アブソリュート・エゴ・レビュー

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みちのくの人形たち

2017-10-31 23:08:10 | 
『みちのくの人形たち』 深沢七郎   ☆☆☆☆★

 深沢七郎といえば『楢山節考』だが、これも代表作といわれる作品集『みちのくの人形たち』を読了。短篇が七篇収録されている。バラエティ豊かで、作品によってかなり雰囲気に差がある。それぞれについて簡単に紹介してみたい。

「みちのくの人形たち」 表題作にしてトップバッター。いかにも深沢七郎というムードで、「楢山節考」直系の短篇という感じである。日本の田舎が舞台で、そこに伝わる奇妙かつ残酷な風習がテーマ。「楢山節考」では姥捨てだったが、こちらは赤ん坊の間引きである。ただし書きっぷりは異なり、物語風だった「楢山節考」に対しこちらは作者自身が田舎の知り合いを訪ねていくというノンフィクション風になっている。最後、たくさんの人形に死んだ子供たちを幻視するくだりが強烈な余韻を残す。衝撃度では「楢山節考」に劣るが、そのかわり更に円熟した筆致で人の世の哀しみと残酷をあぶり出す傑作である。

「秘儀」 これもエッセー風の交遊記で、やっぱり人形が出てくる。語り手が昔住んでいた福岡に行って旧友たちと再会するというほのぼのしたムードで進み、九州弁へのこだわりなどが面白く、また人形作りという題材についても同好会ムードでヌクヌクした感じだが、人形にグロテスクな仕掛けがあるのがこの人らしい。やっぱり普通じゃなく、どこかに深淵がある。ただいきなり奇譚になってしまうのではなく、普通の人々の普通の暮らしの中にも実は不気味なものが潜んでいるという、人間の業というか、人の世の風習というものの奥深さを感じさせる短篇。

「アラビア狂騒曲」 一気に作風が変わり、これは異国を舞台としたドタバタ・コメディ風おとぎ話。妄想が暴発したような破れかぶれ度、悪ノリ度である。ものすごく猥雑なパワーに満ちていて、近親相姦や不倫関係が平気で出てくるのがこの著者らしい。初期の筒井康隆を思わせるブラックさだ。読んでいるうちに、イエス・キリストとその周辺の人々が題材になっていることが分かり、更に衝撃度が増すという強烈な短篇。

「をんな曼荼羅」 これはまたひときわ見事な、作者の達人の境地を示す一篇。これもノンフィクション風に、作者の深沢七郎自身が語り手となって身の回りに起きたことをつらつら書いていくエッセースタイルだが、メインの題材は作家がある画家からもらった絵である。作家は最初この絵を「よく分からない」と思って悩んだりするが、やがてこの絵が見るもの(特に女性)に奇妙な影響を及ぼすことに気づく。が、関係があるようなないような細かいエピソードが淡々と無造作に羅列され、それら一つ一つがどこか妙、という不思議な空間を現出させる短篇だ。たとえばある少女が弾くとピアノの音がおかしくなったり、飼い犬が死んだ時にたまたま造花を持ってやってくる女がいたりする。不思議でかつさりげない日常のランダムな連鎖。どこで始まってどこで終わってもいいような柔らかい構造。素晴らしい。

「『破れ草紙』に拠るレポート」 これは打って変わって、ある文献に残っている大工夫婦の物語を三人称で紹介する研究論文的短篇。大工は犯罪者で、その妻は夫の罪を贖うために尼になったという。が、大工は犯罪者でありながら大工仲間からは賛美されている。なんだかおかしい。一体犯罪って何だろうと思って読んでいくと、この大工は「猫歩き」(音を立てずに歩く能力)が出来、闇夜にまぎれて「かまいたち」を起こしたという。要するに、自然現象のふりをして人を斬るのだが、斬られるのは少女を犯した武士や無法を働いた権力者たちなど、斬られて当然と思える奴らである。しかも、どんな剣の達人でもこの「かまいたち」からは逃れられない。あっと気づくともう手首が離れている。まるで必殺仕置人だ。こういうエピソードが淡々と羅列されるので、面白くてしかたがない。かつ、昔の日本ではこういう仕業を「かまいたち」と言ったり「天狗のしわざ」と言ったりした、などという民俗学的解説がついたり、尼僧になった妻の生活が描かれたりする。これまた素晴らしい。

「和人のユーカラ」 これは主人公(作者ではない)が北海道に行って、アイヌ人らしき大男と会って会話を交わす、というだけの不思議な話。大男との会話がかみ合わず、なんとなく不気味な空気を醸し出す。これも「楢山節考」の作者らしい不穏さで、歴史の裏側に隠された闇を暗示するような暗さがあるが、個人的には印象が薄かった。

「いろひめの水」 実に淡々とした、心境のスケッチみたいな短篇。ふと思い立って故郷に帰る話、という以上にあまり説明することがない。誰の心の中にも潜むノスタルジーを描いているような感じでもある。解説には、深沢七郎には珍しい作品だが、本人はこういう文章をもっと書きたかったのではないか、とある。

 以上七篇。全体としては、「アラビア狂騒曲」を除いてノンフィクション風、エッセー風の作品が多く、いかにも「物語」然とした短篇はほとんどない。虚実の狭間を縫って泳いでいるような作品ばかりだ。作家が達人の域に達するとこういう文章を書くようになることが多いが、この短篇集もその一例だ。個人的には「をんな曼荼羅」と「『破れ草紙』に拠るレポート」がフェイバリット。一番余韻が強烈なのはやはり「みちのくの人形たち」、一番ワイルドで野放図なのは「アラビア狂騒曲」だろう。



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