと教授の関係は書き込みが足りないように思う。つけたしみたいだ。それにゼータ教授もとってもいい人で、「謎めいた真性半陰陽の大学教授…」などといわれて期待するほどの妖しさはない。美しいゼータ教授と美しいシルビオの師弟関係には少女マンガ的なテイストがある。神秘的なまでの美貌、とか、ゼータ教授がシルビオを脅迫するあたりのちょっとコミカルなやりとりとかが微妙にアニメっぽいので、ますます軽く感じてしまう。

 文体は饒舌体ではなく、詩的な比喩をちりばめた端正な美文調で、なかなか気合いが入っている。水の卵、など全体のキーワードとして使われているイメージも悪くないと思う。が、ここぞというところで情緒的になり過ぎるのが惜しい。お耽美系というか、ナルシスティックというか、やっぱり少女マンガ的なのである。つまり、一番盛り上がるところで「わたしはあなたと抱き合って体が溶け合って歓びも苦しみも一緒になって永遠の光にのみ込まれていく…」(注・これはイメージ文であって引用ではありません)みたいな、冷静に考えるとちょっとこっぱずかしいレトリックが出てくるのである。これは好みもあるのかも知れないが、やっぱり幻想文学にはもっと硬質な、突き放したところが欲しい。特にこの手の耽美系で作家の自己陶酔が見えると、読者は白けてしまうのである。たとえばヴィアンの『うたかたの日々』は肺に咲く睡蓮やピアノ・カクテルのような耽美的イメージに満ち満ちているが、あの狂騒的でふざけた文体がきっちり自己陶酔を排除し、熱を冷ましている。ジャリもそうだし、マンディアルグやマルセル・シュオブの、あの残酷さや博物学者のような平静を思い出してもいい。

 しかしこれがデビュー作であることを考えれば贅沢な要求かも知れない。博識で構成力もある作家さんなので、もっと湿り気を抑えて明晰さを増してくれれば前途有望じゃないだろうか。


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