アブソリュート・エゴ・レビュー

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ナイトクローラー

2016-10-23 23:52:26 | 映画
『ナイトクローラー』 ダン・ギルロイ監督   ☆☆☆☆

 Netflixで鑑賞。Netflixといえば箸にも棒にかかからないような駄作凡作か、有名作は昔のものしかないという印象があるが、これは割と新しく、しかも見ごたえ十分の傑作である。ただし後味は悪い。ダークでブラックな、現代社会を辛辣に批判する映画である。

 主人公ルー(ジェイク・ギレンホール)はもともとチンピラの泥棒だが、ふとしたきっかけで事故や犯罪現場のビデオが金になることを知り、見よう見真似でこの仕事を始める。いわばフリーランスのニュースビデオ撮影者だ。こんな職業が本当にあるのかどうかは知らないが、YouTubeやSNSの時代こういうビデオはネットにも氾濫しているし、職業にしている奴がいてもおかしくない。ルーは持ち前の研究心と熱意で次々とスクープをものにし、TV業界(というかニュース番組のスタッフ達)に名前を売り込んでいく。

 とはいえ、この映画はルーが一流ジャーナリストに成長していくという物語ではまったくない。ルーはドロップアウトの元泥棒にしては奇妙に研究熱心かつ努力家だが、倫理感やモラルというものをまったく欠いている。彼を動かすのは損得勘定だけ。というか、この仕事に彼なりのやりがいを見出している感じもあるが、そうだとしたらそのやりがいは徹頭徹尾病んでいる。もっと刺激的なビジュアルを求める視聴者とテレビ番組にひたすら迎合し、刺激をエスカレートさせていくことだけに情熱を注ぐ。その為には何をしても構わない。そういう信念を持ってというより、もともとモラルがないのである。つまりルーは一種のサイコパスであり、しかも荒唐無稽なシリアル・キラーなどではなく、現代ではそのへんにひょいといそうなきわめてリアルなサイコパスである。このようなサイコパスをリアルに、恐るべき説得力を持って描き出したところが本作の傑作たるゆえんだ。

 彼が最初のビデオをテレビ局に持ち込んだ時、ディレクターは売れるビデオの特徴についてルーにレクチャーする。要するに刺激的であればあるほどいいのだが、ルーが「(価値があるのは)流血もの?」と聞いた時、ディレクターは「グラフィックなものよ」と言い直す。

 ルーはこの言葉を忠実に守り、ひたすら「グラフィックな」映像を入手することを至上目的とする。そのためには殺人犯人を逃がし、わざと人がいるところで銃撃戦を起こして人死にが出るように仕向けることすらする。彼は実質的な殺人者であり、彼がスクープする犯罪者よりよっぽどタチが悪い社会の害悪である。従ってルーを視聴者の需要とテレビ局の要求が生み出した映像収穫マシンだと考えるならば、「もっと刺激的な映像が見たい」という人々の欲望こそが通常の犯罪よりもサイコパス的であり、モラルを持たないということになるのかも知れない。

 ルーとまったく同じ価値観を共有するのがテレビ局の女性ディレクター、ニーナである。彼女はルーに「グラフィックなものが欲しい」と告げた当人だが、もしかしたら仕事熱心でちょっとモラル意識が低い程度だった彼女がルーにこれを告げ、サイコパスであるルーがその要求を容赦なくエスカレートさせたことにより、彼女自身のモラルもどんどん崩壊していく。最初は便利な使い走り程度にしか考えていなかったルーに、最後は自分も引きずれ、心酔するまでになる。このようにしてこの物語はルーという特別なサイコパスの物語ではなく、ニュース番組制作者そして視聴者すべての心の中に潜む病の物語となり得ている。

 ルーを演じるジェイク・ギレンホールがなんといってもうまい。怪演といっていいだろう。不健康に頬がこけ、目が憑かれたようにぎらぎらしている一方で、愛想笑いを浮かべて挨拶でもすればどこにでもいる普通人として周囲に溶け込んでしまう。ビデオ撮影に関して最初は物真似レベルだが急速に学習し、だんだん凄みが出てくる。一人でやることの限界をすぐに悟ってアシスタントを雇う際、「自分を売り込め」だの「テレビ業界で仕事する貴重なチャンスだ」だのそれらしいことをペラペラ喋る様子はまったく嘘くさくインチキくさいが、そういう物言いもだんだん凄みが出て、本物感が漂うようになってくる。そうした変貌をジェイク・ギレンホールは見事に演じている。もちろん、脚本もよくできている。

 映像はクールでシャープ、特にルーが憑かれたように獲物を求めて疾走する夜の都会の光景は生々しく、ヒリヒリするような臨場感に溢れている。メディアの闇を題材に、人間ってここまでやるんだなという怖さを説得力と背筋が凍るようなリアリティをもって描き出す、ショッキングかつ挑発的なフィルムである。



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